第12話 マラソンマン

 青空が広がる朝。

 天音は学校の玄関で靴を履き替えていた。


「おはよーっす」


 あとから来た邪馬斗と幹弥が、天音に声を掛けてきた。


「おはよー」

「もう少しで校内マラソンの時期ですな~」


 幹弥が言った。


「あー。もうそんな時期かー」


 天音は驚いて言った。

 そこに咲がやってきた。


「おはよ。ダルいよねー、マラソン大会」

「おはよー、咲。やだねー、マラソン」


 マラソンが嫌いな天音は、咲と一緒に肩を落とした。


「俺は別にダルくねーけどな! 授業潰れるし良いじゃん!」


 幹弥は張り切って言った。


「俺も別に苦じゃねーし」


 邪馬斗も幹弥に続いて言った。


「男子達は呑気でいいよねー。しかもうちのクラスの男子は運動神経抜群な奴らが多いし」


 咲が口を尖らせながら言った。

 天音たちのクラスの男子は運動が得意な者ばかり。

 とくに運動部に所属している生徒は、地区大会はもちろん、県大会や全国大会にも出場できるほどの実力者が多い。


「私、長距離を走るの苦手。嫌だな……」


 天音はため息まじりに言った。


「キーンコーンカーンコーン……」

「やべ! チャイム鳴ったよ! 早く教室に行こうぜ、邪馬斗!」

「そうだな」


 チャイムが聞こえると、幹弥は邪馬斗に声を掛け、二人は教室に走って行った。


「私達も急ごう、咲」

「そうだね」


 天音と咲も、急いで教室に向かった。

 席に着くと同時に、猿田先生が教室に入ってきた。


「は~い、みんな席についてね~。おはよ~。朝のホームルーム始めま~す」


 いつも通りの気の抜けた挨拶し、ホームルームを始める猿田先生。


「いよいよ一週間後に、毎年恒例の校内マラソン大会がやってきまーす。みんな、当日まで怪我をせずに元気に過ごして、大会に参加して下さいねー。あと、当日は運動着を忘れずに持ってきてねー」


 猿田先生が校内マラソン大会の説明をしていた。

 窓際の席の天音は、ダルそうに聴きながら外の景色を眺めていた。

 雲ひとつ無い、綺麗な青空。吸い込まれそうなくらいの青い空。

 ふと下に視線を向ける。

 ぼーと校庭を見ていると、男性が校庭のトラックを走っているのが目に入った。


「ん?」


 天音は思わず声に出す。

 マラソン選手が身につけているようなユニフォームを着ている、明らかに場違いな男性がトラックを走っていたのだ。

 見るからに、男性は霊であると確信する。


「じゃー、そういうことで当日はみんな頑張ってねー。これで朝のホームルーム終わりまーす。日直さん、号令お願いしまーす」

「起立、礼、着席」


 天音は日直の号令に我に返り、慌てて起立しお辞儀をする。

 ホームルーム後、天音は邪馬斗を呼び出した。


「邪馬斗! ちょっと私の席まで来て!」

「何だよ、急に……」


 邪馬斗は天音に腕を引っ張られながら、天音の席に案内された。


「邪馬斗、校庭見てみ!」

「は? 校庭?」


 邪馬斗は天音に言われるまま校庭に目を送った。

 見るやいなや、邪馬斗はすぐに男性の霊が校庭で走っているのに気づいた。


「何だ? あの人……。ずっとトラック走ってるな」

「ホームルーム中、ずっと走ってるのよ! エンドレスに! あれ絶対に……」

「確定だな……。授業中に抜けることは出来ないから、放課後、校庭に行ってみようぜ」

「そうだね。一応、部活休むことにするよ」

「俺も部活休むわ」


 放課後に男性の霊に会うことにしたが、授業中も男性の霊が気になり、天音は頻繁に校庭を眺めていた。

 その間も、男性の霊はずっと休むことなく校庭のトラックを走っていた。

 なんとも言えない、爽やかな笑顔を浮かべて。

 そして放課後、邪馬斗が声をかけてくる。


「天音、行こうか。まだ居るかな?」

「うん。授業中、気になって見てたけど、男の人、ずっと走っているんだよねー」


 天音は、校庭に目をやりながら言う。


「あ、ほんとだ。とりあえず、行ってみよう」

「そうだね」


 天音と邪馬斗は校庭に向かうと、男性の霊は元気良く、そして清々しく走っていた。

 男性の霊に近づいて見てみると、三十代くらいの見た目で、タンクトップに短パンという、マラソンのユニフォーム姿。


「あのー! すみませーん!」


 天音が男性の霊に声を掛けた。

 すると、男性の霊に声が届いたようで、きれいなフォームで方向を変えて走ってきた。


「おー! 君達! 俺のことが見えるんだね! こーんにーちわー!」


 男性の霊は両手を広げ、元気良く挨拶をしてきた。


「あ、こっこんにちは……」


 あまりの元気の良さに圧倒されて、天音はぎこちない挨拶を返した。


「こんにちわ。えーっと、何をされているんすか?」


 邪馬斗が男性の霊に聞いた。


「なんか、この学校でマラソン大会があるようでね。校舎に貼っていたチラシを見て知ったんだけどさー。それに出たいなーって思って練習していたんだよ!」

「そうなんですか……」


 あまりの熱量に、天音は言葉もない。


「いやー、誰も俺のこと見える人が居なくて……。でも、君達に声を掛けてもらえてとても嬉しいよ! 君達も出るんだろ? マラソン大会!」

「はい。校内のマラソン大会は全校生徒対象なので」

「んじゃー、ライバルだな! 共に頑張ろー! ん? そこの彼女! 何かノリ気じゃないよーだな!」


 テンションが低い天音に、男性の霊は不思議そうな顔をする。


「私……マラソン苦手で……」

「そうなのかい!? うーん……マラソンは楽しいのにな。よし! それなら、一緒に特訓しないかい!? みんなで練習した方が楽しいしな!」

「えぇ~……」


 天音は心の底から嫌そうに言った。


「そうですね、お願いしても良いですか?」


 邪馬斗は男性の霊に同調する。


「えー! 邪馬斗、本気なの?」

「おう。なんか、この人、マラソンに慣れていそうな人に見えるし、コツ教えてもらったほうが当日楽に走れそうじゃね?」

「まあ確かに、マラソン選手っぽいユニフォーム着てるけどさあ……」


 天音が横目で男性の霊を見た。


「マラソン選手っぽいって……。俺、生きていた時は、本当にマラソン選手だったんだよ」


 男性の霊が笑いながら言った。


「そうだったんですか」


 邪馬斗が言った。


「そうだよ。全国大会にも出てたんだよ。メダルも取ったことあるし! そうそう! 俺の名前教えていなかったね。俺、飛翔の翔と書いて、かけるっていうんだ。よろしくな!」


 翔は笑顔で言った。


「俺は邪馬斗と言います。小さい頃の友達と同じ漢字ですね」

「私は天音です。よろしくお願いします、翔さん」

「よろしく! 邪馬斗君に天音ちゃん! あ、明日は土曜日で学校休みだよね? 早速明日から練習でもどうだい?」

「分かりました!」

「明日から……マジですか……」


 即答した邪馬斗に対して、ダルそうに天音は言った。


「完走できるように頑張るぞ! おー!」

「おー!」

「……おー」


 気合を入れて拳を上に掲げて、大声を上げる翔と邪馬斗。

 それとは対照的に、気が乗らず小さく拳を上げる天音。

 こうして、マラソン大会へ向けての特訓の日々が始まる。

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