第3話 おにゃのこ(心霊体験①)

     

 ……なんだ、音が聴こえて来る……

 …自転車を漕ぐ音?

 

 寝転がっていた俺は暗闇の中、地面にうつ伏せになり様子を伺った。

 誰もいないと思っていた路面から突然人が起き上がってきたら、誰でもビックリするだろうからな。通報されてしまう。


 …なんてこった、おにゃのこだ、おにゃのこがおる、こんな夜中に、しかも独りで…怖い。


 じょしこぉせえかな…多分…

 髪はポニーテールで、暗い色のコートと制服を着ている。

 

 なんか俺テンションおかしいな、なんでこんな夜中に女子高生が…

 幽霊じゃないだろうな…何故夜中に制服…

 

 俺は昔、警察学校の中で制服の幽霊を見た事がある。

 

 夜の火気点検の当番で、数人の同期と広い校内の割振りを行い独りで見回っていた所、照明の消えた非常灯しか付いていない暗がりの中、制服を着た男性警察官が2クラス分の大きさの教場きょうじょうに入って行ったのを見かけた。


 何をしに来たのか、忘れ物でも取りに来たのかな…?くらいにしか考えてなかったので、後から同じ教場に入って照明を付けた。

 

 …誰もいないな…


 この教場は教壇から生徒の座席が段々と高くなっていく造りになっており、出入口は教壇の横に1つしかない。

 さては、俺の同期がフザケて驚かそうと座席の下に隠れてるのか…?

 

 だったら探してやろう、俺は驚かんぞ。

 

 そう思って教壇側から最後尾の座席に向かって1段づつ座席の下を確認していった。


 …いないな…もうそろそろ最後尾だけど………最後尾………


 誰もいねーよ!!!


 そこで初めて鳥肌が立ち、走って他の火気点検の同期の所まで応援を呼びに行った。

 その後、改めて同期と教場内を確認したが、出入口は1つで、やはり誰もいなかった。


 警察学校には自殺者もいる。  

 何が出てもおかしくはない。


 信じない人は別にいいが、俺は心霊体験をしているので否定派ではない。

 俺も自分で経験するまでは信じていなかった。


 …ハッ…そうだ、女の子。


 ちょっと遠目だしコート着てるからハッキリとは判らないが、中肉中背の様だ。

 自転車はクロスバイクで、坂道はあまり苦ではなさそうに見える。

 

 女の子は自転車を柵の脇に止め、大涌谷を暫く見ていたと思ったらゆっくりと柵を跨ぎ、谷側に入った所で立ち止まった。

 

 おいおい、俺は柵のアッチ側の地形は詳しく知らんけど、大丈夫なのか?

 火山ガス出てるし人間が吸ったらマズイよな、水蒸気が主らしいけど、混じっている有毒ガスの濃度が濃ければ危険ではあると以前調べた時に書いてあったし…。

 

 こんな場所だし、自殺しに来たのかな…

 もしそうなら助けないと…

 

 警察の存在意義は、国民の生命・身体・財産を守る、だからな。


 俺は起き上がって足音を立てない様に足早に女の子の背後に近付き、


 「あのー、大丈夫…?」

 

 なんと声を掛けていいのか分からずすごく間抜けな事を言ったら、ビクッ!と女の子の身体が激しく揺れ、勢い良くコチラに振り返った。

 

 泣いていた。


 俺もビックリした、泣いてるのもだが、物凄い美人さんだ、ぱっちりしたニ重、鼻筋は通っていて、唇も小さめでプルンとしているが、半開きだ。

 そして顔は小顔だが、ビックリ顔だ(笑)


 笑っちゃいけないが、そりゃビックリするだろうな、独りだと思ってたら突然背後から声を掛けられたんだから。


 彼女は涙を手で拭いながら震えた声で、


 「…えっ…何、何ですか…なんで笑ってるの?」


 「あぁ、ゴメン、ビックリさせちゃって。

 君のビックリした顔がちょっとおかしくて…」


 彼女は一瞬ポカンとした顔をした後、急に我に返り、緊張した感じで


 「私、帰ります。」 


 と俺に言いながら立ち去ろうとした。

 

 そりゃそうだろうよ、真夜中に突然知らないブサイクな男に背後から声を掛けられたら、何かされるんじゃないかと不安になるに決まっている。


 俺は女の子は苦手だ、嫌いという意味ではなく、むしろ好きではあるがブサイクなため声も掛けられず、また必要以外に自分から声を掛けた事はない。


 過去1ヶ月の間に、知らない通行人の妙齢の女性から3度、 


 「怖い…」


と言われながら避けられた事がある。

 3人組から言われたのではなく、日付と場所が違うのに、それぞれ別人の女性から3回も同じ言葉を言われたんだぞ…物凄いショックだった、死ぬまで忘れない。

 

 俺の顔は怖いらしい。

 ついでに言うと、中学生の頃一人で歩いていたら高校生数人から、

 

 「ガン飛ばしてんじゃねーよ!」


と突然蹴られたり、社会人になった今も上司同僚から、


 「お前怒ってるのか?ガン飛ばしてるのか?」


と言われたり、同じ交番の先輩から、


 「よーし遠山、顔面配備だ、交番の出入口に立て。お前が立番りつばんしてれば、悪人は寄ってこないからな。」


と言われた事もある。


 過去のトラウマもあり、女の子に限らず、女性は全般的に苦手だが、この時ばかりは何か言わないといけない気がしたんだ。 

 

 「急に声を掛けてゴメン、君がその…自殺でもしに来たのかなと思って…

 何かあったのかな?

 怪しい者じゃない、絶対に何かしたりしないから、話だけでも聞かせてくれないかな。」


 立ち去ろうとしていた彼女の背後から声を掛けるが、止まる気配はない。

 俺は更に、

 

 「俺は顔がこんなだからか、子供の頃からずっとイジメられていてね。

 弱い者が一方的にやられる世の中はおかしいと思って警察官になったんだ。

 だからもし君が何か悩んでいるのなら、俺に話してみないか?

 もちろんそれが必ず解決出来るとは限らないけど…」


 彼女は立ち止まり、恐る恐るといった様子でこちらに振り返り、俺の顔をじっ…と見ながら少し間を置いてつぶやいた。


 「…怖い…」


 「やっぱりかよ!」

                  

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