【ヘンリー視点】作戦決行 


 イザベル嬢が攫われてから三日後。

 私は結成隊に向け口を開いた。


「皆、よく聞け! 本日より作戦を決行する。しばらくは街中の移動になるが、一歩国の結界から出ればすぐに魔の森が広がる。各自の持ち場をしっかり守り、気を引き締めて行くように!」


 ザザッ!! と隊員達が一斉に敬礼を取る。


 さて、私も気を引き締めて行くぞ……ん?

 何だ? チラッと女の姿が見えたような。


 私の人選にもエスタ卿の人選にも女はいなかったはずだし、作戦会議中にメンバーの顔は全て頭に叩き込んでいる。見間違いか?


 しかし、こちらに向かって小さく手を振る奴がいることに気付き、一瞬頭がフリーズする。


 待て、待て、待て!


「ちょっ! お前ら、ここで何している!?」

「あ、あの、ヘンリー殿下?」


 はっ! いかん、隊員達の前で取り乱すなど指揮官としてあってはならない。


「失礼」


 これは幻だ。まずは落ち着け。


 一旦目を瞑り、深呼吸をして精神を落ち着かせてから再び目を開けた。

 しかし、そこに居たのは、やはり見覚えのある顔触れだった。


 何で奴等がここにいるんだ!? 

 もしかして、エスタ卿の仕業か!?


 人選にはエスタ卿も携わっているため、奴ををギロリと睨み付けると、エスタ卿は罰の悪そうな顔をしながらペロリと舌を出した。


 はぁ、そういう事か……。


 あの調子では、きっと奴等に上手いこと丸め込まれたのだろう。


 隊員達の前で下手に揉め事を起こせば士気が下がる。

 仕方ない、魔の森に入る前に隙を見て奴等を排除するか。


「はぁ……」

「あの、ヘンリー殿下、お加減でも悪いのですか」


 無意識に漏れた深いため息に、側にいた隊員の一人が声を掛けてきた。


「いや、問題ない。行くぞ」


 私は招かざる客から目を背けて前進する事にした。


* * *


 しばらく街中を進み、休憩地点までやって来た。

 各々が休憩を始めたのを確認すると、ふつふつと湧き上がる怒りを抑えながら奴等の側まで行き、声を掛けた。


「お前達、私について来い」


 人気のない場所まで歩くと、私は奴等……

 アルフ、クロエ嬢、マリア嬢を睨み付けた。


「お前達は一体何をしに来た!?」

「何って、勿論ベルを助け出すために決まっているだろう」

「そうですわ! お姉様の一大事をヘタレなお兄様とヘンリー殿下だけに任せるだなんてあまりに心許ないです! ですから、私達も同行することにしましたの」

「そうです! イザベル様が大変な事件に巻き込まれたのに、ただ黙って見ているだけなんて出来ません!」


 何なんだこいつ等は。

 怒りを鎮めるために深いため息を吐き、怒鳴り付けたい衝動を抑え込んだ。


「お前達は馬鹿なのか? イザベル嬢の奪還には危険が伴う。これはお遊びではないのだ、さっさと帰れ」


 私の言葉にアルフはムッとした様子で答えた。


「悪いがそれはこちらの台詞だ。お前が側にいながらベルは魔王に連れ去られたのだろう? お前こそ、この場で指揮を取る立場ではないのではないか? ヘンリー」


 アルフの奴、密偵を使って情報を仕入れたな。


 アルフに限っては、今回のメンバーに入れるか悩んだ。

 しかし、アルフは学園の生徒会長であり、次期宰相でもある有能な人材だ。

 万が一があった場合は国としても痛手であり、候補からは外していたのだ。


「ふん、情報回りは流石時期宰相と言ったところか。お前は優秀な奴だが、今回のメンバーには加えていない。大人しくクロエ嬢やマリア嬢を連れて帰れ」


 私の言葉を聞いたアルフはくくっと喉を鳴らし、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。


「残念だが、僕は父上と国王陛下から許可を頂いている。よって、今回のメンバーに加わることになった」

「何!?」

「僕を侮るな、ヘンリー。お前の考えていることなど検討が付いている。僕は、有事に備えて鍛錬を積んでいるし、そう簡単には死なん。お前こそ、魔王相手に尻尾を巻いて逃げるなよ?」


 ふっ、アルフはこういう奴だったな。


「戯けが」


 アルフについては急遽メンバー入りを余儀なくされたが、クロエ嬢とマリア嬢については隊員に加えるなど言語道断だ。


「えー、クロエ嬢、マリア嬢。悪いが二人についてはメンバーに加えることは出来ん。このまま学園に帰って貰おうか」


 クロエ嬢とマリア嬢は顔を見合わせニヤリと笑った。


 ま、まさかこの二人まで……!?


 背筋に嫌な汗がじわっと滲み出る。


「ヘンリー殿下、実は私達も許可を頂いておりますわ」

「私もヘンリー殿下との婚約話が立ち消えた途端、お父様から許可が下りたのです。それに、クロエ様同様にリュカ先生にも話をしています! ほら、ここに書状もありますよ!」


 クソッ、エスタ卿は何やってんだ!

 本日何度目かの深いため息を吐き、頭を抱えながら投げやりに答えた。


「ああ、もう……分かった、分かった! ただし、ここでの指揮官は私だ。少しでも命に逆らったり危険な真似をしたら即刻帰って貰うぞ。いいな」

「「はーい!」」

 

 はぁ、先が思いやられる。

 そう思いながら時計に目をやると、出発の時間が迫っていた。

 あまりゆっくりしている時間はない。


 「そろそろ時間だ。ひとまず皆と合流するぞ」 


 生徒会メンバーを引き連れ、ザッザッと藪の中を進みながら、思考を巡らせる。


 アルフはまだいいとして、この二人はどう配置すべきか……。


 クロエ嬢とマリア嬢の配置について悩んでいると、あっという間に休憩地点に辿り着いた。

 辺りを見渡し皆の様子を確認していると、私を見つけたエスタ卿が側まで寄って来た。


「あの、ヘンリー殿下。二人の件ですが、やっぱり怒っています……?」


 エスタ卿には説教の一つでもくれてやりたいところだが、今はそんな時間はない。

 再び込み上げてくる怒りを息を吐きながら抑え込むと、エスタ卿の問いに答えた。


「話したい事は山々あるが、今はゆっくり話す暇はない。だが、あの二人の配置についてどうするか」

「あ、二人なら僕の側に配置しますから大丈夫です。魔王に悟られるといけないから闇の魔力は使えませんが、ハンデがあっても僕って最強でしょ? 守る者がちょっと増えたくらいなら問題ないですよ☆」

「そうか。なら、其方に任せた」


 まぁ、エスタ卿の側なら安全だろうな。

 一つ考え事が減ったことにより、奪還に向けて集中出来るようになった。


 明日からはいよいよ魔の森へ足を踏み入れる。残りの道のりを進んだ後は皆をしっかり休まねば。


 指揮を取るために、私は身を翻した。


* * *


 日が傾き始めた頃、私達は辺境の街まで無事に辿り着いた。 

 そして、現在は予定していた宿の中で、各々が割り振られた部屋に向かっている最中だ。


 よし、ここまでの道のりは順調だ。

 しかし、明日からはいよいよ魔の森。ここからが本番だ。


 明日からの野営に備え、本日は宿を貸し切り一泊する。


 明日からは魔の森で野営だが、あの二人は本当に大丈夫だろうか。


 クロエ嬢とマリア嬢は令嬢だ。

 当然野営の経験などないはずだが、果たして耐えられるか。


 まぁ、エスタ卿なら転移魔法が使えるはずだ。あまり奥地まで行かなければ、女一人、二人程度なら何とか安全な場所まで飛ばせるか。


 しかし、エスタ卿は魔王と対峙した時の強力な切り札だ。

 転移魔法はかなりの魔力を消費するため、出来れば避けたいところだが……。


 まだ二人は部屋に向かっていないな。

 さり気なく野営の話をしてみるか。


「マリア嬢、クロエ嬢、ちょっといいか?」

「はい、何でしょう」

「ヘンリー殿下、どうしました?」

「ちょっと明日からの予定について話しておきたくてな」


 二人は何のことか分からないと言った様子でお互いの顔を見合わせると首を傾げながら私の顔を見上げた。


「エスタ卿から聞いているか分からんが、明日から魔の森に入る。当然魔の森には宿などないから野営になるが、二人は大丈夫なのか? 引き返すなら今のうちにしといた方が良い」


 私の言葉を聞いたクロエ嬢はふっと鼻で笑いながら私に反論して来た。


「ヘンリー殿下、私を舐めてもらっては困りますわ。こう見えても私はマルク家の人間。野営や魔獣の討伐くらい経験がありますわ」


 クロエ嬢の話に便乗するように、マリア嬢も口を開いた。


「あのぉ……私は魔獣の討伐経験はありませんが、野営でしたら経験があります。お恥ずかしながら、我が家は貧乏です。使用人を雇うお金すらなくて自分の事は自分でする生活を送っていましたし、生活費の節約も兼ねてよく家族で近くの山に行って、野営をしながら食材を確保していましたから」


 二人とも、やたら逞しいな。


「そ、そうか……」


 予想外の返事に呆気に取られているとクロエ嬢は腕を組みながら私に突っかかって来た。


「ヘンリー殿下こそ、大丈夫なんですの? 殿下は王宮育ちなんですから、野営なんて出来ないのではなくて? おほほほ」


 こ、コイツ。

 さては、追い返そうとした事を根に持っているな。

 思わずカチンと来たが、務めて冷静に返事をした。


「クロエ嬢、私を侮らないでくれ。王族と言えど、私は男だ。野営や魔獣討伐の経験くらいはして来ている」

「あら、そうでしたの? 失礼、私はてっきりお坊ちゃん教育だけなのかと思っておりましたわ。おほほほ!」


 クロエ嬢は高笑いをしながらずいっと私の前へやって来た。

 そして、私の耳元まで顔を近付けると、ドスの効いた声で囁いた。


「私の大事なお姉様を危機に晒したのですから、命張って戦いなさいよ。もし、逃げ出したりでもしたら、闇討ちにしてやるから覚えておきなさい」

「!」


 クロエ嬢は顔を離し、にっこり笑うと「お話はそれだけでしょうか? それなら二人とも問題ありませんから、どうぞお気遣いなく。ではまた明日、ごきげんよう」と優雅に挨拶をし、マリア嬢とその場を去って行った。


 生徒会メンバーの中で、クロエ嬢が一番敵に回したくない奴かも知れんな。


 思わぬ強敵の存在にげんなりしながら、私はその場を後にした。

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