鬼切り源次 ~もののけ平安絵巻
橘はつめ
第1話 帝都の夜 般若斬る
◆◆◆帝都の夜
こんな静かな新月の闇夜には“ヤツら”が
◇
帝都・平安京。
都の西、三条大路あたりは貴族の邸宅や朝廷の官府が建ち並ぶ場所である。
霧が立ち込める夜。
人気の無い夜更けの通りに貴族の乗る
時折、
牛車の側らには若武者が一人付き従う。その若武者は、遠目でもわかるほど背が高く威風堂々とした体格の男であった。
人気の無い
霧の立ち込めた通りは、三軒先が見えない程に視界が悪い。
ふと気づくと遠くで鳴いていた獣の声がいつの間にか聞こえない。
気づけば牛車の前方から、
一人は
こんな人気の無い夜更けに女と老人……
牛車を護る若武者は警戒しつつ、前から来る二人を通り過ぎようとする。
「もし……もし」
「
と女は立ち止まり、
「お願いがございます」
「
「夜道はとても恐ろしく……どうか私の屋敷までお送り頂けませぬか」
「御礼はいたします……私と今宵一夜を楽しみませぬか」
鈴の様な
無言で立ち止まる若武者の方へ女の細く白い指が差し出され、若武者の胸元に触れようと、ゆっくりと伸びた。
顔を近づける女の
「―――んっ!」
肌に危険を感じた若武者は、反射的に後ろに飛び
すかさず手に持つ
「ぎゃあああ」
突然、牛車を先導していた従者が地面に倒れ込む。
見ると、老人の手から血が
地面に倒れた従者は、大きく
老人が顔を上げ、若武者を見る。
その赤い瞳がギョロリと若武者を
「出たな! ”もののけ“!」
「覚悟せいっ!」
若武者は、手に持つ
「バキンッ」
薙ぎ払った薙刀の刃先が、勢い余って牛車の屋根に接触し砕け散る。
女は
牛車の屋根より高く飛び、
白い肌に切れ長の目……そして耳まで
若武者の背筋に
―――鬼? ……
―――古い
般若の鬼は、ヒラリと屋根に着地すると乱れた髪をゆっくりと
「キイッ」
突然、
若武者は体を
「ヒュン」
鋭利な刃が風を斬る音。
目の前に襲いかかる猿に似た老人は真っ二つに斬り別れ……地面に落ちた。
若武者は、振り下ろした薙刀の刃先をクルリと反転させると、屋根の上で
般若の鬼が目を
「ガシャン」
屋根の
若武者の振るう薙刀と般若の鬼の体が衝突する瞬間……般若の鬼が両腕を交差させ腕を左右に振り払う。
「ガンッ」
激しい衝撃で薙刀がへし折られ、若武者の体が地面に転がった。
「痛っ」
着物が裂け、中に着込んだ
目の前には切れ長の目で若武者を見下す般若の鬼。
右手を顔の前にゆっくりと持ち上げると、筋張った指に生えた鋭利な爪に付いた若武者の鮮血をゆっくりと
◆◆◆渡辺源次綱
平安京の警備をする
そんな
昨今、都で
事の重きをみた朝廷は、
源頼光は早速、配下の一人、頼光四天王の筆頭と称される、
嵯峨源氏の血統を漂わせる
捜査の結果、渡辺源次は三条大路の地が
◇
「源次よ。今回は正体不明の“もののけ”じゃ」
「気を付けて事にあたってくれ」
源頼光と渡辺綱が自宅の部屋で二人、酒を飲んでいた。
部屋には灯りが二つ、男所帯の簡素な部屋である。
「頼光殿」
「
源次は、並々に注がれた酒を一気に飲み干すと
そして、手元に置いていた黒鞘の
「この
源次は目を見開き、半抜き太刀を両手で持ち、頼光の前に
危険な任務に対して、その決心の固さに頼光は止めるすべが無かった。
◆◆◆般若の鬼
若武者・渡辺源次と般若の鬼は、正面で対峙していた。
「ふふふっ。中々生きが良いのう……」
「今宵……そなたを、我が屋敷に連れ帰ろうぞ」
般若の鬼は爪に付いた源次の鮮血を
源次は、へし折られた薙刀を投げ捨てると、引き裂かれた着物の
内に着込んだ
源次は、大きく深呼吸をし、糸の様に息を
腰を低く構えると腰の
般若の鬼がニヤリと笑う。
「腕一本ぐらい……よかろうか……」
般若の鬼が、前にゆっくりと進み出る。
源次は、間合いを取る為に後ろにさがる。
サッと地面を蹴ると
ジャリと地面を斬る音と共に小石が飛び散り土煙が舞う。
源次は大鉈をあしらいスルリと刃をかわしたが急いで後ろに飛び退る。
地面から大鉈を抜くと大きく振り被り、縦に横にと大鉈を振る。
刃をかわす源次だが、
足元にへし折られた薙刀が
「カンンッ」
般若の鬼は投げられた薙刀を大鉈で振り払う。
「りゃあああ」
源次は薙刀を投げると同時に跳躍し、般若の鬼の首めがけ太刀を薙いだ。
般若の鬼は一太刀をかわす……が、剣先が顔をかすめた。
肩が震えワナワナと腕が小刻みに震える。
「
「
「私の美しい顔に傷をつけるなどっ!」
肩が上下に大きく震え、怒りで牙を
「真っ二つにしてやるわっ」
目が吊り上がり、開いた口から白い牙と
源次はスルリとかわす。と同時に
源次の首を
「ぎゃああああ」
「おっおっ
般若の鬼は
髪を振り乱し、恐ろしい
「貴様っ。覚えておれっ」
吊り上がった目で源次を
源次の足元に斬り落とされた般若の鬼の
静かな闇夜に獣の遠吠えだけが辺りに響いた。
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