第9話 友達思い
否定してあげると「……はあ、怖かった〜」と言いながら木下さんとそのままその場に崩れ落ちてしまった。
遠目からも無理して演技してたのは見え見えだったので極度の緊張から緩んだか。
「あはは、ダメだ足の震えがまだ止まらないや……」
まるで生まれたての子鹿だな。とは言えこんな所でしゃがんでたら服が汚れる。
「私は怖かったよアイス……っ!」
なのにすぐ側から木下さんが抱きついて来たようだから立たせられそうに無い。
「うんうん怖かったよね。けどもう大丈夫だから泣かないで。ほらユウキの折角の綺麗なお顔が台無しになっちゃうじゃん」
そう苦笑しながらポンポンと木下さんの背中を叩いて落ち着かせる松本さん。
何だか物凄く姉妹のようだな。やがて木下さんも落ち着いれ来たので声をかけた。
「良かったら掴まれ。ここは汚いぞ」
「うん、ありがとう。ニッシーが来てくれたおかげで助かったよ」
泣き腫らした笑顔で精一杯の笑顔を作ろうとする木下さんだった。
手を握って引き上げるときに笑顔でそう言われたが申し訳なくなってきたな。
松本さんの後ろに居たのがこいつじゃなかったら無視してたかもしれんからな。
いや最初はもう完全にそのつもりであのまま立ち去ろうとしてた訳だし。
「2人が無事で良かったよ」
「アイスが守ってくれたおかげだよ。改めて庇ってくれてありがとうねっ」
「……う、うん。当然のことをしただけよ……」
さっきから呆然と俺と木下さんのやり取りを見てて不思議に思ったのか反応にあまりがキレがない。
けど彼女も内股で床に居座ってちゃ服が汚れる。
「松本さんも掴まれ、折角のワンピースが傷んでしまう」
すると松本さんは若干照れ臭そうにして上目遣いで両腕を伸ばしてきた。
「私まだ立てないからさ……その……おんぶ、して?」
「ニャハハ、ニッシーお願いだからアイスを立たせてあげて?」
俺がかよ。
「……うぅ……」
木下さんの提案でよけい赤面する松本さんが気恥ずかしさで目を逸らした。
うおマジか。これもこれで木下さんと違った可愛さがあるな。ルナ程じゃないが。
「……分かったよ。ほら、よいしょっと」
するとまだ足の震えが治らない松本さんは俺の胸元へと倒れてきて顔が赤くなった。
まだ真面に立てないせいで俺の首当たりに思い切り体重を掛けてしまってる自分が恥ずかしいんだろう。
俺も抱っこしてる関係上両手を彼女の脇下に置いてるが、いかんせんその弾力が結構ありそうな暫定Eカップのそれがモロに当たってしまってる。
「……ぁっ」
家でしょっちゅうルナのCカップに押し付けられたりもして耐性が出来てたつもりとはいえ、全くの他人のおっぱいだとそれはそれで落ち着かないものがあるな。
「……やっぱり離れようか?」
「っ……ううん、もう少しだけこのままで居させて」
「そうか」
「アイス顔真っ赤だね〜ニャハハ」
「う、うるさいってばユウキ」
木下さんが時々茶々を入れながら俺たちはそのまま抱き合ったまま過ごした。
冷静に状況を俯瞰してみればこれってラッキースケベハプニングでご褒美だな。
ルナのは背中に押し当てられたりするときにどこまでも柔らかいタイプだと感じられたに対して、松本さんのは弾力性が備わってるようなので新鮮な感覚だな。
やがて数分後に自力で立てるようになったようなのでパッと離れた。
ほぼ初対面の女性と密着しながら過ごす沈黙の時間は結構来るものがあったから、さっさと離れられて俺もようやく一息できた。
「……その、西亀。改めて私たちを助けてくれて、ありがとうね……」
お礼を言ってくれるのは結構だが先ずはその真っ赤な顔どうにかした方が良いと思うぞ。今にもそのトマトのような皮膚から火が飛び出そうな勢いだ。
「そうだね……ニッシーが助けに来てくれなかったら流石にヤバかったかも。だから改めてありがとね」
「そうだな……どういたしまして」
「ねえ……気になってたけど、ユウキって実は西亀と仲良かったの? さっきからニッシーって呼んでるけど」
流石に異性を気軽にあだ名呼びしてる様を見せられては勘ぐりたくもなるか。
「うんそうだよ! 私とニッシーはね……その……どういう関係なんだっけ?」
ああなるほど、俺たちの師弟関係を秘密にする約束を守ろうとしてくれてるのか。
「はあ……? どういうことなの?」
こういう時は普通に友達で良いと思うぞ。
……いやそもそも友達と思っているのは一方的な片思いだったりしないだろうな?
「うんとね……友達以上恋人未満ってところかな〜?」
「「はっ!?」」
お前絶対にその意味をよく知りもせずに思いつきで喋ったよな今!?
間柄の関係上ただの友達じゃないのはまだわかるが、明らかに意味深な発言だろ。
「ちょ、ちょっと待ってユウキどういうことなの? この人と遊んでるの!?」
「へ!? い、いや遊びじゃないよ。私は至って真剣だよっ!」
確かにお前がダンスと真剣に向き合ってるのは伝わってるが、その発言は松本さんが抱いてるであろう誤解をただ増長させるだけのものだぞ。
そう言うと羞恥で真っ赤になってた松本さんが俺のことを鬼の形相で睨んできた。
その赤毛な髪からは火花がバチバチッと出て来そうな錯覚すら覚える迫力だった。
「──ユウキのことを弄んでんじゃねぇえええッ!!」
……マジか。
抑え用のない怒りの咆哮と共に、自分より20センチ高い俺の胸倉を掴み上げた。
「なんでそうやって私の大事な友達を辱めるような真似をするんだよッ!!」
さっきから木下さんもポカーンとしてる。
友達のそこまで大切に思ってるのは微笑ましい限りだが、もう真実を話した方が良いだろう。
なんとなくだが松本さんなら不用意にバラさないことを信頼できそうだ。
「いやだから、俺たちは──」
「恩人だからってやって良いことと悪いことがあるぞッ!! ユウキが妊娠してしまったら責任取るんでしょうねッ!? 逃げるのは私が決して許さないんだからッ!!」
心優しいはずが推測を推測で完結させたまま放置してるせいで暴走してるな。
「へ!? に、妊娠!? え、アイスなになに!?」
どんだけ純情なんだよ木下さんはっ!?
とりあえず友達を落ち着かせてくれよ。
俺は必死に木下さんにSOSサインを出した。頼む気づいてくれ!
「ま、待ってよアイス! たぶん、アイスが想像してるのは誤解だからっ!」
気づいてくれた。
「っ……ユウキ、本当に違うって言うの?」
木下さんが俺に目線を送ったので、真実を言っても良い旨を伝えるために頷いた。
「だから私たち実は、ダンスを教えてもらってる間柄なんだよね……ニャハハ」
「ああそうだよ。自慢じゃないが俺は童貞だぞ」
やっと手を離してくれたので取り敢えず純潔アピールをしてやった。
「ぇ……そ、そうだったんだ……。でもどうして西亀なの? ……そういえば自己紹介でブレイクダンス出来るって言ってたけど、本当だったの!?」
「うん、それがめっちゃ上手いんだよ!! この間踊ってる場面録画したから見せてあげるよ! ……ぁ。ニッシー、別に良いよね?」
「良いよ、この場合は仕方ないしな」
気恥ずかしいけど松本さんの誤解を解くために必要な犠牲と割り切ろうか。
やがて30秒ほど2人が俺の決勝戦でのムーブを食い入るように鑑賞してると、
「何よこれすっげーカッコいいじゃん西亀っ!! めっちゃ憧れるんだけどっ!!」
「やっぱりアイスもそう思うよね!? だから私ニッシーに弟子入りしたんだよっ!」
ベタ褒めにされた。
松本の喜怒哀楽の切り替わりが早過ぎて凄いなとも感心した。
さっきまで感じていた重苦しい空気なんてすっかり無くなっていたようだ。
「なるほどね〜つまり今回もまた私の先走りってことかぁ。あはは、ごめんね西亀」
先程まで晒していた自分の醜態を思い出したのか照れ臭そうにモジモジしてる。
羞恥で顔を真っ赤にさせてるのかワンピースの端を拳で握ってるの可愛いぞ。
全く……ギャップ萌えの激し過ぎるやつだなこの人は。
「ごめんねニッシー。アイスったらたまに周りが見えなくなっちゃう時があるから」
「まあ、友達思いの良い奴だってことは伝わったよ。誤解が解けたなら何よりだ」
「……うぅ……やばい、さっきまでの私がめっちゃ恥ずかしい。西亀見ないでよっ」
自業自得だろ。
これを機に物事を冷静に判断できるように成長してくれたら良い。
「それじゃあ、はーいっ2人とも! 仲直りの印に握手して頂戴」
なんだか小学生の先生がしそうな提案だな。
「えっ? う……ユウキそんな……恥ずかしいよ……」
拒もうとする松本さんの手を素早く掴むと、俺の手も掴んでグッと引き寄せた。
「やっぱり仲良い友達同士は仲良くして欲しいんだよっ。だからはい、仲直りっ!」
そう木下さんが言うとゼロ距離まで縮めて強引に握手させようとした。
それを察して仕方なく提案に乗ることにしたが松本さんの方は握手する状態になかったため俺だけが彼女の手を手の甲から握る結果になり、なんて言うかこれは……。
「──んなっ!?」
良く恋愛漫画で彼氏が彼女を引っ張ってリードする時の握り方になってしまった。
これはこれで猛烈に恥ずかしいぞ……ルナ以外の女子の手を握るなんて初めてだ。
「ほらほらアイスも握手し返すまでずっと抑えてるからね?」
「うぅ……わ、分かったよ……」
カップルのような繋ぎからちゃんと握手し返してくれて助かった。
「とりあえずこれからもよろしくな、松本さん」
「うん、これからもユウキをよろしくね、西亀。ユウキも応援してるから」
「ありがとうアイスー! 私もいつかダンス上手くなってみせるからね!」
これで松本さんを味方にできたし、一件落着だな。でもそろそろ晩飯の時間だ。
そろそろ2人も動けるようになったから早く帰路に着いたほうが良いだろう。
「この辺の道は危ないから大通りに出た方がいいぞ」
「ああ本当だね……そろそろ帰らないと」
「うん……ありがとう。そうするよ……ねえ、西亀」
「何だ?」
「あのさ、お願いがあるんだけど。私達を駅まで送ってくんない? ちょっと不安で」
ただただ面倒臭いから却下だな。
でも弟子が危なっかしいのも事実だしな。
「道の途中までなら良いぞ。俺はリノアスに用があるから」
リノアスとはこの街で隣り合わせているショッピングモールのもう片割れだ。
普段は裏口から入るが大通りに出れば正面の入り口から入れるようになっている。
その1階には書店とカフェが合体したお洒落な空間が広がってて俺の大好きな場所だ。
「……分かった」
「ニッシーありがとね!」
早速歩き出したが大通りに入るや不満を垂れてくる松本さん。
「やっぱり、ちゃんと駅までは送ってくれないの……?」
「あはは、アイスやっぱり不安なんだ」
「う、うん」
お前の恋人でも無い俺がそんなことをする義務がどこにあると言うんだよ。
「安心しろ、この時間帯だと人が集まって来るから」
俺が言う通りにもう既に道には結構な数の自転車やら歩行者が通ってるからな。
「また変な人たちに捕まったら嫌だよ……」
そんときは諦めてぶち犯されろ。
けど木下さんも抜けてるとこあるから危なっかしいんだよな。
まあ流石に真っ直ぐ帰宅したら大丈夫だろ。
「真っ直ぐ先にあるあの階段が見えるか? そこを上がってそのまま右に進んだら改札口まで辿り着けるから、今日はもう大人しく真っ直ぐ家に帰るんだな2人とも」
残念だが今でも『ラノベ>松本さんの安全』の優先順位は変わってないんだよ。
「もう……意気地無しなんだから」
「勝手にしてくれ」
「アイスだめだよニッシーに無理強いしちゃ〜」
「けど……今日は助けてくれて本当にありがとう西亀っ! じゃあまた明日ね〜」
最後に謎に不満を垂れてたようだが、最後は顔を赤くしながらも挨拶してくれた。
「ニッシー改めて今日もありがとうねっ! それじゃあまた明日〜っ!」
「ああ、気をつけて帰れよ」
リノアスの入り口の前で別れると2人ともそのまま階段を上がっていった。
「ただいまお兄ちゃんっ!」
幸いにも目的のラノベは売れ残っていたようなので買って帰るとすぐにルナの抱擁を受けた。やっぱりこのハグだけは至高であり格別の癒し効果があるなあ。
【──後書き──】
告知です!
近況ノートにて報告もしましたが、本日は
・10:43
・15:43
・19:43
にもう3話連続投稿するので、把握よろしくお願いします!
明日も
・8:43
・10:43
・15:43
・19:43
に4話分、連続投稿する予約を入れたので、何卒宜しくお願いします!
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