第32話 私のシャーリー
今日、夫が会社帰りに仔犬を買って来た。前に息子と三人一緒に見に行ったペットショップからだ。
一緒に行った時は、店員さんの説明を聞いて犬を飼うというのは難しいものだと思って私は反対した。
でも今、目の前で夫と息子が買って来た仔犬を抱きながら可愛い、可愛いとすごく喜んでいる。私に無断だとは言え買って来たものは仕方がないわね。
私もこの仔犬はショップに並んでいる犬の中で一番のお気に入りだった。長くモフモフの毛並みに愛くるしい顔、垂れている耳がすごく可愛らしい。
「ちょうど今、特価になっていて買い時だと店員さんに言われてな。このキャリーケースや他の用品も付けてくれたんだぞ」
確かに、前見に行った時よりも安い値段で買ったみたいね。
「ちゃんとあなた達で面倒を見てあげてよ」
「母さん、大丈夫だよ。僕がちゃんと面倒を見るから」
中学二年生の息子が元気よく返事してくれた。夫も自分が買ってきたんだから責任を持つと言ってくれる。
「早速、名前を決めないとな」そう夫が言って、家族で話し合った末にシャーリーという名前に決まった。
シャーリーは元気な女の子だ。遊び道具を与えると部屋の中を飛び跳ねて、私達を楽しませてくれる。家族にも慣れて、じゃれついてくるシャーリーを家族で奪い合うほどだ。
家に来た時は、生後四ヶ月を過ぎもうすぐ五ヶ月目だったシャーリーもここ半年で体も大きくなり、部屋の中で走り回るのも限界だ。
「そろそろ庭で飼いましょうよ」
「そうだな。このソファーも引っ掻かれてボロボロになってしまったしな」
犬の成長がこんなにも早いものだとは思わなかった。最近は散歩する時も、私を強く引っ張るようになっていた。
シャーリーの体に合うプラスチック製の犬小屋を買って庭に置く。しっかりとした杭を業者の人に打ってもらってそこにシャーリーを繋いだ。
「さあ、あなたは今日からこの庭に住むのよ。立派な小屋もあるし、中には毛布もあって夜でも寒くはないわよ」
気候のいい時期だしシャーリーにとっても外の方が過ごしやすいでしょう。その頃からだろうか、シャーリーがよく吠えるようになったのは。散歩に行きたいと言って吠えるのは前からだったけど、通りにいる人に吠え掛かったり宅配に来る人にも吠え続けたりする。
散歩の時もすれ違う人や犬に対して激しく吠える事がある。そのたびに道の端に寄って、すみませんと謝りながら通り過ぎるのを待つ羽目になる。近所の人からも元気な犬ですねと、嫌味を言われるようになった。
夫にその事を相談すると、吠えるのを止めさせる事はできないのかと私に言ってくる。そんな事を言われても、犬を飼った事のない私に分かる訳がない。
結局また部屋の中で飼う事になった。物置の部屋を整理して大きなケージを設置し、その中にシャーリーを入れる。
そんなシャーリーの世話をするのは、最近私一人だけだ。息子は中学三年生になり受験勉強が忙しいと世話をしなくなり、夫も休日に気が向いた時だけ散歩する程度だ。最初は責任を持って世話すると言っていたのに……。
そんなある日。夫が会社のお友達とその部下の人を家に連れて来た。その人は家族の中でシャーリーが一番上で家族が下に見られていると言った。確かにシャーリーに命令できる人はこの家にはいない。
リードの使い方も散歩の仕方も、私達がやっていたのと全然違っていた。その人に詳しく教えてもらって新しい方法で散歩してみよう。
シャーリーにリードを繋いで外に出る。リードを短くして、首輪近くを持つ。相変わらず私を引っ張ろうとするシャーリーを自分の横、足元近くを歩かせるようにする。引っ張られないように力を込めて、私の気持ちをリードからシャーリーに伝える。
向かいから人が来てシャーリーが吠えても、私が前に立って背中のシャーリーを落ち着かせる。そうね。私がシャーリーを守らないといけないわ。
餌の与え方も教わった通りにやってみた。餌を入れた容器を私の頭の位置まで上げたまま部屋に入る。餌を持っている事が分かったシャーリーはシッポを振って私に飛びついてきて餌をねだる。
「静かにしなさい! 静かにしないと餌をあげないわよ」
それでも立ち上がって私に餌をねだる。いつもなら餌をあげていたけど今回は違うわ。餌をあげずに部屋を出た。三十分後、餌を持って部屋に入る。また立ち上がろうとするシャーリー。
「静かに!!」
大きな声を出した私に驚いたのか、首を引っ込めて少し後ずさって私の顔を覗き込む。
大人しくなったシャーリーに「良し」と言って餌入れを床に置く。餌を食べているシャーリーの頭をよしよしと撫でてあげた。なんだ、やればできるじゃない。
その後、私はネットで犬の躾け方を調べた。もっと早い時期に躾を身に付けさせておけば、あんなに吠える事もなかったみたいね。でも今からでも遅くはないわ。調べた事を一つひとつ実践していく。
中々覚えられない事もあるけど、忍耐強く訓練していった。
「あなた、シャーリーがお座りをできるようになったわ」
私をリーダーとして認めてくれたシャーリーは、言う事を聞いてくれるようになった。顔を見て言葉でお座りと言うだけでちゃんとお座りをしてくれる。
「すごいじゃないか! わしもやってみよう。お座り」
でも、夫がいくら命令してもシャーリーはそれに従わない。
「おかしいな。お座り、お座り」
そりゃそうよね。シャーリーはあなたの事を自分よりも下だと思っているもの。この家で一番上は私。家計を担っているのも私ですからね。
今後はあなたのカードで使える限度額も下げさせないとダメね。また気まぐれでペットを買ってこられても困るわ。
この家は私とシャーリーで守っていきましょう。あなたとならずっとこの家で仲良く暮らしていけるわ。
---------------------
【あとがき】
お読みいただき、ありがとうございます。
今回で第二章は終了となります。
引き続きお付き合いくださいますよう、お願いいたします。
次回からは 第三章 開始です。お楽しみに。
今後ともよろしくお願いいたします。
ハート応援や感想など頂けるとありがたいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます