第3話

「今の王、ケシズスは簒奪者だ」


セティヌの唐突な言葉に、ケヤクは一瞬、混乱した。


「……何の話だ? 確か今のケシズス王は、十年前に死んだ前の王様の弟だろ?」

「ああ、前王の弟だが、本来は前王の子であるイャヒン殿下が玉座を継ぐはずだった。しかし、前王の遺言をケシズスが握りつぶし、自らが玉座についたのだ。あれが――」

「……おい」


ケヤクは老人が喋りかけた話を遮った。


「ぼけたのか? いきなり何を言い出したんだ? あんたはただの隠居貴族だろう」


セティヌは少し迷うようなそぶりを見せたが、やがて意を決したように口を開いた。


「……わしは前王の摂政だった。本来なら、イャヒン殿下がお世継ぎとなるはずだったが、ケシズスに宮廷を掌握され、この地に逃げ延びてきた。足の自由を失ってな」


――この老人は、一体、何を言おうとしている?


「おい! 一体、何の話をしてる!? あんたは道楽で俺たちに盗賊ごっこをやらせてるただのじじいだろう!」


 とんとん、と扉を叩く音がした。

「旦那様――何かありましたでしょうか?」

サナハンの声だった。


「何でもない。ケヤクと話をしている。下がっていろ」

「は」

扉の向こうから気配が消えた。


 セティヌは立ったまま固まっているケヤクを見た。

「声を下げろ。お前が知りたいと言った事だ。――座れ」


ケヤクは自分がいつの間にか立ち上がっていたことに気が付いた。少し迷ったが、話を聞く事に決め、椅子に浅く腰を下ろした。


「前王の崩御の後、確かに玉座は弟のケシズスが継いだ。前王はケシズスを後継に指名して息を引き取った。巷間ではそう言われているな?」


ケヤクは黙って頷いた。


「それは事実ではない。わしは前王の世で摂政を務めた。その頃の名をナヒバフェンと言う。前王は死ぬ間際、世継ぎにイャヒン殿下を指名された。しかし、王弟ケシズスは自らが玉座につくため、殿下と前王の重臣達を暗殺にかかった。わしもその標的の一人だった」


セティヌは続けた。


「わしは辛くも生き延びたものの、足の自由を失い、所領や大半の部下たちを失った。殿下をお探しすることも、兵を挙げることもできず、ここに隠れ住み、世の動静を見守っていた。もはや打てる手もなく、ケシズスが王としての務めを果たすのであれば、それでいいと思っていた。しかし、見ろ。やつはただ玉座に座っているだけだ。王の務めを放棄し、ただ放埓に振る舞っている。重税を課し、民を虐げる領主の跋扈を許し、自らはただ奢侈に溺れるのみだ」


「だから……」

ケヤクは口を開いた。


「だから、あんたはこれを始めたのか? 義賊だと言って、あちこちの領主から金を奪い、その金をばらまく。そうすりゃ王様も目を覚ますって? そりゃ単なる憂さ晴らしだろう。老後の楽しみにしちゃあ趣味が悪い」


セティヌはケヤクの目を見た。


「違う。嫌がらせや酔狂で始めたわけではない。わしが作ろうとしているのは軍だ。簒奪者ケシズスを討ち、イャヒン殿下を探し出し、正当たるイャヒン王の下、この国をあるべき姿に戻す。そのためには組織を立ち上げ、民衆の支持を得ねばならん」


セティヌはさらに言う。


「ケシズスが好き勝手にさせている領主共から、金品を奪い、困窮している民にそれを配る。それによって資金と民衆の支持を得て、乱を起こす。そのために、お前を団長にしたのだ。お前は賢く、人を率いるだけの器がある。事実、お前は成果を挙げ、民衆は我々を支持し始めている。いずれ我々が軍と呼べるだけの規模になれば、堂々とケシズスに叛旗を翻す日も来よう。動けぬわしに代わって、お前がそれをやるのだ」


――ダンッ!

と、ケヤクは拳で卓を叩いた。


「農民を集めて……軍を作って戦うだと? 普段、農民から税を搾り取っておきながら、権力争いで負けたから、今度はその農民を使って内乱を起こすのか? ふざけるな! 貴族同士のもめごとに俺たちを巻き込むんじゃねえ!」


そう声を荒げたケヤクをセティヌは静かに見ていた。


「――お前のいう事も分かる」

セティヌは普段と変わらぬ口調で言う。


「しかし、このままでは竜は孵らぬ。お前も知っているだろう? 竜は王を見定める器だ。王が悪政を布くうちは、竜は孵らぬ。竜がいなくば、外敵を打ち払う事もできず、魔獣や魔素の害はますます増える。死ぬのは貴族ではない。貧しい者から順番に死んでいく。人が生きるためには竜の力が欠かせぬ。竜を孵すためにもケシズスは討たねばならん」


ケヤクは定まらぬ目で老人を見た。


「そのために俺に剣やら戦術やらを仕込んだのか? 俺にそれをやらせるために」


「そうだ。ただの農民が集まってもそれは烏合の衆でしかない。どれだけ雑兵がいようとも将がいなくば、戦は出来ぬ。集団を率いられるだけの器が要る。お前を見つけたのは偶然だったが、幸運にもお前は上手く育った。お前がやるのだ」


ケヤクは再び立ち上がった。


「勝手な事を言うな! 正規軍と戦おうもんなら、俺の仲間は大勢死ぬ。お隠れになった王子様にも義理はない。王様と戦争がしたいなら、あんた一人でやれ!」


ケヤクは吐き捨て、扉に向かって歩いた。その背中に声が飛んできた。


「一頭だが……鷲を手に入れるめどがついた。お前が乗れ」


ケヤクは振り返ることなく、無言で扉を出た。



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