第39話 動物病院1

 ナルは家に置いておいて、昨日検索した路地にある病院へと自転車で向かう。ホームページに乗っていた地図は手書きの地図なのか、簡略化されていて場所がよく分からなかった。住所からナビアプリを使って行った場所は、住宅街の真ん中にある二階建ての一軒家で、白い外壁に赤い三角屋根の家だった。病院前に二台の駐車スペースがあったが、車は停まっていなかった。


「すいません。ここで猫のワクチンを打ちたいんだが、料金はいくらですかね」


 受付で聞いてみると、三種混合で三千五百円だと言う。ずいぶんと安いな。

 部屋の内装を見ると、少し古びた感じではあるが清潔的で柔らかな感じだな。住宅街の中にあるし、随分と前から営業しているのだろうか。この待合室には二組の患者さんが順番待ちをしているようだが、休日でこの程度だとこの病院は流行っていないのかもしれんな。


 今、ナルは連れてきていないし、もう一方の病院にも直接行ってみるか。自宅付近を通り越して反対側の幹線道路沿いの病院へと向かう。

 外から見る限り、駐車場に車も停まっているし、中のお客さんも多いようだ。ここは繁盛しているようだな。


 一旦家に帰ってからどちらの病院に行くか決めよう。

 もう一度小さな病院のホームページを確かめると、医者の名前も記載されていないし、写真なども一切使っていない単純なホームページだ。もしかしたら年老いた医者が昔から営業している病院で、こういったホームページの事も分からんのかもしれんな。だが雰囲気は前の病院と同じで、狭いが気の休まるような病院だった。


「料金も安いし、小さな病院の方に行ってみるか」


 いつものように、ナルをキャリーバッグに入れるのに一苦労する。前に佐々木の家に行った時は、大人しく入ってくれたんだがな。病院へ行くことが分かるんだろうか暴れて大変だった。

 自転車の後ろにナルを積んで、さっき行った小さな病院へと向かう。


「初診の方ですね。こちらに記入をお願いします」


 看護師さんにもらった受付票に住所などを記入し提出すると、すぐに俺の番が回って来た。待合室にいたのは犬を連れたおばあさん一人だけで、もう診察は終わっていたんだろう。俺はドアを開けて診察室へと入って行った。


「今日はワクチン接種だね。ほお、ご新規さんか。これからも御贔屓ひいきにしてもらいたいね」


 椅子に座ってざっくばらんに話してくるのは、女医さんだった。若くはない、と言っても俺と同じぐらいの年齢か? てっきり年老いたお爺さんの医者がいるものだと思っていたから驚いてしまった。


「まあ、女医というのは珍しいからね。だが腕は一流だよ。あっはっは」


 そう言って笑うが、自分の事を一流と言い放つとは何ともユーモアのある医者だな。

 セミロングの黒髪に白衣が良く似合っている。肌は白く理知的な美人さんと言っていい顔立ちだ。そしてよく笑う。座っているから背丈は分からないが、俺より少し低い感じか? それなら女性としては高い方だろう。


 キャリーバッグを診察台の上に置いて、ナルを洗濯ネットに包まれたまま外に出す。暴れようとするナルを押さえて、看護師さんが前足だけをファスナーから外に出し、ワクチン接種はすぐに済んだ。その後、女医さんがナルの頭をネットから出して、頭を撫でながら口の中や耳などを丹念に診ていた。


「この問診票には年齢が九歳とあるが、十二歳から十三歳の感じだね」

「前の飼い主から譲ってもらう時に年齢を聞き忘れてしまってな、大体の年齢しか分からないんだ。前のワクチン接種がいつなのかも不明だ」

「なるほど。まあ、ワクチンは年一回打つようにと言うべきなんだろうが、室内飼いなら二、三年でも十分だ。もし来年も来てもらえると、こちらは儲かるから嬉しんだけどね。あっはっは」


 本音をそのまま言う女医さんだな。


「見たところ健康そうではあるが、もう年寄りの年齢に入る。大事にしてやってくれ。餌などをシニア用に変えた方がいいかもしれないが、今はどんな餌を与えているんだい」


 俺はいつも与えている猫缶のメーカーを言った。


「少し高カロリーか……。ここと提携しているメーカーのパンフレットがある、それを渡しておこう。実はこれも宣伝なんだよ。パンフレットを渡すとこちらも収入になるんでね。だからと言って、君がそのメーカーの餌に切り替えなくてもいいからね」


 ぶっちゃけるんだな。笑いながら俺にそんな内情まで話しても大丈夫なのかよ。だがこの女医さんは信用できそうな感じだ。


「そうだ。その餌のサンプルがあったはずだ。どうだね、一度食べさせてみるかね」

「ナルは、硬いキャットフードは今まで食べず見向きもしなかったからな……。もしもらえるなら一度試してみるのもいいかもしれんな」


 そう言うと、女医さんが奥の机の下に置いてあるダンボールから、埃の被った餌のサンプルを俺に渡す。十食分ほどが入っているらしく割と大きなジッパー付きのパッケージで、本製品と同じ印刷がされている。

 なかなか親切で面白い医者じゃないか。これで病院が流行ってないのは、おかしいような気がするが、こんな軽い感じの医師だから毛嫌いする者もいるのか?


 あれだけ時間をかけて診察してもらってアドバイスしてくれたが、料金はワクチン代と初診料だけで、税金も含めて五千円掛からなかった。まあ、あの診察は初診時にするサービスなのかもしれないが、あそこまで親切にするとは驚きだ。

 ここは正直な病院のようだし気に入った。これからもナルの事はここに任せてみることにしよう。

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