23話 二人だけの約束を結んで




 二人とも持ってきたパジャマではなく、バスタオルを巻き付けただけの姿で階段を上がる。


 普段はベッドだけど、今日は来客用の布団を敷いた。本当に寝るときの毛布は私のを使えばいい。


 カーテンが閉まっているのを確認して、私はお兄ちゃんにすべてを託した。


「桜……本当に……?」


「うん。でも、優しくしてくださいね」


 今の移動時間で一旦はリセットが動いたのだろう。お兄ちゃんの手がまた慎重になった。


「桜、初めてか?」


「うん。だから……怖い……。でも、お願い……」


 恋愛経験もない私。正真正銘すべてが初めてなんだ。


「桜……」


 お兄ちゃんは再び、私の身体のいろいろなところを両腕で抱きしめてくれる。


「桜、後悔しないか?」


「ううん。いつかは……、こういうことをするんだって知ったときから、初めては秀一お兄ちゃんにって決めてた。本当はね、ちょっと早い気もするけど、お父さんがあんなことになって。私が離れてしまうなら……。私にお兄ちゃんの印を付けてほしいよ。誰にも取られないように」


 そう、本当に私がこの家を離れるなら。そしてもし、再会することが叶わなくても、私が一生に一回しか経験できない思い出。それが私とお兄ちゃんの二人でなら。私は後悔しないで生きていける……。


「桜、最後に聞くぞ。いいんだな?」


 お兄ちゃんもきっと緊張している。だから、私は一番の笑顔でお願いをすることにする。


「秀一お兄ちゃん。私の『初めて』を受け取ってください」


 目尻から流れた一筋をそっと唇で拭ってくれて、昔のように頭をなでてくれる。


 これは自分で決めたんだ。一番好きな人に初めてを渡すんだって。







 佐紀の経験談で聞いていた時間の倍以上の時間が過ぎた頃、お兄ちゃんの両腕で抱きしめられた。


「桜……、もう離さないからな」


「うん……。私でも……出来たんだ……」


 無理をしてじゃない。嬉しくて涙が止まらなくなった。


 今日が最初で最後かもしれない。でも、私は一番好きな人に渡せたから……。


「大丈夫か?」


「うん。ちょっとまだ元通りって感じじゃないけど、ちゃんとできた証拠だもん」


 起き上がろうとして、今まで感じたことのない感覚が残っている。


「やっぱりな……」


 お兄ちゃんはすまなさそうにしていた。


 ううん、逆だよ。私がお兄ちゃんに大切なものを渡せた方が大切なことだったから。


「謝らないで? 私こそ下手っぴで、ごめんなさい……」


「あんなチビだったのに、いつの間にこんなに可愛くなっていたんだな。俺も桜はあまりに近すぎて諦めかけていた女の子だった」


 普通なら失礼な言い方かもしれない。でも私には一番の誉め言葉だった。


 いろんな恋も、女の人も経験していたお兄ちゃんに認めてもらえた。


 だから、私はもう一人になっても大丈夫。


「お兄ちゃん、ありがとう……」


「桜、俺は待ってる。桜がどこに行っても。桜が結婚を決意してくれる日まで。桜が戻ってきてくれるまで、俺は桜だけを待ってる」


「いいの……?」


「ああ」


 嬉しいよ。本当なら、いつでもいいんだよ。許してもらえるなら今すぐにでも……。


「本当に待っていてくれるの……?」


「必ず戻ってきてくれよ?」


「うん。必ずね。戻ってくる。こうやって抱いてもらうと安心するから」


 お兄ちゃんに抱かれて、私は温かい幸せに包まれて溶けていった。

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