phase12.夜道

少し奥の方へ進むと、両開きの扉があった。

横谷は行開きの扉を開け、中に入っていった。

二人もついてきたが、そこは東京ドームくらいの広いホールのようなところだった。


「な、なんだここは。野球場?」

「違います、皆さんで言う多目的ホールのようなものです。」

「ホールというよりドームですよねこれ。」


見上げると天井もドーム状になっているので、

見た感じ普通にドームにしか見えない。

それでも名称上は”ホール”だと言う。

そして横谷は辺りを見渡した。


「あれ、いないですね。すみません、彼はどこですか。」

「トイレと言ったっきり戻ってきません。」

「そうですか……。」


横谷が他の研究員に聞いてみるも、どうやらお目当ての人がいないようだ。


「すみません、少し異能のノウハウについて少しでも理解していただくために、藤崎君と同じ異能覚醒者に見せてもらおうと思っていましたが……。」

「まあ俺どうせその力使わないですし、大丈夫ですよ。お気遣いいただきありがとうございます。」

「いいの?」


春千代が首を傾げて颯音に問いかける。


「いいんだよ、別にそういう力で何するってわけでもないし。」

「そっか。」

「あ、もう20時か。横谷さん、今日はこの辺にしておきます。帰ります。」

「分かりました。また何かあったらこちらから連絡します。藤崎君も何かあったらすぐ連絡してください。」

「分かりました。では。」


そして颯音と春千代は研究所を後にした。

辺りはすっかり暗くなり、夜になっていた。

時刻は20時15分。二人は帰路に着いた。


「しっかし、俺って本当にそんな力あんのかな。」

「え、じゃあちょっとやってみてよ。」

「どうやってするんだよ。」

「そういうのを教えてくれるんじゃなかったのかな。」

「でもなあ。使わないでしょ。」

「日常ではね。」


大通りを抜け、次第に帰路は路地に差し掛かった。

街灯が少なく、視界が悪い。

無灯火の自転車だと全く見えないくらいだ。


「てかここ、真っ暗過ぎて怖い。街灯つけろっつうの。」

「はは、でも颯音君ならやっつけられるじゃん。」

「俺そんなに強くないぞ。」

「その力?使えば!」

「使えばだろー。まあここ、不審者多発エリアだしな。」


そして次の路地を曲がろうとした時の事である。

家と家の狭い通路から手が出てきて、春千代の腕をつかんだ。


「きゃっ!?」

「どうした?」


すると、かなり強い力なのか、通路の方に春千代がグイッと引っ張られ、

姿を消してしまった。


「は? え、おい、春千代!」


颯音は急いで通路に入りあとを追いかけた。


(このタイミングで不審者かよ!)


颯音はこの最悪なタイミングに心の中で嘆いた。

奥からは色んなものをなぎ倒しながら進んでいる音がしていた。

瓶の割れた音、何かケースのようなものを蹴飛ばした音…

颯音は無我夢中で追いかけた。


「おい! 誰だよ! 春千代を離せ!」


颯音は前方に向かって叫んだ。

だが応答はない。ひたすら逃亡していた。


「くそ、こんなに狭いのに、速いだろ!」


暫く進むと視界が開けたところに出た。

そこは、住宅街の中にある公園だった。

そして颯音は辺りを見回す。


「春千代!! 春千代ー!!!」


颯音は春千代の名前を叫んだ。


「私はここだよー。」


公園の方から春千代の声が聞こえた。

颯音は全力疾走で春千代の声のする方へ向かおうとした。

すると、突然背後から人影が現れた。


「お前、ここまでしてもまだ女一人守れねえのかよ。」


その声を聞いたと同時に颯音は妙な気配を感じた。

恐る恐る後ろを向いた。


そこには飄々とした体格、眼光の鋭い黒髪で雑にセットをしてある髪型の男性が佇んでいた。服はなぜかスーツを着用している。


「お前、誰だよ……。」

「はあ。」


男はため息をついた。


「ユーモアがねえな。ありきたりの質問。ありきたりの展開。」

「は?」

「そんなつまらん人間は、所詮心の器も、ありきたりなもんばっかだ。」

(何を言っているんだこいつは……。)


颯音は唐突に殴られないように距離を取った。


「つまんねえ奴なりには一応脳みそ使ってんじゃねえか。」

「あんた、何がしたい。何が言いたい。」

「別に理由も動機もねえよ。強いていうなら”品定め”だ。」

「品定め?」

「お前の心の器がどんなもんか。」


そして男は半歩下がる。


「今んとこお前は諧謔かいぎゃくに欠けている。つまらねえ人間だ。現実を受け入れられていない子犬のような小心さがこっちにもにじみ出てやがる。」

「何が言いたいんだお前。」

「声からも畏怖、不安、恐怖、萎縮、感じるぞ、弱さもすべて。」


男は半ばあきれ顔で颯音を見つめる。


「俺にぶん殴られないように距離を取ったのは正解だ。だが、お前、腕のリーチの倍あるモンまで飛んでくることは予想できなかったのか?」


そう言い放った後、颯音の腹部のど真ん中に勢いよく蹴りを放った。

颯音は後方へ吹っ飛び転がり、その場でうずくまり悶えた。


「がっはあ、はっ、はっ……! なん、だあいつ……!」


男はわざと靴音を鳴らしながら首を振って近づいてくる。


「ダメだダメだ、何もなってねえ。こんなんじゃお前……。」


倒れている颯音に視線を合わせるかのように男もしゃがんだ。


「死ぬぞ。」


男は颯音に冷たく、鋭く伝えた。

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