第29話 旧友
夕刻。
突然の電話。
「話があるんだけど、付き合ってくれないか。場所を言ってくれたらそこまで行くから」
そう言ってきたのは大橋だった。
旧友と久しぶりの再会。
だが
同窓会も欠席した。
その時も電話で話をした。どうして来れないんだ、仕事か? 何なら日程を変えてもいい、そう言われたが断った。
今の自分を見てほしくない。
今の自分には、何一つ誇れるものがない。
そんな自分が、旧友たちとの再会を楽しめる筈もない。
それに
クラスの誰もが、自分と付き合っていたことを知っている。
別れたとなれば、色々と聞かれるだろう。
放っておいてほしい。今は波風立たない環境で、静かに暮らしたい。
しかし
「
その予想は当たってるようだよ、
きっと大橋くんは、けじめをつけようとしているのだろう。
どんな答えでも構わない。ただ、これで自分も少しだけ前に進めるような気がする。
あんないい子が、三年も一人でいる。おかしな話だ。
世の男どもは、一体どこに目をつけているんだ? そう思っていた。
しかし今、ようやく想いを告げる男が現れた。
大橋くんはいい人だ。彼ならきっと、
自分のせいで無駄にしてしまった10年。彼ならばきっと、埋め合わせて余りある幸せを与えることが出来るだろう。
これでよかったんだ。
僕は何よりも
それが今、ようやく叶うんだ。
笑顔で祝福しよう。おこがましいことだと思うが、
「……」
歪んだ視界に気付き、
涙が溢れていた。
「なんだよ今更……相変わらず格好悪いな、僕は」
そう言って自嘲気味に笑った。
「待たせたな、黒木」
背後から声が聞こえた。
慌てて涙を拭いて振り返ると、西陽を背に立っている大橋の姿があった。
「……久しぶりだね」
「そうだな。お前は同窓会にも来なかった訳だし」
「ははっ、ごめん」
「全くだ。遠方のやつでも来てくれたんだぞ。参加しなかったのは、お前を含めて三人。あとの二人は仕事でどうしても都合がつかなかったんだ。理由もなく欠席したのはお前だけだ」
「ごめん、ごめんって」
「まあ、今更なんだけどな」
そう言って缶コーヒーを差し出し、
「お前には来て欲しかった。と言うか、会いたかった」
「……」
「高校時代、俺は少し浮かれていたんだ」
「君が? そんな風には見えなかったけど」
「見せない様に努力してたんだ。結構大変だったんだぞ? あの頃の俺は、自分で言うのも何だけどいつも注目されていたからな」
「そうだね」
「教師からも信頼されてた。イベントがある度に相談されたりもした」
「僕とは対極の世界にいたよね、君は」
「成績もそれなりによかったし、ある意味これ以上にないくらい充実した高校生活を送ってた。おかげでまあ、志望校にも入れたし、大学でも楽しめたと思う。就職先も、自分が選ぶ立場だった」
「本当、すごいと思うよ。君は」
「ああ、自分でもよくやれたと思う。でもな、そんな俺がこの男にだけは勝てない、そう思ってたやつがいた。それがお前だ」
「……え?」
「お前にだけは逆立ちしても勝てない。どれだけ努力しようとも、無理なことがあるんだって気付かされた」
「いやいや、君は何を」
「まあ、俺が勝手に思ってただけなんだけどな」
「何をどうしたらそんな考えになるのか知らないけど、君に勝ってるところなんて一つもないと思うんだけど」
「そうだよな、それが黒木の魅力だ。そして欠点でもある」
「……」
「そんなお前と出会ったおかげで、俺は自分を見つめ直すことが出来た。俺は本当にこのままでいいのか、もっと上を目指さないといけないんじゃないかって。
だからお前には感謝してる。お前と二年間同じクラスになれたことは、俺にとって最高に幸運なことだったんだ」
「それはその……
「それもある。何しろお前は、俺が初めて心を奪われた女と付き合ってたんだからな」
「あの時は本当にごめん」
「謝るところじゃないだろ。全くお前は、どうしてそう悪くしか考えられないかな。もっと自信を持てよ。赤澤みたいな女と付き合ってた、そんな自分を誇れよ」
「幼馴染だった訳だし、
「ふざけるなよ、お前」
「ごめん……でも、そうとしか思えないんだ。僕には何の才もなくて、人とコミュニケーションをとるのも苦手だ。一人で生きていくだけでも大変な僕に、何の魅力があるって言うんだい」
「でも俺は、そんなお前に嫉妬していた。お前自身が気付いていない、俺には絶対届かない才だ。
それに気付けた俺は幸運だった。おかげでまあ、あのまま生きていたよりは、少しだけましな人間になれたと思ってる」
「そんなものがあるとは思えないけど、どうして君はそれに」
「夏目漱石は日本を愛していた」
大橋の言葉に、
「恥ずかしい話、覚えてるんだね」
「忘れられないさ、あの時のことは」
「僕は後悔してた。なんであの時、思ってることを正直に言ってしまったんだって」
「でも俺は、あの時気付いたんだ。お前には勝てないって」
「……」
「俺な、あれから『こころ』を読み直したんだ。お前の言葉の意味が知りたくて。でも駄目だった。何度読んでも俺には、漱石が死に
「それでいいと思うよ。何も間違ってないし、何よりあの時先生も言ってたじゃないか。感想に答えなんてないって」
「でも、それでも俺は、お前の言葉に心が震えたんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます