十五章 「妹」から「兄」へのお願い

三十七話 何も感じられなくなった日…

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※はじめに

この十五章では「天使ママ」の話題を取り扱います。残酷描写はありませんが、お気持ち的に辛い方は飛ばして十六章までお進みくださっても大丈夫です。物語の流れは保てるように編成してあります。

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<消えることのない3か月>


「結花、少し落ち着いて休もう」


「う……、 うん……」


 そのときも、私は何も考えられず、空っぽの心のままで窓の外を眺めていた。


 ううん、眺めていたというのも正確な表現ではない。私の心の中に瞳を通した風景は届いていなかったから。


 もうあの日から一週間が経つ。もう体を動かしても問題ないとは言われていた。



 でも、私にはその力が戻ってこなかった。



 たった三ヶ月だったけれど、それは私にとって忘れられない日々だった。


 海外赴任してもうすぐ二年。生活が落ち着いてきたこともあって、私と陽人さんはいつか家族を増やそうと約束した。


 数年前の高校二年生の時に、右の卵巣を癌で摘出した私は自分の子供を抱くことは難しいかもしれないと言われていた。


 幸い切除していない左側には影響はないという。毎月の生理現象はきちんと来ていたけれど、排卵が伴っていたかは自分の体なのに分からない。


 それはコウノトリに任せよう。私たちは今の自分たちに出来ることをする。そう私と陽人さんは互いに全ての愛を受け渡した。


「お帰りなさい、陽人さん……」


「ただいま。どうした?」


 あの日、帰宅した陽人さんに飛びついて報告をしたことを、今でも昨日のことのように覚えている。


「私でも、できたんだ……」


 お医者さんのエコーでも、それが間違いないと確認した。今度の秋には家族が一人増える。


 日本の両親にも連絡をした。みんな初孫の話題に喜んでくれた。


 陽人さんも私の体調を第一に考えてくれたけれど、職場への報告はしていなかった。安定期になって、日取りが見えるようになったら報告しようなんて話をしていた。



 でも、先週の検診のときだった。いつもより長い時間エコーの機械をお腹に当てていたけれど、いつものように画面を見せてくれない。最後には無念そうな顔をして、私にそっと打ち明けられた内容は、私が高校生で自分の病を告げられたときよりも心に突き刺さった。


「残念です……」


 先生は、その言葉を発する直前に看護師さんなどに診察室を出てもらい、二人だけの静かな場所にしてくれたんだ。


「そんな……」


 私のすすり泣きだけが響く部屋で、先生はわざと事務的に書類を書いてくれていた。


 自分でも分かっている。


 私がこんな体だとも知っていて、いろいろ妊娠に向けたアドバイスもくれた。エコーのモニターを動かして見せてくれながら、心拍を初めて確認してくれたのもこの先生だから。


 仕事をしながらも目を赤くして喜んでくれたことも、私も陽人さんもはっきり覚えている。


 この週数での悲報は決して珍しいことではない。原因は先天性の染色体異常であったり、その他の理由はほとんど不明だとも知っている。


「結花さん。辛いかもしれませんが、今はお母さんの体を大切にしましょう。このままではお母さんまで倒れてしまいますから……」


 このとき、先生が私の手を握って『お母さん』と呼んでくれたことに本当に救われた。

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