11話 久しぶりのユーフォリア

【11-1】 思い出と伝説の詰まったお店で

<今回は和人と二人で>




 土曜日の夜、あたしと和人は実家の地元の駅にやってきていた。


 和人は予定どおりに朝から図書館に出かけていたし、あたしも児童センターでのアルバイトを夕方5時までで終わらせて、途中の駅で待ち合わせた。


 仕事は児童センターの遊具の管理や図書スペースで小さい子への読み聞かせも担当する。


 センター自体が夜8時まで開いているので、両親が共働きの利用者で学童がない日などは、比較的閉館時間まで忙しい。


 決して時給は高くないけれど、市の施設ということもあり、求人倍率は高かった。


 大学1年生の頃から、平日も授業が終わって、和人との時間がそろわない日に担当させてもらっている。


 家庭の主婦が多いこのサポートスタッフのメンバー。家に帰らなくてはならず人数が減るうえ、忙しくなる夕方5時からの時間を担当させてもらっていたので、3年生の今となってはずいぶん融通を効かせてもらっている。


 今日は、週末だから早く上がっても他の人がカバーしてくれることになって、バスと電車を乗り継いだ。


「まだ寒いから、エアコン効いているセンターに集まっちゃうんだよねぇ」


「図書館だって半分は暖房で寝てるんだから困ったもんだ」


 高校生まではよく使っていた地元の駅の改札を抜けて、歩きなれた道を海岸線に向けて進んだ。


「まさか、お店休みじゃないよな?」


「うん、午後電話しておいたよ。時間外でも開けるからいらっしゃいって返事だった」


「そんならいいや」


 少し急ぎ足で夕方の道をそのお店に着いた。


「こんばんはー」


「いらっしゃい! あ、千佳ちゃんと和人君ね。待ってたよ」


 結花と来ていたユーフォリアは、今ではあたしと和人が常連のように使わせてもらうようになった。


 ご主人の秋田あきた保紀やすのりさんと、奧さんの菜都実なつみさんのお二人で切り盛りしている。


 昔は高校生のお客でしかなかったのに、結花と来るようになってから変わった。


 そもそも、菜都実さんが結花のお母さんの友達だと言うこと。そしてもっと大事なことは、結花が3年前までこのお店でリハビリを兼ねたアルバイトをしていたということ。


 高校を辞めた結花と、彼女の行方を追っていた小島先生が再び出会って、最後には婚姻届に名前を入れて、夫婦としての道を歩き出した場所でもある。


 結花にもあたしにもこの空間はものすごく大事なものだ。


 もっと言えば、今の姿に改装される前の先代の時でも、恋愛成就の伝説が残るお店だから。


 その原因はこの菜都実さんたちに関係していたものだと言うけれど。



「菜都実さん、昨日結花にメールをもらったんです」


「へぇ、結花ちゃんから? 元気だって?」


 注文を厨房に伝えて、菜都実さんがカトラリーを持ってきてくれたときに、今日の本題を伝えた。


「今度の春休みに、先生と二人で帰ってくるって話でした」


 菜都実さんの手が止まった。


「そっか。それで佳織かおりあんなに機嫌良かったんだ」


 佳織さんというのは結花のお母さんの名前。菜都実さんとは中学生時代からの付き合いだというし、今のあたしたちと同じ年齢の頃には、一緒に先代のお店で働いていたという。


「今回は一時帰国なのかしら?」


「雰囲気的に完全に帰ってくるみたいな感じです。もう心配させなくて済むと書いてありましたし」


 あの授業中に届いた報告の後、結花と何度かメッセージを交換していたけれど、時期は未定ながら、最終的には二人とも帰ってくるという方向ではあるようだ。


 一緒になるか、結花が少し先に帰ってくるかというレベルらしい。


「そっか、二人とも帰ってくるんじゃ、どこかで部屋を借りるのかしらね」


 きっとそういうことだろう。まだ日程が確定できないというのは、そういったことが決まっていないからだと思われた。


「その辺も聞いてみますよ」


「その辺は佳織に探りを入れればいいか。本当に、結花ちゃんも小島先生も頑張ったんだから、次は千佳ちゃんたちの番ね」


 菜都実さんは、お料理を持ってきてくれながら、あたしと和人を見て頷いた。


「え、そうなんですか、やっぱり?」


「当たり前じゃない。千佳ちゃんも結花ちゃんも、和人くんもあたしたちの大事な子どもたち。ちゃんと見届けるのがオバサンになったあたしたちの役目というか楽しみだなぁ」


 菜都実さんは豪快に笑った。

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