八章 恋する親友の初めての手紙

二十話 手紙で渡してみたら?

<高校2年2月>


 クラスの中がピンク色の話題で染まる二月。あたしは塾の後の時間に結花の病室に寄る生活を続けていた。


 予想が当たっても嬉しくなかったけれど、結花が教室に戻ってくることはなかった。


 その部屋に訪れるのは、結花の両親と小島先生とあたしの四人。


「ちぃちゃんはバレンタインデーあげるんでしょ?」


「そうだなぁ。でも周りに話してないから、学校で渡すってわけにはいかないんだよね」


 逆に誰も来ないから、こんな会話も出来てしまう。


「そうかー。そういうのも困っちゃうよね。学校に行く前とか? あとは前もって渡しちゃうかだよ」


「やっぱりそうか。結花こそどうするの? 病院でチョコ売ってないでしょ?」


「うん……、それに受け取らないって毎年言ってるし……」


 確かに、小島先生は赴任してから毎年バレンタインデーは誰からも受け取らないって公言している。


 受け取ることでその子を特別扱いするという噂も出さないためなんだそうだ。


 それに、生徒には手を出さないというのがポリシーだと聞いていたはずなんだけど……。「じゃあ結花のことはどう説明するの?」とからかってみたくもなる。


 でも分かってる。お互いの存在が必要な二人なんだから。


「チョコでないなら、手紙書いてみたら?」


「手紙?」


 こんなご時世だ。手書きの手紙を書くなんて、あたしもいつからしていないだろう。


「いつも質問とかメモで渡してるんでしょ? 手紙だったら、先生も受け取ってくれるんじゃないかな? もし受け取ってくれなくても、それがもともとだし?」


「そうかぁ……。うん、書いてみる。ちぃちゃんありがとう」


 そのとき思いつきで提案した結花の手紙作戦が二人の人生を大きく変えることになるなんて、そのときには全く予想もしていなかった。




 果たして、バレンタインデーになった。


 あたしは自分のミッションを昨日の夕方に無事に済ませていたから、周りの悲喜こもごもを見ていたのだけど。


「ねぇ、今年の小島先生、なんか変じゃなかった?」


「うんうん。去年と違う。なんか心ここにあらずって感じで」


「でも、彼女いないって話だよね?」


「そうそう、聞いたことない」


 そんな会話を後ろでしているのを聞いて、あたしは思い当たった。


 結花、頑張ったんだ……。


 手紙の内容はあたしも知らない。


 結花のことだから、そこまで重くは書いていないとは思うけど、あの先生をそこまで悩ませてしまうなんて、どんな中身を書いたんだろう。


 普通の相談ならそこまで悩まずに通せるだろう。きっと、あの子の思いの丈を綴ったのではないか。


 一組の提出物を集めて職員室に向かう。


「小島先生……?」


 放課後で、周りの机に他の先生はいない。そんな中で、小島先生が何か手元を見つめながら考え込んでいる。


 桜色の便せんに綴られた文字に見覚えがある。


「先生……」


 慌ててそれを折りたたんで振り向いた。声をかけたのがあたしだと分かって、ほっとしたように苦笑する。


「佐伯か。他の奴じゃなくて良かったよ」


 集めてきたプリントを渡した。


「これの採点してから行くから、少し遅くなると言っておいてくれないか?」


「分かりました」


 逆に先生からのコメントがいっぱい書かれた授業プリントを渡される。これが結花への個人授業なんだ。


 塾帰りに結花の部屋に寄って話をしていると、ようやく先生が顔を出した。


「遅くなって悪かった。ごめんな」


 時計は九時を回っていて、さすがに面会時間としてはもう遅くなってしまった。


「ちぃちゃんも先生もありがとうございます。週末はゆっくり休んでくださいね」


 夜間口まで結花に見送ってもらって、先生と二人で病院をあとにした。

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