甘い食べもの

雪音あお

第1話

 私は今日もパンを焼く。毎日毎日パンを焼く。特にお気に入りなのは、クリームパンとあんぱんだ。口の中に拡がる、カスタードクリームやあんこの甘さを思い出し、ついうっとりしてしまう。知らず知らずのうちに止まっていた、手を動かす。


 ちらっと、店長を盗み見るが、幸いバレていないようだ。福々と太った店長と、丸い顔が愛らしい奥さんが夫婦で経営するこのパン屋で、私はパン職人として働かせてもらっていた。


 小さいけれど夫婦の人柄が滲み出たような、暖かいこのお店が好きだった。厨房からは、ちょっと覗けばガラス越しに店内の様子が見える。パンを嬉しそうに選んだり、真剣な表情で迷っていたりするお客さんの顔を、こっそり見るのが好きだった。 

 

 

 私には、最近気になる常連さんがいる。大体いつも、少し皺になったシャツに、チノパンというシンプルな格好でやってくるお客さんだ。疲れた顔をしていることが多いが、端正な顔立ちのおかげか、くたびれた印象はない。来る曜日も時間もバラバラで、一体何の仕事をしているのだろうと、不思議に思っていた。



 初めて彼に気づいたのは、焼きたてのあんぱんを店内に補充しにいったときだった。空になってしまったあんぱんのカゴの前に、心なしか、しゅんとした顔の彼が立っていた。


「あの、あんぱん焼きたてですけど、いかがですか?」

 私はあんぱんの乗ったトレーを少し持ち上げ、彼に声をかけた。

「本当ですか!ください!」

 勢いよく振り返った彼が、とても嬉しそうにそう答えた。その顔が何だか可愛らしくて、私はつい笑ってしまった。

「ふふっ、あんぱんお好きなんですね」

「…… はい。ここのあんぱん、好きなんです」

 彼は、少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに目を伏せた。

「ありがとうございます。自分で言うのも何ですけど、私もうちのお店のあんぱん好きなんです!繊細なあんこと、それに合わせたもちっとした生地がよく合ってって、おいしいんですよね」 

 胸を張って答えた私に、彼は優しげに目を細めた。改めて見る彼の顔には、目の下にクマが出来ていて、疲れて見えた。

「いつもはあんぱんしか買わないんですけど、甘い系のパンで、他におすすめってありますか?」

 遠慮がちにだが、そう聞いてくれて嬉しくなった私は、あれこれおすすめしたいパンを思い浮かべた。いろいろ迷ったが、やっぱり最後には自分の好きなパンを答えることにした。

「クリームパンがおすすめです。店長がこだわって作った、絶妙な甘さと柔らかさのカスタードクリームが、中からとろっと出てきて、すごくおいしいんです!」

「では、クリームパンももらっていきます」

 彼は優しくそう答えた。



 それから彼は、見かける度、あんぱんとクリームパンを買ってくれるようになった。そこにメロンパンやジャムパンが加わることはあっても、あんぱんとクリームパンは外さないようだった。


 私は主に厨房にいるのだが、タイミングが合えば、彼と一言二言、言葉を交わした。その中で、彼がクリームパンを気に入ってくれたことや、甘いものが好きなこと、仕事で疲れて甘いものが食べたくなったとき、息抜きがてら、うちのお店に来てくれていることなどを知った。



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