【ヘンリー視点】奪還作戦

* * *

 エスタ卿と共に王宮までやって来た。

 そして、今いるこの場は国王陛下の執務室だ。


「何っ!? イザベル嬢が攫われただと!?」

「はい」

「お前は、イザベル嬢の近くにいながら一体何をしていたんだ!」

「申し訳ありません、父上」


 父上はイライラしながら私の失態を責め立てる。

 貴重な闇の魔力を失った上に、奪われた相手が魔王。

 国の脅威になる存在に手駒を奪われたのだ、責められても仕方ない。

 側にいたエスタ卿は、私に助け船を出した。


「陛下、僕も油断していました。まさか結界の緩む学園の境目をピンポイントで狙ってくるとは」

「二人もいながら、全く情けない! 魔王は魔獣を統率する人物だ。下手に力を付けて魔獣ごと国に攻め込まれてはひとたまりも無い。何としてもイザベル嬢を奪還し、魔王を力を削げ! 奴の自由にさせてなるものか!」

「畏まりました。父上、イザベル嬢の救出に当たっては魔の森を通らねばなりません。道中は魔獣を斬滅しながら進まねばならず、兵力が必要になるでしょう。つきましては、幾らか兵をいただきたいのですが宜しいでしょうか」

「うむ、やむを得んな。宰相や騎士団長とも相談した上で調整しよう」

「ありがとうございます」


 よし、これで兵力の確保は問題ないだろう。

 後は、魔王城までの最短ルートの確認と、魔王に関する詳しい情報だ。


「待て、ヘンリー。お前が行くつもりなのか」

「はい、私の油断が引き金になった事件です。ぜひ挽回のチャンスをいただきたく存じます」

「……そうか。お前に死なれては困るからな。それなら、魔法省からも人を出そう」

「ありがとうございます」

「エスタ卿、悪いが息子と共にイザベル嬢の奪還に当たってくれ」

「畏まりました☆ 僕、やられっぱなしは嫌いだから、ちゃちゃっと奪い返してきますよ」

「うむ、頼んだぞ」


 父上に深くお辞儀をし、執務室の扉を閉じる。回廊に出てすぐ、私はエスタ卿に話しかけた。


「エスタ卿、魔王城はどの辺にあるのか、詳しく話を聞かせてくれ。それと、魔王に関する知識を知っている限り全て話してほしい」

「りょーかいでっす☆ あ、僕の執務室に魔王に関する書籍が多数あるんですけど、良かったら来ますか?」

「うっ、あそこか……」


 エスタ卿の執務室は雑然としており、落ち着かないがそんな事を言っている時間も惜しい。


「分かった。すぐに向かおう」

「ヘンリー殿下、今凄い嫌そうな顔していませんでした? 僕、あれでも来客用のソファ周りは綺麗にしている方なんですけどねぇ」

「あれでか……」

「あ、そう言えば、この前生徒から差し入れ貰ったんですよ。話も長くなりそうですし、お茶と一緒に用意しますね☆」


 気持ちは有難いが、流石にあの場で飲食する気にはなれない。


「エスタ卿、気持ちは有難いが、私に気遣いは不要だ。茶はまたの機会にする」

「そうですかぁ。じゃ、部下達にお裾分けしてあげよっと☆」

「ああ、そうしてあげてくれ。では、行くか」


 身を翻し、エスタ卿と共に魔法省へと歩き出す。

 暫くすると魔法省の建物が見えてきた。

 壮大な空間に足を踏み入れ、大理石の床を歩けば、コツコツと小気味良い足音が響く。

 職員が忙しそうに働く傍ら、私はエスタ卿と執務室へ向かった。

 エスタ卿が執務室の扉を開けると、相変わらず雑然とした空間が広がっている。


「ヘンリー殿下、どうぞ座って下さい☆」

「ああ」


 相変わらず、凄い部屋だな。

 そして、エスタ卿はこの場にいて何も思わない事にも驚きだが。


「あ、まずは資料を探しますね☆ えっと、ここら辺に確か……」


 バサバサッと山積みの本が落ち、埃が舞い上がる中、エスタ卿はゴソゴソと資料を探す。

 そして、該当の物が見つかった様で、本と埃の間から顔を出した。


「ヘンリー殿下、ありました☆ 下手に動くと本の山が崩れそうなんで、ここから僕が手を出して本を渡すので、そちらに運び出してくれますか?」

「分かった」


 エスタ卿は頭に埃を付け、本の隙間から手を出してきたので、握られていた古ぼけた書物達を受け取った。

 そして、全ての書物を出し終えたエスタ卿は、頭の埃を払いながら本の隙間を縫う様に出てきた。


「まず、それが魔王に関する資料です。僕が持っているのはこれだけですが、後は王宮の書物庫に保管されている物がいくつかあるはずです」

「そうか。協力いただき感謝する」


 王宮にある魔王関連の書物は全て目を通している。

 しかし、その書物はどれも似通った物ばかりで、新たな情報は入手出来ずにいた。

 そのため、私はエスタ卿から手渡された書物に密かに期待していた。


 ん、ここら辺の本は王宮と大差なさそうだな。

 ……ん? これは……


 表紙が取れてしまっている古い日記の様な書物が視界に入る。

 日記か? かなり、古い物のようだな。


 保管状況も悪かったのが、所々破け、読めない箇所が存在する。

 パラパラと中を捲ると、中はとある人物の日常生活が記された日記の様だ。

 その日の天気、食事、行動内容が箇条書きされいる程度の物だったが、最後のページに記載された文字が目に留まった。


 ん? 何だ、これは……。


『三人の創造神と魔素の関係』『力の共鳴』『癒しの力』と小さく走り書きされている。

 しかし、肝心の内容については何も書かれておらず、それ以降のページは破られていた。


「その日記、見ました?」

「あ、ああ。たまたま開けたページが気になったんでな」


 エスタ卿はじっと私を見据えたまま、ニヤリと笑った。


「ヘンリー殿下は、どこまでご存知ですか?」


 コイツ、私を試しているな。


「そうだな。まず、これについては国家機密の資料で見たことがある」


 私は『三人の創造神と魔素の関係』と書かれた文字を指差した。


「なるほど。それなら『世界の理』については知っているんですね」

「ああ」

「では『力の共鳴』はご存知ですか?」

「ああ。イザベル嬢が狙われたことで、闇の魔力について調べていく内に、過去の闇の魔力保持者に『力の共鳴』があった事例に辿り着いた。ちなみにだが、エスタ卿はどこでその情報を仕入れた?」

「実はそれは歴代の闇の魔力保持者が記載した日記です。僕がここに来た際に、壁の隙間に保管されていたその日記を見付けまして。それを足掛かりにして、国王陛下に詰め寄ったところ判明しました☆」

「そうか」


 この世界にある宗教『ネスメ教』の教えでは、創始者は女神のみとされているが、機密文書によれば、教えの内容とは異なる『世界の理』が存在する。

 『ネスメ教』の創始者にあたる国の権力者が、宗教を広める上で都合の悪い事実を隠蔽し、世界的宗教として教えを広めたのは国家機密の情報だ。

 この事実を知る者は、歴代国王と教皇、国営に関わるごく一握りの権力者のみである。


「『力の共鳴』は僕もイザベル君が狙われるまでは半信半疑でした。同じ闇の魔力でも、僕とイザベル君では力が反発し合うので、その検証が出来なかった。しかし、魔王の行動から、それは事実であると認めざる得ないでしょうね」


 私もこの結論に至るまで時間がかかった。

 しかし、イザベル嬢を狙う理由を調べていくうちに、この結論に辿り着いたのだ。


「この状況から察するに、光の魔力が発動されない限り、魔王はイザベル嬢を手離すつもりはないだろうな」

「でしょうね。……しかし、マリア君の魔力は目覚めたばかりで非常に不安定です。あのまま無理に『浄化』の力を発動させれば、暴走する可能性もあり危険です」

「うむ。そうすると、残された道はやはり奪還以外にはなさそうだな。しかし、ここに書かれてある『癒しの力』とは、一体……」


 エスタ卿は神妙な面持ちで口を開いた。


「それは僕の知識にもない情報で、何度調べても行き詰まってしまうんです」

「そうか」

「調べた内容を整理した資料があるので、ヘンリー殿下にお渡ししますね」

「ああ、頼む」

「それと、魔王についてですが、彼の魔力自体は僕の持つ魔力よりも弱いです。……しかし、彼は魔獣を操れる。いくら強力な僕の魔力でも、魔王と魔獣が一気に襲いかかって来たら流石に太刀打ち出来ません。そのため、魔王の隙を突いて一気にイザベル君を奪還しなければ、混戦を極めるでしょう」


 魔王に関する資料で、歴代の魔王達も他の闇の魔力保持者より魔力自体は劣っている事が判明している。

 それは恐らく、魔王の抑止力として魔王とは別に闇の魔力保持者が存在するという事なのだろう。


「それに、魔王城は魔の森の中でも魔素が湧き出ている箇所の近くにあり、魔獣が多く出没するエリアです。遭遇した魔獣を逃せば、魔獣経由で魔王に僕達の動向が伝わってしまいますし、かと言ってあまり派手な動きをすれば魔王に気付かれるでしょう。以上のことから、魔獣討伐に慣れた強兵と、攻撃魔法に特化した者の少数精鋭部隊を結成する方が良いと思われます」

「そうだな」

「そして、魔王城の最短ルートですが、西側から入った方がルート的には早いです。しかし、西側の方が厄介な魔獣も多いことから、少々遠回りですが東側から入るのが無難かと思います。今、詳しい地図を持ってきますね☆」

「頼む」


 そして、私達は奪還に向けて白熱した議論を繰り広げたが、半日程経過した辺りで形が見えて来た。


「よし、この流れで行こう」

「りょーかいです☆」


 時計をチラリと確認しながらエスタ卿に向かって話しかけた。


「長居をしたな。私はこれから一旦戻り、公務の引き継ぎをして来る。兵士については私が選抜するが、魔法省の人選についてはエスタ卿に任せていいか」

「勿論です。 僕も引き継ぎがあるので、終わり次第取り掛かります。うちの子達は皆出来の良い子ばかりですから、誰にしようか迷っちゃいますねぇ☆ ぐふふ」


 魔法省の人間はエスタ卿の崇拝者ばかりだから、私が下手に手を出せば不満が続出するだろう。ここはエスタ卿に任せておくのが無難だ。


「仕事を増やしてすまんな」

「いいえ☆ イザベル君のためなら、僕頑張っちゃいますよ!」

「そうか。では、引き継ぎと人選が終わり次第声を掛ける。出立を急ぐから、悪いが早急に頼んだぞ」

「ぐふふ。りょーかいです☆」


 ソファから立ち上がり、執務室を後にする。

 奪還の道筋が見えて来た。準備には多少の日数がかかる故、マリア嬢……いや、フェルナード男爵にも婚約について先に手紙を出しておくか。


 イザベル嬢を奪還し、婚約を確実な物にするためにはゆっくりしてなど居られない。

 カツカツと早い足音を響かせながら、私は王宮へと急いだ。

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