1-2. 想像もしたくない結論

 翌日、達也はレーザーポインターと鏡で簡単な検証装置を作り、丸子橋にやってきた。その装置は光の進行方向の変化をチェックするもので、二枚の向かい合わせにした鏡の間にレーザーを放ち、レーザー光線は鏡の間を無数に行き来しながら規則的にずれて行くようになっている。もし、光の進み方に変化があるようならレーザー光線の描く模様は変わって見えるだろう。

 達也はレーザーポインターのスイッチを入れ、例の場所にかざした。

 すると、レーザー光線は急に乱れ、規則的だった模様はぐちゃぐちゃになってしまった。しかし数センチメートルずらすとまた規則的に戻ったのだ。

 達也は戦慄を覚えた。何の変哲もないただの橋の上の一箇所ではレーザー光線は微妙に向きを乱される。それは空間的にそこに断裂があるという事。しかし、見た目には変わったところは何もない。幾ら見回しても普通の場所である。一体ここに何があるのだろうか?

 乱れる場所を探っていくと、どうも異常が出る位置は面状に広がっていて、橋の上流側だけでなく、下流側でも同じ現象がみられた。どうも多摩川に合わせてこの異常面が広がっているらしい。隣の橋へ行っても同じだった。さらにスマホの地図を見ながら延長線をたどっていくと、その異常面はなんと国道246号線で曲がっていた。

 達也はあっけにとられた。今までこれは自然な物理現象だと思っていたが、多摩川と国道の上に設定されている。そんな自然現象などない。これは社会的な何かだったのだ。

 街のブロックを覆うように展開された境界面。一体誰が何のために? そもそも、物理的になぜそんなことができるのか?


 実に難問だった。それからしばらく達也は寝る間も惜しんでネットを検索し、うなってはベッドに寝転がり、必死に考え続ける。これは人類史上最大級の発見であると同時に、それは極めて重大な意味を持つ現象だったのだ。


 そして一週間後、ついに一つの結論にたどり着く。それは想像もしたくない結論だった。

 達也はベランダに出て白々と明けてきた東の空を眺め、冷たい朝の風をほおに受けながらつぶやく。

「これが仮想現実空間だって? めちゃくちゃ出来過ぎじゃねーか……」

 そう、達也の出した結論、それはこの世界はMMORPGのようなコンピューター上で作られた世界、仮想現実空間だというものだった。街のブロックを覆う境界面、それはコンピューターの処理単位の境界、つまり、別のコンピューター群との担当区域の境なのだ。そこには若干の誤差とタイムラグが発生するため、川の上や国道に設定されたのだろう。

 今のVRゲームだって見た目は現実世界と見まごうばかりなレベルに達している。桁違いの科学技術を持つ存在なら、この世界をまるっとコンピューター上に構成する事も出来てしまうだろう。もちろん、原子一つ一つを厳密にシミュレートしてたら到底不可能ではあるが、人間の知覚なんて秒間六十回絵を書き換えるTVレベルでもう十分に騙せてしまうのだ。人間の知覚の範囲でうまく無駄な処理を端折はしょれば十分に現実解だろう。

 高速度撮影機器や電子顕微鏡など高度な観測機器に対しては特別処理をすれば十分にごまかせる。

 達也は試算をした。その結果、十五ヨタ・フロップス、今のスパコンの一兆倍の性能があればこの世界をコンピューター上で動かせるらしい。

 しかし、一体、誰が何の目的で?

 達也は腕を組んで考える。まさに神と言っていい存在が、莫大なコンピューターパワーでこの世界を作ったのだ。それには何か目的があるはずだが、それが何なのか達也には全く想像がつかない。まあ、神の考える事などただの人間に分かるわけがないのだが。


「さて……、どうしようかな?」

 達也は朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、大きく深呼吸をするとこの結論をどうしようかと悩む。多摩川での計測結果を丁寧にまとめて発表してもいいが、そんなことしたらこの世界の創造者に見つかってしまう。彼らにとってこの世界が仮想現実空間だとバレるのは避けたいだろう。となると、そんなことしたら自分は消されてしまう。

 達也はブルっと体を震わせると部屋に戻り、ベッドに転がった。


 ふぅ……。

 ため息をつき、スマホを拾ってつらつらと眺めていると陽菜のアイコンが目に入る。

「そ、そうだ、陽菜には言っておかないと……」

 一人で抱えるには重すぎるこの事実。達也は秘密を共有できる相手がいてくれたことに少しホッとして陽菜のLINEトークを開く。

 また会う口実ができたのだ。自然とほほを緩ませながら、ポチポチとメッセージを打っていった。

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