第2話 魔女の呪い


 私が母の胎内にいた頃、大きな戦がおきた。


 遥か北の地にある大帝国、ガルシア帝国に端を発した大戦は、ここ、ロージェ王国にも混乱を及ぼし、隣国から攻め入られていた。


 戦況は思わしくなく、戦場は国内に移されようとしていた。


 多くの国民が戦禍に巻き込まれた。


 日に日に被害が拡大して行く中、国の救世主となるかもしれない一人の魔女が城に連れてこられていた。


 彼女の名前は、ベランジェール。


 成人して間もない女性で、平民だった。


 ベランジェールは、国の為に戦場に行く見返りに、結婚したばかりの夫の病を治す薬を要求した。


 それは当時、王家しか所有していない貴重なものだった。


 国王である父は、ベランジェールとの約束を必ず果たすから成果を上げてこいと、戦場へ追い立てた。


 ベランジェールの力は絶大で、ほんの短期間のうちに戦況を覆し、そしてロージェ王国に勝利をもたらしていた。


 だが、帰還した彼女を出迎える家族は誰もいなかった。


 王は、彼女との約束を守らなかったのだ。


 彼女の夫に薬を与えず、そのまま見殺しにしていた。


 彼女の家族は、夫以外はいなかった。


 すでに埋葬が済まされ、夫の亡骸にすら会えなかったベランジェールの絶望は、計り知れない。


 王に、魔女である彼女は言った。



『私を裏切った王と国に、最大限の祝福を贈ってやる。この国に未来はない。呪いに呑まれ、朽ち果てるといい』



 母の胎内にいた私は、その呪いの祝福とともに誕生した。


 王女であり、王子でもあるこの体で生まれてきた。


 これが、呪いを受けることになった顛末だ。


 呪いを発動させたベランジェールは、舌を噛み切ってこの城で命を落とした。


 呪いを解ける者はいない。


 国全体に影響を及ぼす呪い。


 王家の傍系となる一族は、短期間のうちにことごとく不審な死を遂げている。


 ベランジェールの呪い自体は、国の領土を覆うほどではない。


 後継者に呪いをかけることにより、この国を混乱に落とすことが目的だったのだろうとの見解だ。


 だが、王家の血筋はもう、私と父しか残っていない。


 後継を作ることができない、役立たずでは、王家の血筋が絶えたのと同義だ。


 未だ、城外に私の誕生を知る者はいない。


 伏せられた私の存在と、呪い。


 父は、己の責任を追及される事を恐れているのだ。


 事が露見して、いつ、父もろとも私も始末されるか分からない。


 せいぜい愚鈍なフリをして、わがままに振る舞い、隙を見せ、己を鍛えていざとなったら逃げる以外の道はないと考えていたけど……


 王子にも、王女にも、王にも、女王にもなれない、私の存在は、いったい何なんだろうか。


 少なくとも、この城に居場所はない。


 早々に国を出ることも考えたが、王妃の座にいる母を置いてはいけない。


 私が今まで生きてこられたのは、少なからず母が守ってくれたからだ。


 たとえ私から目を逸らし続ける母でも、今はまだ捨てることはできないでいた。







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