第四章
第47話 嵐
「うおっ、雷か! 今、すごい音がしたな」
家のドアを開けようとしたら、近くに雷でも落ちたのか、すごい音が響き渡った。もうすぐ台風がやってくる。会社を定時で終え、激しい雨の中、傘を差してここまで帰って来たが服がびしょびしょだ。さっきの雷でナルが怖がっているんじゃないかと、少し心配しながらドアを開ける。
「ミャ~」
「お前は、雷とか平気なようだな」
驚いた様子も見せず、普段通りナルがお出迎えしてくれた。まあ、部屋の中は安全だというのはナルも分かってはいるんだろうが、光や音で外の様子が変だと気付いているはずなんだが。
奥の部屋に行き、ベランダのカーテンを開ける。大きな曇りガラスの外は相変わらずの大雨で、普段はベランダのここまで入ってこない大粒の雨が、風で窓に打ち付けられている。
今度は遠くで雷が光ったが、ナルはやはり驚きもせずガラスに打ち付ける雨粒に手を伸ばしている。
「雷より、そっちのほうが気になるのかよ」
ナルは立ち上がって雨粒を捕らえようと、前足でガラス窓を叩く。ナルにはここで遊んでいてもらおう。俺は濡れた服を脱ぎ風呂場でシャワーを浴びる。シャワーから上がると携帯に会社からの一斉メールが届いていた。
「明日は、臨時休業か……」
テレビをつけると台風の影響で、明日は鉄道各社が計画運休をすると伝えている。天気予報の予想進路では大阪を直撃するコースだ、致し方ないだろうな。テレビに映る台風情報を見ていると、携帯から着信音が流れてきた。んん、佐々木か。
「ナルちゃん、雷に驚いてたりしてませんか」
「ナルか? 今、ベランダの窓ガラスに打ちつけている大粒の雨を追いかけて遊んでいるぞ」
「うちのマラカがすごく怯えてて、音が鳴るたびに部屋の中を飛び跳ねて大変なんですよ」
「ナルは平気みたいだな。北の方、お前たちの住んでいる所の雷は酷いようだな。こっちは少ないし、雷には慣れているみたいで普通にしているぞ」
「なんだ、班長も落ち着いているんですね。つまんない!」
つまんないとは何なんだよ。俺がアタフタしていると思って電話してきたのかよ。
「おい、佐々木。明日は会社が臨時休業すると連絡が入っていたが、知っているか」
「えっ、そうだったの!」
俺の所に電話する前に、ちゃんと確認しておけよな。
「さっき早瀬さんの地区が停電しちゃって、今、家に来てもらっているんですよ」
今しがた早瀬さんの家まで車で迎えに行って、シャウラと共に今晩は佐々木の家に泊まるそうだ。信号機も動作していなくて、暗い街中を運転するのも大変だったと佐々木は言っている。そういやテレビで雷が電気施設に落ちたとかで、一部地区の全域が停電だと言っていたな。早瀬さんの住んでいる辺りは避難指示も出ていたはずだが……。
「早瀬さんが、そっちに居るなら一安心か。一人暮らしだと何かと心配だからな」
「篠崎班長も一人だと大変でしょう。こっちに来て一緒にお泊りしましょうよ」
「バ、バカ! 何言ってんだよ。俺はちゃんと準備できているから大丈夫なんだよ」
佐々木と早瀬さんがクスクスと電話の向こうで笑う声が聞こえてきた。
「今から早瀬さんとシャウラちゃんも一緒にお風呂に入るんですよ。班長が来てくれたら、一緒にお風呂入れたのに。あっ、お風呂はナルちゃんだけですよ」
また冗談を言ってやがる。それにしても佐々木たちは本当に猫と風呂に入るんだな。
「明日は会社も休みだ。お前らだけでゆっくり女子会でもしてろ」
そう言って電話を切る。
後、うちの班員で心配なのは西岡だけだが、あいつは実家通いだったか。明日休みだからと喜んで、外に酒を飲みに出歩いているんじゃないだろうな。
ナルが窓ガラスと遊ぶのも飽きたと、俺の膝に乗ってきた。
「お前は肝が据わっているのか、物怖じしないな」
長く人に飼われていた猫だ。大概の事は経験済みなんだろう。猫の性格にもよるんだろうが、マラカのような仔猫なら部屋の中に居ても雷は怖いんだろう。そういや野良猫だったクレオはどうなんだろうな。屋外で直接雷などを経験しているはずだが……。
日野森さんに一瞬電話してみようと思ったが、これだと佐々木と同じになっちまう。向こうは向こうでバタバタとしているかも知れんしな。
そう思っていると、日野森さんから写真が送られて来た。それ程怖がってはいないそうだが、雷の鳴る窓から遠い部屋の隅でじっとしているクレオが写っていた。日野森さんも明日は会社が休みだそうで、今晩はずっとクレオに付いていてあげると書いてあった。
こうやって飼い主がいる場所は安全なんだと、教えてやるんだろうな。屋外での生活だったクレオにとっては、広い縄張りは無くなったが安心できる場所が手に入った事になる。過酷だが自由な外の環境と安心できる部屋の中、クレオにとってどちらが良かったのか知る由もないな。できればクレオには部屋飼いに慣れてもらって、一生をずっと日野森さんと共に過ごしてもらいたいものだ。
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