【ゴスリリ】妛原家のオムライス

作者の人がTwitterで募集した、

#リプ来たキャラの料理シーン書く

という企画で、「妛原軅飛」、つまり閠のお父さんでした。

タカトブさんと読みます。






 トルンペートが作ってくれるご飯がおいしいので、我らが《三輪百合トリ・リリオイ》の食事当番はかなり偏りがちなのだけれど、それでも時々は交代することがある。

 単純に役割分担としてそうなったときとか、なんとなくリリオが気が向いたときとか、トルンペートが良く知らない食材や調理法だけど他の二人は知っていたときとか、体調が悪い時とか、とは、そう、いまみたいに、二人が私しか知らない料理を食べたがった時とか。


「本当に、どこの料理なのよ?」

「私の国のだよ」

「だからそれがどこかっていうんだけど、まあ、いいわ」

「きっと妖精郷ですよ」

「妖精郷」

「あー」

「納得されてる」


 鉄製のフライパンは重いし、使いづらいし、テフロン加工のものが懐かしくなるが、それでもそれなりに振るってきたからか、最近では無様に焦げ付かせることも少なくなった。

 IH調理機どころか火力の調節が利くガス・コンロもないし、自由に水が使えるわけでもないし、何もかも勝手が違うけれど、何事も慣れだ。


 私は何も料理が得意な方ではない。

 経験回数で言えば、かなり少ない方だと思う。

 それでも、一度見たものは忘れず、それなりに手先も器用だった方で、普通よりはよほど恵まれているとは思う。

 家庭科の調理実習を除けば、誰かに料理というものを教わったことのない私でも、なんとか再現できているのだから、これは私の生来のセンスの良さだと胸を張ってもいいのではないかと思う。


 そして、記憶元である、真似した先である、相手が良かったということでもある。


 私は下ごしらえをした材料、調理用油、完成品を取り上げる皿、そう言ったものを適切な位置に並べていく。

 料理は化学だ。

 適切な手順で、適切な加工を加えることが大事だ。

 最終的な調理工程に至る以前に、どれだけ下準備を整えておけるか、それが料理の良し悪しに大きく関わってくる。


 それが、私が父から学んだことの一つだった。


 男手ひとつで私を育ててくれた父は、大抵のことは卒なくこなせる人間だった。

 この大抵のことというのは機械的手順によって解決できることという意味であり、空気を読むとか人間的情緒とかいったものに関してはこの私でさえ呆れるほどであったけれど。


 赤ん坊のころから、私の口にするものは基本的に父の手になるものだった。

 粉ミルクやレトルトの離乳食、外食などの利用もあったけれど、比率としてはやはり父の手作りのものが多かった。


 幼いころは疑問にも思わなかったけれど、クラスメイトなどといくらか話すうちに、男親というものはあまり料理をしないか得意ではない傾向にあるということを私は薄々察していった。

 勿論、料理や家事を積極的にこなし、むしろ得意だという男親もいるにはいたけれど、父のそれは何か違うような気がした。


 別に父は家事が好きなわけではなかった。

 そもそも何が好きだったのか今でもよくわからないけれど、趣味でやっているわけではなかった。

 私の養育という仕事の一環として行っている、それは業務だった。


 そのくせ、私の記憶にある限り、父の家事技術は結構なものであった。

 つまり、私が生まれた時からという意味だ。

 一人暮らしのうちに身についたものだろうか。しかし果たしてこのロボットもどきが自分のためだけにここまで細やかな家事をするだろうか、と失礼なことを考えたりもした。


 結局わからないのでなぜなのかと尋ねてみれば、父は笑いもせずに淡々とこう答えたのだった。


「暦さんは生活無能力者でしたので」


 父はどうして母と結婚したのかという疑問よりも先に、この男はどうして結婚できたのかと不審でならなかった。

 おそらく父は、母に対してさえこの剛速球ストレートボールを投球制限なしで投げ続けてきたのである。

 母が恐ろしく寛容だったのか、それとも母も強肩でキャッチボールならぬドッヂボールを繰り広げていたのか。

 それはいまはもうわからない。


 父は何の悪意もなく暴言を吐いた後も、何を気にした風もなく私の夕食を作り上げて見せた。

 涙ひとつ流さずに玉葱を微塵切りにし、鶏肉を刻み、私が苦手だったピーマンをこっそり細かく刻んだ。

 フライパンでケチャップを炒め、ほぐした冷や飯を加え、具材を投入し、味を調え、ボウルに取り上げる。

 卵を割りほぐし、少しの塩コショウとオレガノを加えて、バターを温めたフライパンに広げる。この時少しだけ卵液を残しておく。

 そこにチキンライスを形を整えて乗せ、フライパンをゆするようにして卵を巻き付けていく。一周したら、残しておいた卵液で端を留め、皿にそっとスライドさせる。


 少し小さめの私の分と、大分大きめの父の分、サイズが違うだけでまったく同じ工程を、機械のように二回繰り返した父は、満足そうな顔をするわけでもなく相変わらずの鉄面皮で、サラダを添え、スープを注ぎ、テーブルに並べた。


 食品サンプルのように完璧なそれを思い出しながら、私は記憶よりもいくらか歪なオムライスを三回、皿に盛りつけた。

 おお、と声を上げる食いしん坊二人に「待て」をして、私は手製のケチャップで仕上げする。


 黄色いオムライスに、真っ赤なハートマーク。

 それは多分、母から伝わり、機械的に父に続けさせた、妛原家のオムライスなのだった。

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