第85話:シスター制度

「新入生諸君! 入学おめでとう!」


 食堂に入ると、カルメン先輩とその両脇に立つ二人の先輩たちに出迎えられた。

 食堂内は、さっき見た時にはなかった手作りのレースやタペストリーで飾り付けられ、華やかな雰囲気になっている。

 魔術で作られた花火の幻が天井を彩り、壁際にはたくさんの向日葵が飾られていた。


「真ん中のテーブルが君たちの食卓だ。好きな席についてくれ!」


 私とソフィアはセシリアたちと合流し、いつもの六人で一年生用のテーブルに腰掛けた。

 並びとしては、横に私、ソフィア、アルサで、対面にセシリア、ミーシャ、カーラだ。

 マホガニーのテーブルには、向日葵の刺繍がされた白い絹のテーブルクロスがかけられている。


(友達がいて、よかった……)


 周囲を見れば他の新入生たちも、何となく知り合い同士で固まっているように見受けられる。

 ただ、知り合いと寮が離れてしまった子たちは、ルームメイトにくっついて新しい交流を広げるか、孤立した者同士でひとまず固まっているようだ。

 私がもしも一人だったら、そのどちらであっても気まずくて吐いていただろうから、ソフィアたちが一緒で本当に良かった。


「ルームメイトのサリアさんとは、うまくやれそうですか?」


 正面に座ったセシリアが、さっそく私に話しかけてくる。


「……嫌われたっぽい」


 私が肩を落とすと、セシリアは「そうでしたの……」と顎に手を当てる。


「サリアさんは気難しく見えて、その実とても繊細な方ですの。ですから、嫌っているというより、まだ距離を測りかねているのだと思いますわ」


「……サリアに、詳しいんだね」


「サリアさんとは同じサルビア貴族ですし、魔術塾でも机を並べた仲ですもの。多少の付き合いはございます。困ったことがあれば、相談に乗りますわよ」


 セシリアは貴族にしては珍しく、派閥のようなものを作っていない。

 だから、セシリアの言う多少の付き合いっていうのは、おそらく貴族的な意味の言葉だろう。

 相手のことを内心どう思っていようとも、表面上は友好的な態度を見せるのが貴族のやり方。

 つまり、セシリアとサリアの仲は社交辞令ってこと。

 それがルームメイト的な付き合い、つまりプライベートな交流の参考になるのかは、ぶっちゃけよく分からない。


「何かあったら、聞くね」


 だけど、セシリアが私よりサリアに詳しいのは事実。

 ソフィアに頼る以外の選択肢も、備えておいて損はないだろう。


「ええ、いつでも。それとルシアさん、実はわたくし――」


「――みんな! 注目!」


 セシリアがさらに何か言おうとしたところで、食堂にカルメン先輩の声が響き渡った。

 私たちは会話を中断して先輩の方を見る。


「これから先輩たちが学年ごとに入場してくる。だがその前に、シスター制度について教えておこう! みんな、ロザリオは持っているね?」


 カルメン先輩は、暖炉の前に作られた簡易的な木の舞台に上がる。

 そして、首元からロザリオを取り出し、私たちの方に見せてくる。


「シスター制度とは、先輩と後輩がこのロザリオを交換し、お互いを姉、妹として助け合う仕組みのことだ。日常生活、勉学、部活動、魔術の実践、冒険……リリスでの生活は楽しいが、危険なこともまた多い。そんな時、頼れるお姉様がいるのは心強いだろう?」


 カルメン先輩が甘い笑みを見せると、何人かの生徒がきゃっと黄色い声を上げる。


(シスター制度……初めて聞くな……)


「もちろん、姉の方も妹がいることで成長できる。たとえば勉学や実技では、他人に教えるのが上達への近道だと言われているからね。それに、ヴァルプルギスの夜では、シスター限定の魔術大会も開かれるんだ。優勝ペアには、後夜祭でファーストダンスを踊る権利が送られるよ」


 ファーストダンスと聞いて、新入生全体が色めき立つ。


「ソフィア、ファーストダンスって、何?」


「披露宴で、新婚さんたちが最初に踊るダンスのことです。転じて、舞踏会で最初に主催が踊ることも意味します。ヴァルプルギスの夜のファーストダンスは、全リリス生の憧れであり、大変な名誉なのですよ!」


「へぇ……ソフィアも、憧れてるの?」


 何の気なしにそう返すと、ソフィアは眉間にしわを寄せ、ものすごく微妙な表情をする。


「憧れては、います……けれど、ルシア様とファーストダンスを踊りたくて……しかし、同い年ではシスターになれず……」


 後夜祭の最初に踊る。

 たったそれだけのことがどうして名誉なのか、私にはさっぱり分からない。

 踊りたい相手と踊れれば、ファーストだろうがセカンドだろうがどうだっていいだろうに。


「私と踊りたいなら、ファーストダンスじゃなくてもよくない?」 


 私が率直な気持ちを口にしてみると、ソフィアだけじゃなくて他の四人からも露骨に「それは違う!」って視線が飛んできた。


「ルシアさん……さすがにそれはどうかと」


「ルシアは乙女心が分かってへんわ!」


「そうだよ~! 特別な夜だからドキドキするんじゃん~!」


「さすがのあたしでも、ファーストダンスってのが大事なのは分かるって! ルシアってばムードとか気にしないタイプっしょ!」


 怒涛の総ツッコミ。

 女学生の考えることは、やっぱり私には理解が難しい。


「……乙女心とか、習ったことないし」


 唇を尖らせて、私はみんなからぷいっと目を逸らす。

 ミーシャが「あ~、ルシアちゃん拗ねた~」とからかい、カーラとアルサもそれに乗っかってほっぺを突こうと手を伸ばしてくる。


「そうです! ルシア様とは、私たちの結婚式でファーストダンスを踊ればいいんです!」


 そんな私を横目に、ソフィアの方は意味不明な結論を出しており、セシリアは自分も私の頬っぺたを触りたそうな顔で、しかし周囲の目を気にして動けずにもじもじしている。


(なんだこのカオスな状況……)  


 私は伸びてくる手をぺちっと払いつつ、友人たちの奇行にため息をつく。


「それじゃあ、いよいよ歓迎会だ!」


 そんなところにカルメン先輩の声が降って来て、次の瞬間、食堂は暗闇に包まれた。

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