世界の理

 ラウル様が出て行ったことを確認した魔獣、いや、侍女は私に向かって話掛けてきた。


「イザベル様、お召替えの服はこちらにございます」


 あ、言葉が話せるのね。良かったわ。

 侍女は私をベッド脇の扉まで誘導すると、ガチャッと扉を開けた。

 中はクローゼットになっており無数のドレスが掛けられていた。

 わぁ、たくさんの服。

 でも、なぜドレスがあるのだろうか? 

 ここには魔王と魔獣しかいないのだから、ドレスなんて必要ないはずだけど。

 思考が表情に出ていたのか、侍女はふっと笑った。


「こちらの服はラウル陛下がイザベル様をお迎えするにあたり用意されたものでございます。それと、私は侍女としての教育を受けております故、御用の際はお呼びいただければ何なりと承ります」

「そ、そうでしたか」

「服はそうですね……イザベル様の髪色に合わせたこちらなど如何でしょうか」

「あ、はい。では、そちらでお願いします」

「畏まりました。では、奥に鏡台がございますので、そちらまで移動をお願いたします」


 私は侍女に身支度を手伝って貰うと、侍女はふと思い出したように口を開いた。


「イザベル様、こちらにいらした時に付けていらっしゃった髪留めを保管してありますが、そちらはどういたしますか」


 あっ! ヘンリー殿下からいただいた髪留め!

 侍女が持っていた髪留めを手に取ると、宝物を扱うようにそっと両手で包み込んだ。

 絶対に、みんなの元へ帰るんだ。私は最後まで諦めない。

 だから、待っていて……ヘンリー殿下。


「宝飾品でしたら、いくつかご用意がございますのでお持ちいたしましょうか?」

「いいえ、こちら以外の宝飾品はいらないわ。これを付けて下さい」

「畏まりました」


 侍女はテキパキと私の身支度を整えると、再び口を開いた。


「イザベル様、お支度が終わりました。ラウル陛下は別室におりますゆえ、一緒にご移動をお願いいたします」

「はい」


 私は席を立ち、侍女の後について行った。

 それにしても立派な城内……。

 年季は感じさせるもののしっかり手入れの行き届いた城内は、その古さもアクセントになり独特の雰囲気を醸し出していた。

 侍女は立派な扉の前まで行くと、コンコンと扉を叩いた。

 ラウル様は中から返事をすると、侍女は恭しく扉を開け、私を中へと促した。


「ほう。公爵令嬢なだけあってそちらの姿の方が様になっているな」

「ありがとうございます、ラウルさ、ラウル」


 私が呼び方を改めると、ラウルは満足そうな笑みを浮かべた。


「まあ、そんなところに突っ立っていないで、ひとまずそこに座れ。茶の用意もあるぞ」

「はい」


 ラウルの側で控えていた侍女は、手際良く紅茶と添え菓子を用意すると、スッと扉から出て行った。

 ……紅茶に毒とか入っていないよね?


「お前は疑り深い女だな。我がわざわざ毒など入れたりするものか」


 ま、また思考を読まれた!


「だから、勝手に流れてくるんだから仕方がないだろう。お前なら思考遮断の魔術くらい普通に使えるはずだ。我が後で教えてやるからさっさと覚えろ。いいな?」

「は、はぁ」


 ラウルは優雅な手付きで一口紅茶を飲むと、無駄に長い足を組み、ゆったりとソファにもたれ掛かった。


「さて。少しは落ち着いたか?」


 魔王を前にして落ち着ける訳が無いが、余計な事を考えているとラウルに伝わってしまうため、私は極力無駄な思考を巡らせないように気を付けながら口を開いた。


「え、ええ。先程よりは」

「そうか。では、話の続きをしようか」


 聞きたいことは沢山あったが、まずはラウルの話を聞こう。


「まずは、闇の魔力についてだったか。そもそも、闇の魔力と光の魔力は似通った性質の魔力でな、どちらもこの世界の魔素をコントロールするために存在するものだ」


 そんな話聞いたことないわ。

 私が知っている内容は、光の魔力は魔獣を消滅させるもので、闇の魔力は強力な物理的破壊が行えるというものだ。

 実際私がリュカ先生から学んでいた内容も破壊魔法の使い方やコントロールの仕方のみだった。 

 しかし、私の魔力は弱く、上手く発動出来ないままでいた。


「ふむ、人間界ではそのようには伝えていないのか。ならばそこから話を進めねばならぬな。この世界には魔素という存在があるのは知っているな?」

「はい」


 魔素とは、魔の森と呼ばれる広大な土地から自然発生しているものであり、魔獣を生み出す元となる存在である。

 魔素は渾々と湧き出る泉のように発生することから、魔素の影響を受ける魔獣も放っておけば増殖する。

 魔獣と人が共存できればそれでも問題ないのだが、魔獣は人や動物を襲う。

 魔獣が増えすぎた土地は人が住めない場所へと変わってしまうため、魔の森に隣接する国は魔獣の侵略を防ぐ為に、強力な結界を張ったり定期的に魔物を討伐したり、各々のやり方で国を守っている。


「魔素とはこの世界の生き物に影響を与える物質だ。人に魔力あるのも、魔獣が生まれるのも、全ては魔素の影響を受けるためだ。しかし、増えすぎた魔素は毒になり、生き物が住めない環境へと変化する。魔獣とは、増え続ける魔素を吸収してくれる存在だ。魔獣が生まれなければ、生物はあっという間に魔素の中毒で全滅することだろう。魔獣は言わば必要悪な存在なのだ」


 な、何ですって!? 

 そんな話、聞いたことも無ければ、どの文献にも記載されていなかったわ!

 想像を超える発言をするラウルに、私はごくりと生唾を飲んだ。


「濃すぎる魔素を体内に持つ魔獣は、生まれたその日から中毒症状に喘ぎ苦しむ存在だ。その苦しみは飢えや渇きに似た状態と揶揄される。濃すぎる魔素は、魔素の薄い動物……まぁ、主に人や他の動物の事だな。それらを喰らうことで体内の魔素を中和させることが出来る。だから魔獣は人を襲うのだ」


 ただ闇雲に人や動物を襲うだけの存在だと思っていた魔獣の実態を聞いた私は言葉を失った。


「光と闇の魔力は魔獣をコントロールするための力だ。光の魔力は増え過ぎた魔獣を減らす為に、闇の魔力は魔獣を従え秩序を与える為に。それはつまり、増え過ぎた魔素を減らしたり、魔素が暴走しないように歯止めをかけるということだ」



 その話は本当なの!?


「お前は、女神の存在を知っているか?」

「は、はい」


 「女神」とはこの国の宗教である「テレス教」において、この世界の創造神とされている。


「創造神と呼ばれる存在は女神だけではなく、もうニ名存在する。しかし、ソイツらは碌でも無い神でな。女神を取り合って争いを起こした。女神は自分が原因で争う二人に心を痛め、二人を鎮めるために己の命を絶とうと毒を飲んだ。二人の神は争いを止め、協力して女神を助け、女神は一命を取り留めることになった。……だが、女神の体内にある毒は完全に取り切る事が出来ず、毒を宿したままとは知らずに女神はこの世界を創造した。その結果、毒は魔素として生み出されてしまった」


 神が他にも存在し、女神がこの世界に魔素を持ち込んだ張本人!? 

 だとしたら、今まで女神を唯一無二の神として教えを広めたテレス教は嘘を付いていたということになるわ!


「魔素は神々の力を持ってしても消し去ることが出来ず、残った魔素はそのまま増殖を繰り返した。そこで、苦肉の策として、魔素を吸収する魔獣という存在を生み出し、その魔獣をコントロールするための存在……光と闇の魔力を持つ者を創造したのだ」

「テレス教では、そんな話は出てこないわ」

「人間とは愚かな生き物だからな、宗教を広めるうえで自分達に都合の悪い部分を歪めて後世へ伝えたのだろう」


 そ、そんな……。

 イザベルが今まで信じていたものが、一部の人間により都合の良く歪められたものだったなんて。

 そんなはずがない、と言いたかった。

 しかし、ラウルの話には一貫性があり、私にはその話を覆すだけのものがない。


「顔色が悪いな。一旦話を切り上げるか?」

「……いいえ、続けて下さい」


 ラウルは再び足を組み替え、話を続けた。


「では話を戻すぞ。光と闇の魔力の話の続きだったな。それらの力は創造神に似た魂を持つ者に現れる。光の魔力が必要となるタイミングは魔獣の均衡が保てなくなった時だが、魔獣のコントロールは常に必要だ。そのため、闇の魔力を有する存在というのは、光の魔力を有する者より多く存在する」


 え。ということは、私、ラウル、リュカ先生、マリア様は全員神様の魂に似ている、ということなの?


「ああ、そうだ。まあ、この事実を知る者は、人間では我以外にいないだろうがな」

「ラウルは、なぜその事実を知っているのですか」

「この城を守っていた、初代の魔力保持者を知る魔獣から聞いたのだ。魔王になる者は闇の魔力が発動されると同時に魔獣や魔王城に引き寄せられる様に出来ている。我も引き寄せられ、この城に辿り着いた時に知ったのだ。この世界の事実も、我の役目も」

「えっと……でも、今は魔王としてラウルが存在するのに、リュカ先生や私が闇の魔力を保持しているのは何故でしょうか?」

「ああ、リュカ・エスタやお前の存在か。魔獣をコントロールする存在が一人の場合だと私利私欲で魔獣を操作し、他の生き物に弊害が生じる場合がある。そのため、闇の魔力を有する存在というのは相互監視をする目的でその時代毎に数名誕生するのだ」

「では、リュカ先生や私は、ラウルを監視する目的で存在するのですか?」

「リュカ・エスタに関して言えばその通りだ。しかし、お前の場合は違う」

「え?」

「通常、闇の魔力は保有者同士が結託して魔獣を操作しないよう力が反発するように出来ている。そのため、リュカ・エスタは我に対抗する力はあっても、我のように魔獣を操作することは出来ない。対してお前の魔力は我と似通ったものだ」

「それは、どうして……」

「ここ数年、魔獣達の増殖が加速しており、我の力だけでは制御し切れなくなってきている。そこでお前の存在が必要になる。お前の力は我の力を補うためにある」


 う、うそ……。私が、ラウルを補佐するための存在ですって!?


「嘘などではない。我の魔力を増幅させることが出来るのが何よりの証拠だろう」

「で、では、ラウルがコントロール出来る程度まで魔獣が減らないと、私は帰れないということですか?」

「まぁ、そういうことだな」


 そんな!!

 じゃあ、マリア様が『浄化』の魔法を発動させない限り、私は帰れないってこと!?

 いつ発動するか分からない力をただここで待っているだけなんて、そんなの嫌!! 今すぐ帰してよ!!


「先ほどから、帰せ、帰せと煩い女だな。光の魔力が発動されるか、この世界の秩序が覆りでもしない限り、お前はここから出られないのだ。諦めよ」


 諦めよ……だと……?

 私の都合などお構いなしに結論付けるラウルに、プツンと何かが切れた。

 私はツカツカとラウルの前まで歩み寄るとグイッと胸倉を掴んだ。


「ちょっと貴方! 勝手にこんな場所に連れて来られて、訳のわからない話を聞かされた挙句に帰れないなんて、はいそうですかと納得出来る訳ないでしょ!? いいからさっさと元居た場所に帰しなさいっ!!」

「ほう。お前、我に向かって随分な態度だな」

「お前じゃないわ! 私の名前はイザベル・フォン・アルノーよっ!!」


 ……はっ! し、しまった! 

 ついカッとなって色々と口走ってしまった!

 怒りに任せてイザベルの性格が強く出てしまった私は、はっと口を塞ぐも、時既に遅し。

 ラウルはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると大きな手でグイッと私の両頬を掴んだ。


「んぶっ!」

「その威勢の良さ、気に入った」

「んぶふっ!!」

「我は抵抗する者程服従させたくなる性分でな。イザベル、お前を我の虜にさせてみせよう」


 ラウルは顔の潰れた私の顔を見ながらふっと鼻で笑った。


「公爵令嬢もこうやって潰れた顔をすると、そこら辺の小娘と大して変わらんな」


 私はラウルの手を引っ剥がすと、キッと睨み付けた。


「ぶっ、はぁ! 淑女の顔になんて事をっ!」

「お前みたいなじゃじゃ馬が淑女だと? はっ、笑わせる」

「じゃ、じゃじゃ馬ですって!? 失礼な!」

「お前みたいな女をじゃじゃ馬と表現して何が悪い。それより、話は終わったことだし、さっさと思考遮断の魔術を教えるぞ。一度しか教えんから死ぬ気で覚えろ」


 はぁ!? 初めて習うのに、たったの一度だけで覚えろですって!?

 そんなの無理よ!


「初めから出来ぬと思っていたら覚えられんぞ。我もイザベルの思考が煩くて敵わんから、一発でマスターせよ」


 ラウルはスッとその場に立ち上がるとその場で魔術を教え始めた。


「イザベルはただでさえ脆弱な魔力なのだ、まずは魔力の流れに集中しろ。目を閉じ、鼓動を意識していれば己の中に眠る熱を感じるはずだ。その熱がお前の持つ魔力だ」


 その教え方……! リュカ先生も同じ事を言っていたわ。


「リュカ・エスタも闇の魔力の保持者ゆえ、発動方も似通っているのだろうな。あの男も思考遮断の魔術くらい教えてやれば良かろうに、全く面倒事を増やしおって。さ、話を戻すぞ」

「は、はい」

「熱を感じたら、それを己の身体に纏う様なイメージを持て。そして、己の意識を外部と遮断するように、熱の層を作るのだ」


 熱……これね。これを全身に広げて、外から守るようなイメージ……


「ほう、初めてにしては筋が良い。だが、層がまだ薄い、もうニ、三重に纏うイメージを持て」


 え、もう熱を出し切ってしまったのだけど。


「意識をすればまだ奥に熱があるだろう。それを引っ張り出して纏え」


 熱、熱……あ、これか。これを、更に纏う……。


「それで完成だ。我が言ったとおり、出来ただろう?」

「は、はい」


 凄い、たった一度教えて貰っただけで……


「この部屋程度の距離にいると、お前の思考が勝手に入ってくる。我に思考を読まれたく無ければ、この距離に我がいる時は思考遮断の魔術を使え」

「はい」

「よし、よく出来たな」


 ラウルはふっと柔らかい笑みを浮かべると、冷たくて大きい手でそっと私の頭を撫でた。

 ちょっ! 私は子供じゃないのに!!


「思考が読めずとも、イザベルはすぐ顔に出るから分かりやすいな。では、我は一旦自室に戻る。食事の用意が出来たら呼ぶから、お前も自室に戻れ」


 くっ、いちいち癪に障る奴ね!

 私はラウルをキッと睨み付けたが、ラウルはそんな事などお構いなしにさっさと部屋を出て行ってしまった。

 すると入れ違うように先程の侍女が入ってきて私に向かって話しかけた。


「イザベル様、食事の支度が終わるまで自室で待機するよう指示が出ております。お部屋で温かいお茶を用意致しますので、まずは私と共に参りましょう」

「は、はい」


 私は席を立ち、侍女の後について行くことにした。

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