第7話 男子のランキング



「お疲れ様、木下さん。物覚えが早くて教え甲斐があったよ」


「ありがとうニッシー! ニッシーの教え方が上手いからだよっ!」


 そろそろ昼を迎えようとしてる時間帯になり、初回の分のレッスンは本日ここまでとなった。


 木下さんは運動神経が非常に優秀なようで、今日教えてあげたブレイクダンスの基礎的なステップやフットワーク、フリーズまでほぼ完璧にこなしてみせた。


 唯一気掛かりがあったとすれば恐らく体操を習ってきた影響で、倒立をする度につま先をピンと伸ばしてたことだな。


 まあこればかりはブレイクダンス風の倒立を繰り返して慣れることでしか解決できないから、それも今後の課題という感じだ。


「最後のサイファーで一通りに教わったことを披露出来たのは本当に優秀だぞ? 俺が人生で初めてのムーブを披露したときのクソムーブと比べたら雲泥の差だったな」


 確かあの時はちょっとステップ踏んでからグダグダの基礎である6歩やってから、なんちゃってジョーダンをしたんだっけな。


 音も全然聴けてなかったし音ズレもしまくってたのが懐かしいな。


 サイファーとは踊るダンサーの皆で大きな半円を作り、1人ずつ中心に出てきては即興でダンスを披露していく場のことだ。


 まあ今回は俺と木下さんの2人だけなためフレンドリーバトルみたいな感じになったが、音もちゃんと聞けて踊れていた。


「小学生と高校生を比べられても仕方ないじゃんっ!」


「それもそうかもだが、ちゃんと音を聴きながら踊れてたのが凄く良かった」


「ありがとっ! まあラスト2ムーブは同じようなことしかしてなかったけどね〜」


「今日は基礎中の基礎しか教えなかったから今はまだそれで大丈夫さ。これから少しずつ他の技も教えていくから、焦らずにゆっくり覚えていくと良い」


 俺が今日教えたのはトップロックでツーステップ、サルサロックにインディアンステップ。


 フットワークに6歩、キックアウトにCC。


 そしてフリーズにジョーダンのみだ。


 チェアーも教えることが出来たがやはり初回でこんなタイル張りの床でさせるのは気が引けたのでまた次回に回すことに。


 初日からパワームーブの講座を行うのは流石に論外だからまだ当分先になるかな。


「そうだねっ。改めて私の弟子入りを受け入れてくれてありがとうね、ニッシー」


 最初はあれだけ教えるのを面倒臭がってたのに、不思議と木下さんとのこの時間を不服に思ってない自分が居る。我ながら美少女に甘くなってるだけなのかね。


「ああ、どういたしまして……けど1つだけお願いを聞いてくれないか?」


「うん、何かなニッシー?」


「俺たちがこうしてダンスを教え教わる師弟関係のことなんだが、しばらくは秘密にしてくれないか?」


「……何でか聞いても良い?」


 クラスで陰キャを演じている男子にそこ突っ込むのかよ。


 けどモテてる側がモテない側の心中を察するなんて逆に難しいだろうから木下さんがそこを想像できなくとも仕方ないか。


「少し考えてみてくれ、クラスのマドンナとも周囲から持ち上げられている木下さんがクラスで基本的に根暗な男子生徒と急に仲良くなりました。どうなると思う?」


 学年のアイドルとも崇められている女の子が1人の男と露骨に仲良くしてるだけで怪しまれるのに、それが陰キャと分類される側の人間だった場合大騒ぎになるぞ。


「どうって……楽しい事になるんじゃないかなっ!?」


「ならねえよ」


 流石ポンコツ弟子だな頭の中もお花畑状態というわけか。


「え〜でも私は勿体無いと思うよ?」


「は……勿体無い? ……ってどういうこと?」


 そう言うと木下さんは鞄から携帯電話を取り出して弄り始めた。


「知ってた? ニッシーって実はちょっと女子から注目されたりしてるんだよ? 1年生の女子が作ったランキングの上位にも載ってるんだし」


 おいおい入学してまだ約2週間しか経ってないぞ!? 


 もう色々と怖くなってきたわ。


「え……注目って、俺が? それに一体どんなランキングだって言うんだ……」


 気がつかない間に俺たち男子は女子によって勝手に評価されてるらしいぞ、怖っ。


 まあ人間社会なんて恋愛でも同じで言い方が悪いが商品売買的な側面があるし、人間は誰だって心の中に何かしらのランキング作りや好き嫌いの順位を決めるものだ。


 ただそれが公の場で掲示板として載ってるってのが怖いぞ、しかも女子の世界だ。


 まあ俺自身もちょっと好奇心が湧いてきたし、女子のランキングも実在するのか気になったカラまた今度クロワッサンにでも聞いておこうか。


「ランキングの種類は沢山あるよっ!? どれどれ。イケメンランキング、付き合いたいランキング……うわ、ブサイクやらキモいランキングもあるっ!? それから──」


「もう辞めてくれ、もう分かったから……」


 うわマジかよどうしよもう学校行くのが怖くなってきたぞ女子の目線も嫌だッ。


 これは真剣に不登校を検討してルナを抱き枕にするか吟味すべきかもしれんぞ。


「あっははっ。大丈夫だよって言うか朗報だよ! 何と、ニッシーは学年のイケメンランキングで見事に3位につけてるんだよ、凄くないッ!? おめでとうニッシーっ!」


「そ、そうなのか……?」


「うん、それで1位は国際文化科の人なんだけど、2位はうちのクラスの黒沢くん何だよ! ねービックリだよね! 明るい性格と外見で周りの女子から評価されてるっぽい」


「あいつ流石だな……」


 なんせ中学生の頃は3年間サッカー部に所属しててその部長も務めてたからな。


 それで足の筋肉が凄いバキバキに発達していったせいでそりゃもうモテまくったな。


 だから俺とクロワッサンだけが女子にモテる真実を知っている。腹筋や腕の筋肉なんかよりも女子が足を筋肉にときめく事をなッ!


 具体的に言えば脹脛ふくらはぎの筋肉だな。


「ニッシーこれって結構凄いことなんだよ!? なのにあまり嬉しくなさそうだね?」


「いやだってそれ喜んでも良いのか俺?」


「私に聞かれても仕方ないじゃんっ。……あ、けど根暗ランキングでも上位だね」


 みんな人を見る目が無いようだな。学校では基本的に静かに過ごしてるから陰キャと括られるのは構わないし俺も認めるけど、陰キャと根暗の意味を履き違えて欲しく無いものだな。まあ最後には自分が自分を知ってさえいればそれで良いとも思うが。


「ふん、別に構わんさ」


 俺はクラスで自分が好きなようにラノベ読書でもして自由気ままに振る舞ってるだけだから、そもそも他人からの評価を一々気にしても無駄だと割り切ってるだけだ。


 とは言え俺がそう言うと木下さんが携帯の画面を見せてきた。


 確かにランキングが様々あるが……ってどれどれ? 『異世界転生して欲しいランキング』『チ◯コ小さそうな人ランキング』『キス上手そうなランキング』とかオイ色々と怖すぎだろ女子の世界。


 1個目なんか遠回しに死んでほしいって言ってるよな!?


 イマスグキオクケシタイ。


「本当の本当に嬉しくないのニッシー? だって3位だよ、銅メダルだよ?」


 銅メダルなんかすぐさま塩化させて中学生の電気分解の実験に役立たせてやるぞ。


「俺が本当にモテてるのなら嬉しく思うけどさ、今のところそんなもの無えよ」


 当然だが今までルナを除いて女子にチョコやハート型の手紙貰った事ないからな。


「それにそういった掲示板って学年全員の女子が参加してるわけじゃ無いだろ?」


「そうだけど、大体8割は参加してるんじゃ無いかな〜。……まあ、ちょくちょく趣味の悪いランキングも作られて盛り上がったりもしてるけど、みんなアカウントが匿名になってるから個人がどう思ってるかまでは分からないものだよ〜ニャハハ」


 とは言え8割ってことは結構真実味が固まってるんじゃないだろうか。


 けど木下さんはそんな黒い話で盛り上がったりしてないよね?


 そうだと俺は弟子を信じてるぞ?


「私が思うにはね〜ニッシーは損しちゃってるんだと思うよ? 今こうして見ても凄くイケメンで折角カッコいいと思うのに、髪が伸びてるから隠れちゃってるんだよ?」


 ダンス以外で木下さんに褒められてもあまり思うところは無いな。


 美少女による褒めならルナで間に合ってるし、男を外見で判断しても仕方が無いと俺は思うからな。


「まあ黒沢くんは女たらしだからそこだけどうかと思うけど、凄くトークが上手いとか目立つ所があって周りから評価が高いんだと思うよ。でもニッシーだって負けてないんだから。いや、私はニッシーの方がもっと凄いと思ってるんだからねッ!?」


 うお……木下さんのやつ何だよいきなりテンションぶち上げてきて。


 そのままポンコツ化した弟子が距離を詰めて来たのでその分だけ俺は後退する。


「ニッシーがブレイクダンスしてるところカッコ良くて私超感動したんだよっ!?

折角自己紹介で『ブレイクダンスやってます』って言ったんだから、それを皆の前で見せたら話題になると思うよっ! ひょっとしたら告白されるかもだよ!? だから是非いつか、皆の前で踊ってる自分を見せてあげなよ!! モテ期到来するかもねッ!?」


 なぜこの女は人ごとに対して我が事のようにそこまで興奮出来るんだろうな……。


 流石青春大好きJKって感じだなオイ……ニッシープッシュが激し過ぎるだろ。


 それに皆の前で踊れだと? 


 死んでも嫌だね、恥ずかし過ぎて死ねる自信があるわ。


 木下さんが自分なりに俺のためと思って提案してるの嬉しいけど無理な相談だな。


「あっそうだッ!! 私この間ニッシーの決勝戦でのラストムーブの動画撮ってたんだった! 閃いたよ!! これクラスの女子グループチャットに流したらニッシーが一躍有名人に──」


「辞めんかこのポンコツ弟子がッ!! マジで部屋に引き篭もるぞ俺!?」


 社会的に俺を辱めるつもりなのか。もはや一種の脅迫だぞそれは。つーか、


「頼むからその動画今すぐ消せ」


「えっ!? 嫌だよ、これは私の大事な宝物なんだもん!!」


 有言実行とはまさにこのことで自分の携帯を大切そうに胸に抱き抱える木下さん。


「いや脅迫材料の間違いだろ!?」


「分かったもう分かったからっ! これは私だけの観賞用にするからお願い許して?」


 何だと……なんでそんなに俺のダンス動画を大事にしたがるんだよ。


 しかも目がウルウルしてるのが無駄に可愛いせいでこれ以上強く出る気力失せた。


 まあ、自分を新しい世界へと迎え入れたきっかけなんだし、そういうものだろう。

 

「……はあ、分かったよ。自分の観賞用だけにしてくれるなら許してやっても良い」


「そっか。えへへ〜ありがとうニッシー!」


 照れ臭そうな笑顔も可愛いだなんて全く仕方のない弟子だな。


 家に帰ったらこいつに見られるんだって思うと何だかむず痒い感覚を覚えるな。


「あっ、もうそろそろ1時になるじゃんっ! ニャハハ、ごめんね長々と引き留めちゃって。この後友達と遊びに出かける約束があるから先に帰るよ。またねニッシー!」


 ちょっと待て。まだ大事なことを確認してないので俺は彼女に向けて声を張る。


「おーい、俺の約束のこと、忘れるなよー?」


「分かってるー! これは私たちだけの──2人だけの、秘密だもんね〜っ!」


 木下さんも口でメガホーン作るようにして言うとにかーっと笑った。


 それだけ言うと木下さんはチャリに跨って行ってしまった。


 まさか合計3時間近くも彼女と居るとは、無駄話も結構咲かせちゃったしな。


 ──こうして俺と木下さんの師弟関係は内密なものとなった。


 それにしても……木下優希。まるで嵐のような女の子だったな。


「……ふっ」


 それに本当に俺が出した課題を突破して弟子入りを果たしてくるとはな。


 何かと不思議な女の子であることに変わりはない。


「今日の昼ご飯なんだろうな〜」


 とは言え腹が減ってきたので今すぐ帰宅するか。


 今日の昼はルナが作るそうなので俺は迸る唾を飲み込んで真っ直ぐ家に帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る