Song.26 Practice
弾くのは、フリーテーマとして作った曲。
イントロは静かに、軽く、リズムよく。低音は控えめに。そこに加わる大輝の声は落ち着いたもの。
Aメロに入ってやっと、低音も響きはじめる。
俺と鋼太郎でリズムを作りつつ、瑞樹のギターが全体を弾ませ、悠真のキーボードがみんなを引っ張る。
静かな唄い出しから一変、曲が進むにつれてどんどん力強く唄う必要がある。それこそ感情をこめなければ、中身のないものになってしまう。
もちろん、事前にどんな気持ちでこの曲を作ったのかはみんなに伝えてある。
全部一人で背負って、落ち込んで。現実を否定して。自分を否定して。
生きることも辛くなったとしても、生きていかねばならない。
争って、苦しんで、戦って。そうしてできた傷が、今を作る。
傷を癒やすには時間がかかるけど、癒やす間はひとりじゃないから、一緒に傷ついた仲間がいるから寂しくないのだ。その仲間と共にまた歩き出す。
そんな思いがこもっている。
俺が作るものは、俺の経験から生まれている。だから、この解釈を伝えたとき、大輝は真剣な顔をしていた。
サビに入ったとき、放置していた双子を見た。
相変わらず扉の前から動いていないけれど、顔を上げてまっすぐに俺たちを見ていた。
この近距離で見せる曲が、二人に届かなければ、俺は曲を作り変えるつもりだった。それこそ、ゼロから。
だけど、それはしなくていいらしい。
唇を噛みしめて、強い拳を作っている。
どうやら、二人に伝わったようだ。
消えていくように曲が終わると、二人は手を叩いた。
「ありがとうございました!」
「久瀬しょー?」
汗ばんだ大輝が、再び頭を下げた久瀬に首をかしげる。
今度は長く謝罪するのではない。すぐに顔を上げて、目を輝かせて言う。
「俺ら、みなさんみたいになりたいです!」
「私も。部活の紹介の時に聞いたものと全く正反対の曲なのに。先輩たちのイメージからはずいぶん離れているのに。それなのに、こんなに刺さるものだとは……」
双子は興奮した様子で語る。
それを見て、大輝は安心したかのように笑った。
「俺ら、練習します。謹慎が開けたときに、また謝罪はさせてください。それが俺らのけじめでもあるんで」
「そ」
失礼します、とバタバタ走って二人は物理室を飛び出して行った。
小早川から少ししか話を聞いてないが、あの二人の意欲が低下していたのも小早川暴走の要因でもあると思う。だけど、練習すると言っていたから、その点においてはもう問題ないはず。
「君だけで納得しないでくれる?」
「うっ……わーった、わーった。言うからその目はやめろ」
悠真の目に堪えられず、俺は小早川との出来事を包み隠さず話した。その原因であろう藤堂のことも軽く話した。
とはいっても、藤堂にアドバイスをしていた程度に。
「まあ、後輩を手助けするのは構わないけれど、それで怪我するって……」
呆れたようにため息を吐かれた。俺だってまさか殴られるとは思ってねぇよ。音楽やっていて殴られたのは初だ。
「言っとくけど、俺が先に手を出したんじゃないからな。小早川が先だし。あと、俺は別にあいつらを嫌ってるわけでも怒っているわけでもねぇし」
「ボコられたのに?」
「ボコられたのに、だ」
「どうして?」
大輝の追及が始まった。
いつもはふざけた調子のこいつだが、時折真面目になる。雰囲気ががらりと変わるものだから、ビビるし焦る。
大輝的には普通に聞いているだけなんだけど、まっすぐな声にぽろっと言ってしまうのが常。
「あいつら全員音楽が好きなんだよ。それぞれ考えがあったけれど、話し合うことがなかった。だけど、今回やっと話し合えたみたいだし。これであいつらの音楽は化けるぞ」
「化ける?」
「ああ。藤堂は万人受けしそうな曲を無理やり作ってたんだよ。それでも充分いいものになっているけど、何か足りない。んで、自分の思うままに好きに曲を作ったんだ。びっくりするぐらいそれがいいものになってやがる」
「ほえー」
何がいい、ということまでは聞いてこない。聞いたところで理解できないと思っているからだろう。
「で? 君はそんな曲に勝てるの?」
「さあ。勝敗も必要かもしれないけど、俺はいい曲ができるなら、仲間でもライバルでも、そっちに全力を投入する」
「ははっ! さっすがキョウちゃんじゃん! キョウちゃんのそういうところ、いいよな!」
「そりゃ、どうも」
ゲラゲラ笑いだした大輝のおかげで、空気が軽くなった。
さっきまで怖かった悠真も笑い声を聞いて、納得したような顔をしていた。
「無茶して倒れるようなことはしないでよね」
「おう」
「わかったならよし。時間もないし、練習を再開しよう」
話は終わった。
俺が話したことでみんな気持ちを切り替えたようで、俺たちはまた楽器を手に取った。
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