十二章 あたしをみてくれていた人

三十話 偶然居合わせてくれた二人

<夜の事件とあたしのはじまり>


 あれは高校一年で夏休みが終わったばかりのころだったと思う。


 あたしは一人、都内の親戚の家から戻る途中のことだった。


 その日は金曜日の夜で、あたしは座れていたけれど、車内は比較的混雑していた。


 横浜を過ぎて、だんだんとお客さんの数が少なくなってきたときだ。


 座席に座っていたあたしの左足に触れる指の感触に気づいた。


 最初は偶然か無意識のものだと思っていた。


 でも偶然だとしたら、指の腹があたしの方を向いているのはおかしい。それにだんだんと太ももから膝の方に動いている。


 たまの外出だからと、ミニスカートにしたのが失敗だったか。


 隣の人物は酒臭い息をしながら、何食わぬ顔であたしの左足に右手をかけている。


 痴漢だ……。でもこういうとき、どうすればいいんだろう。


 声を上げろとはよく言われている。そのとき誰も助けてくれなかったら、もっと恐い……。こんなときに結花がいてくれれば、いくらでも反撃するのに。


 男の手があたしのスカートの中に入ってきた。ゆっくりと手前に戻ってきている。


 もうすぐ下着に手がかけられちゃう……。


 怖くて、情けなくて、俯いたまま涙がこぼれたときだった。


「おぃおっさん、俺の彼女に痴漢してんなよ!」


 目の前の頭の上から声がした。


 車内の目が一斉に集まる中、彼はあたしの足からその手を掴み上げてくれた。


 それが斉藤和人君だった。


 あまりクラスの中でも普段目立つことはない。委員会も落ち着いている雰囲気のとおりで図書委員だったはず。


 そんな彼が見たこともないほど怒りを露わにしていた。


「ちぃちゃん大丈夫?」


「結花……ぁ」


 驚いたことに、あたしの前には結花がしゃがんでいた。


「お、お前たち何を言って……」


「残念だけどな、バッチリ証拠は押さえさせてもらった。警察行こうぜ」


 斉藤君は掴んだ手を離さなかったし、結花も現場を押さえた写真をスマートフォンで撮影していた。


 男は何とかその手を振り切ろうとしていたけれど、あとで斉藤君が合気道の経験者だと知ることになる。


 まだ斉藤君が本気を出していないだけだ。暴れても自分が痛くなるだけ。


 次に停車した駅で駅員さんに申告すると、すぐにお巡りさんも来てくれた。


 電車に乗ったときからの状況を聞かれて、そこに結花が撮影した証拠の画像を提出する。


 あとはお巡りさんの仕事だった。証拠写真まで撮られてしまっては、逃げることも出来ないと。


 あたしがお巡りさんに教わりながら被害届を書いて、あとで連絡するからと、あたしたち三人の連絡先を聞かれて、その場は解放された。


「二人ともありがとう……。助かったよ」


「間に合ってよかったぁ。ごめんね。もう少し早く気づけばよかったよ」


 申し訳なさそうな結花。


 違う、昔と変わらずにちゃんと助けてくれたもん。まさか自分がこんな被害に遭うなんて思ってもいなかったけれど、本当に助けてもらったことに何度もお礼を言った。


「私たちも偶然だったから」


 二人が乗り合わせてくれたのは、予備校帰りの斉藤君と、買い物帰りの結花が、地元駅の階段に一番近い車両に乗ってくれていた偶然のおかげだった。

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