第25話 身内の女装コスプレを見てしまったかのような心境



 帝都の一角、密室酒場では前世の兄妹が奇跡の再会を果たし、兄は喜び妹は頭を抱えていました。



「そんなによろこぶな、妹よ」



 ふふふと笑いながらアンジェリークは言いました。前世では歳の離れた妹を可愛がっていたアンジェリークはまさかの再会を口調が前世に戻るほどに喜んでいたのです。そんなアンジェリークにミコトは恨むような視線を向けます。



「喜んでない!」


「何故だ?」


「何故だもなにもなんでアンジェリークなんだよ!!」



 プリプリと怒るミコトにアンジェリークは困惑します。よく怒る妹だったのは事実ですが、ここまで理不尽に怒るような性格ではありませんでした。



「なんだよ。性別がそんなに不満か? 俺が選んだわけじゃねえぞ」


「それもそうだけど! なんでよりにもよってアンジェリーク! 私の推しなんだよ!」



 ミコトは湧いて出てくる感情のままにテーブルをドンと叩きます。



「推しの中身がクソ兄貴になった私の気持ちがわかるかぁあああああ!!」


「いや、全く」


「だろうなクソッタレが!!」



 大きく叫んだ後、深く溜息をついてぐってりとテーブルに伏せました。前世と変わらぬ妹の激しさにアンジェリークはほっこりしました。これが行き場のない感情の落ち着かせ方なのです。



「推しっていうのは人に薦めたいキャラってことでいいんだよな?」


「……大体そんな感じ。転生する直前では一番の推しだったの」


「敵役なんだろう? 勧めたくなるようなキャラとは思えないんだが。悪役令嬢だなんて役柄だしな」



 ミコトは体をのっそりと起こすとメニュー表をパラパラと捲ります。



「シナリオの役割的にはそうだけど、実際悪役とはほど遠いからね。兄ちゃんの奢り?」


「奢りで良いぞ、酒はダメだが。わからんからシナリオを教えてくれ」


「呑まないよ、呑んだことないし呑むつもりもない。この手のことに興味持つなんて珍しいね」


「当たり前だろ、自分の事だぞ。ほれ、注文票」



 呆れたように言ったアンジェリークにミコトはそれもそうだと苦笑いで納得します。不思議な事に見た目がアンジェリークにも関わらず一度兄だと認識したら兄にしか見えなくなっていたのです。



「えーっと……書いたら注文票はこの引き出しか。基本的にどの乙女ゲーでも悪役令嬢っていうのは主人公への嫌がらせをするわけよ。『星流』のシナリオとしては皇子と主人公が仲良くなってるからそれに嫉妬して、という感じかな」


「……婚約者がいるのに別の女に手を出す、婚約者がいる相手に色目を使う、揃ってろくでもないな」


「それな」



 アンジェリークの正論パンチにミコトは頷きを返しました。



「でもね、アンジェリークが主人公に対してキツく当たるように見える描写があるんだけど、言ってることを要約すると身分差を考えろとか皇族に対して礼儀を払えだとか婚約者がいる相手に色目を使うなとか、かなりまともなわけよ」


「目の前で婚約者に色目使われてたら普通は当たりがキツくなるんだろうな」


「そりゃそうよ。私だったらぶん殴ってるわ」


「そんなこと言ってるから揉めるんだぞ」



 元々気の強い性格と強面過ぎる兄がいるせいか引くことを知らないミコトはたまに揉め事を起こしていました。ミコトの方が筋が通っていることばかりだったので問題解決には兄も協力はしました。基本的に兄が出て行くだけで有利な話し合いになるので楽でしたが。



「そんなろくでもないシナリオのゲームとかつまらなそうだな」


「それがね、基本的に主人公の一人称視点で価値観が何故か現代人だから感情移入しやすくて、プレイ中は凄いまともに見えるのよ。私も考察スレ見てそれに気付いたぐらいだし。おかげでポリコレ主人公なんて言われてた」


「ポリコレ?」


「知らないの?」


「いや……なんとなく分かる気がするが……」



 前世のエンタメ界隈に興味のなかったアンジェリークですが、妹がどっぷりハマっていたために多少なりとも知識はありました。頭を絞って記憶を掘り起こします。



「確か、差別がなんたらかんたらって……」


「あらゆる表現を民族や文化等で差別のない物に置き換える運動……ってところかな。概念自体は結構古いらしくて、スチュワーデスをキャビンアテンダントに言い換えたり、看護婦を看護師って言い換えたりしたでしょ? あんな感じの運動がポリコレ、の原型かな。『星流』が発売されてた頃はかなり先鋭化されて酷いことになってたけど」


「え~っと、確かポリティカル・コネクトレス……訳すと政治的正しさ、か? 確かに先鋭化しそうな名前だな」



 アンジェリークは鼻で笑いました。正しさや正義を主張する団体や思想が先鋭化するのは歴史の常です。正義であるがゆえに、現実的に妥協するのは堕落だと感じてしまうからです。



「で、その結果アメリカだと表現物に必ず同性愛者を出して黒人白人も出るようになったんだけど……『星流』は世界的な漫画ブームに乗っかって海外も狙っていたらしくてポリコレ精神が所々発揮されてるんだよ。日本メインだから主人公はアジア系、攻略キャラで皇子が黒人系、ライバルキャラが白人って感じで」


「……一応、私は皇族と血が近いのに人種が見るからに違うのはポリコレが原因だと?」


「……ゲーム的にはそうとしか言えない」



 アンジェリークの疑問にミコトは言葉を濁しました。日本のゲームなのでキャラは当然デフォルメされているため顔の作りなど分かりようがありません。皇子なんかは特徴を出すために目の色があからさまに黒人ではありませんし。



「ポリコレはもういい。それよりも内容だ」


「ストーリーはちょくちょく出るポリコレが鼻につくのを除けば王道で面白いし、SRPG部分もかなり良くできててコアゲーマーから恋愛要素を抜けといわれてた」


「ちげーよ。具体的なストーリーだ」


「そうカリカリしないでよ。今すぐ何かが起こるわけじゃないんだから。リラックスリラックス、落ち着けっていつも言ってたじゃん」



 ミコトは口をへの字に曲げて言いました。色々思うことはありますが、ミコトは久しぶりの兄との会話を楽しんでいました。なにせ、ある意味親よりも頼りになった兄です。異世界に転生し、兄に再会してその大きさを改めて認識したのです。だから利を求めるような会話ではなく兄妹らしい会話をしたいのです。


 アンジェリークは深呼吸をして心を落ち着け、思いのほか苛立っていたことに気付きました。ミコトの話はまるでアンジェリークとして生きてきた人生を否定しているように感じたのです。妹に限ってそんな意図を持って話をするはずがありません。


 冷静なつもりが混乱している、自身の精神状況を改めて把握したアンジェリークは気分を変えるためにメニュー表を手に取ります。



「兄ちゃんが好きそうなのも注文しといたよ」


「前世と今世じゃ好みが違う部分もある」


「あ~、体が全く違うしね」


「お前はどうだか知らんが、俺が前世を思い出したのは十三の頃だ。それまでの積み重ねがあるんだよ」


「……私、生まれた直後から記憶があったから兄ちゃんもそうなのかと思ってた。気付かずにゴメンね」



 ミコトはシュンとして謝りました。妙にカリカリしていた理由に気付いたのでしょう。相変わらず変なところで察しが良いなとアンジェリークは苦笑いをします。



「気がつけという方が無理だろ。気にするな。ストーリーが気になる理由もよく分かっただろ?」


「うん……まあでも、今すぐ何かが起きることはないよ。そもそも主人公が魔法学園に入学するのがゲームのスタートだし、卒業直前までは普通に学園生活送るだけだから」


「直前に何かあると」


「魔王が復活するの」


「……なんだって?」


「魔王が復活する」



 アンジェリークは大きく息を吐きながら天井を見上げ、再度ミコトに視線を戻します。



「なんだって?」


「魔王が復活する」


「まるで意味が分からんぞ……魔王ってなんだよ……」



 魔王、という言葉の意味は分かりますが、この世で復活する魔王という物が意味不明でした。古代文明を魔法の言い訳に使っているので古代のことは調べてはいますが、魔王などと言う記述は一切出てきてないのです。



「うん……ゲームだとそういうもので納得したけど、確かに魔王って意味わかんないよね。町をいくつか回ったけど、魔王なんてお伽噺でも聞いたことないし」


「よくそれで面白いなんて評価になったな……」


「魔王、というよりも魔王軍自体は日曜朝に出てきそうな分かりやすい敵で、主人公達が各地を巡って問題を解決し仲間を集めて国を纏め上げって部分がメインで、それが良くできてたんだよ。乙女ゲーだから誰も期待してなかったゲームがガチだったのも評価が上がった理由だね」


「ゲームは知らんがストーリーは王道だな……その話を聞く限り、復活する理由も状況も分からずタイミングや何が起きるかだけ分かってるんだな?」


「その辺りの設定がゲームに出てこなかったからね……一応全ルート見たはずだけど。魔王復活は本当に唐突で、いきなり帝都が落ちたって報告が入って、それが理由で旅に出るぐらいだし」


「帝都が落ちる……現実感がなさ過ぎるな」



 騎士団の中の人なだけにアンジェリークはハッキリと言いました。



「帝都は物流を中心に考えて作られた都市だから立地は防衛は向いていないが、その分騎士団がいるから簡単には落ちないぞ。ゲームの通りに進むとは限らんぞ」


「ゲームで説明されてた過去の因縁も調べられる限りはゲームそのまんまだったし、私や兄ちゃんみたいに転生者でもない限りゲーム通りに行動すると考えるべきでしょ」


「……わかった。とりあえず今後のことだな」


「そうだね……そういえばなんで兄ちゃんは帝都にいるの? 私は家の手伝いで来たんだけど」


「帝国騎士団に入団したからだ」



 ミコトは頭を抱えました。



「……シナリオがどうなるのか一気に分からなくなったんだけど」


「ん~、まあ魔法学園には行くからいいだろう。正直、行く気はなかったがお前が行くんなら行かねばな」



 前世では歳が離れていたため一緒の学校に通うことはありませんでした。一度ぐらい一緒に登校したいとずっと思っていたのです。



「それなら修正が効くかな……いや、私もすでに原作外の行動取ってるから今更か」


「ああ……冊子製本はお前か」


「紙を作るのと量産体制の確立には苦労したよ……趣味がこんなところで活きるとはね」



 一つのことにのめり込む血筋らしく、兄が剣術にのめり込んだように妹は小学校の自由研究を切っ掛けに紙作りにのめり込みました。最初はオリジナルの年賀状を作って送る程度でしたが、高校の時には自分で作った和紙で和紙研究の同人誌を作って即売会で売っていたほどです。



「羊皮紙と利権が被りそうだけど大丈夫なのか?」


「しっかり根回しして大量生産の安い和紙、契約で使う羊皮紙って感じで差別化をして反発を抑えたからガッポガッポよ。低価格で浸透させて利権を拡大してから高品質な紙を流通させて全てを奪い取ってやる」



 悪い顔でミコトは言い、これは嫌味でも言われたなとアンジェリークは思いました。前世から反骨精神極まりない性格をしていたので容易に想像ができます。


 部屋の戸がノックされ、注文した料理を持った店員が現れました。ミコトは一瞬で澄まし顔へと変貌しました。料理を運び終えた店員が部屋を出ると舌打ちをしそうなほど顔を顰めました。店員に腹を立てているのではなく嫌味を言われたことを思い出したのが原因でしょう。執念深い性格も変わっていないようです。


 アンジェリークは溜息をつきました。このまま管を巻かれても面倒だからミコトにとって望ましい提案をすることにします。



「紙についてはお父様に話をしておこう。安い本が流通するのは将来的に家にとっても良いことだからな」



 ミコトは目をキラリと光らせ、すぐに表情を曇らせました。



「……お父様って言葉にスゲえ違和感があるんだけど」


「そうは言われてもお父様はお父様だからな。あと連絡手段が欲しいな」


「連絡手段と言っても……携帯どころか電話すらないし、手紙ぐらいしか無理でしょ」


「と、思うだろう? さあ来い!」



 そういって手を二度叩くと、テーブルの上に頭を抱えたたかしが現れました。人前に姿を現すときの合図をあらかじめ決めていたのです。



「……君らの言っていることは本当の話かい?」


「……妖精?」



 顰めっ面のたかしと目を丸くするミコトが対照的でした。



「ゲームにいなかった?」


「……ゲームにはいなかったね。ただ、ホームページで解説役として使われてたけど」


「人をゲームの登場キャラ扱いするのはやめて欲しいなぁ」


「あ、そんなつもりはないんだけど……ゲームは分かるの?」


「古代文明の玩具に似たようなのがあったからね。意味合いは大体理解出来るよ」


「古代文明?」



 不思議そうに首を傾げるミコトにアンジェリークとたかしは顔を見合わせました。



「……古代文明の伝説は一応知ってるけど、ゲームじゃ出てこなかったから存在しないと思ってた」


「ゲームと現実に食い違いがあるのか」



 古代文明なんていうネタがあればゲームでも出してくるでしょう。出していないのであればゲームには存在しないと見るべきです。



「……この世界の人間も向こうに転生していて、それをゲームのネタにしたのかな」


「どうしたって憶測にしかならん。それよりも今後の話だ。連絡とお前の身の守りの為にたかしをお前につけたいんだが、問題ないな?」


「僕は契約的にも問題ないよ」



 ミコトは訝しげにたかしを見つめていました。



「……たかし?」


「アンジェが付けた僕の名前だよ」


「適当が過ぎるわ! 妖精にたかしはない!」



 ミコトは机をドンと叩きました。



「名付けるときはもうちょっと真剣に名付けろって父さん母さんからも言われてたでしょ!」


「たかしはまともだろう?」


「妖精にたかしはまともじゃねえ! 犬に『ゲルマン』猫に『上昇気流』って名付けてた時と何も変わってねえんだよ!」


「……特に気にしてなかったけど『たかし』ってどういう意味なの?」


「いや、普通に人の名前だけど?」


「人の名前だけど妖精に付ける名前じゃないでしょうが」



 ミコトは大きく溜息をつき、食事を口に含みました。もぐもぐと噛んでいるうちに心が落ち着いてきました。



「……たかし君が来るのは私にとっても問題はないよ。姿を消せるみたいだしね。でも、兄ちゃんは大丈夫なの?」


「深い森にでも行かん限り大丈夫だ。お前の方が大事だしな」


「いや、平民と公爵令嬢なら公爵令嬢の方が大事でしょ」


「関係ない。例え姿が変わり生まれも変わろうがお前は俺の妹だ。なら、兄として守るだけだ」



 ミコトは不機嫌そうに口をへの字に曲げようとして、失敗しました。前世でも色々と常識外れで腹立たしいことの多い兄でしたが、絶対に自分の味方になってくれる頼もしい兄のことは、素直には認められませんが好きだったのです。



「全ては魔法学園に入学してからか」


「それまで調べられることは調べておくよ。できるだけ良い未来にしたいからね」


「俺にできることがあればたかしに言って伝えるようにな」



 今後の方針が決まり、二人は異世界で開いた距離を縮めるように食事を始めました。

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