第18話 お盆休み3

 二日が経ち、ナルも慣れてきてシャウラと少しは遊べるようになってきた。遊びというより、遊びたいと寄ってくるシャウラをナルが適当にあしらっている感じだ。

 それでも猫じゃらしで遊んでいるときは、二匹一緒になって飛び跳ねている。


 猫は好き嫌いがはっきりしているようだ。シャウラが食べているキャットフード、ナルにも与えてみたが臭いを嗅いだだけで食べようともしなかった。爪研ぎ器もシャウラが使っている物は使わない。俺が持って帰って来る段ボールだけを使っている。

 ナルは暗くて狭い所が好きだが、シャウラは高い所が好きなようで、机の本棚の上にいることが多い。

 それぞれの性格もあるのだろうが、基本猫は単独で暮らしている。自分の好きなように自由に暮らしている猫が羨ましくなることがある。


 今日は地元の友人と出かける約束をしている。ナルたちも少しは仲良くなったし、半日ぐらい留守にしても大丈夫だろう。


「じゃあ、出かけてくるが仲良くしてるんだぞ」


 玄関まで見送りに来てくれたナルにそう言ってドアを閉める。



 ――夕方。

 家に戻ると、キッチンの床一面に猫砂が飛び散り、水を入れたお碗がひっくり返って水浸しだ。


「ナル! 一体どうしたんだ」


 ミャ~と言いながら、奥の隅からナルが出てきた。フローリングの部屋に入ったが、ここにもシャウラ用の猫砂が床に飛び散っている。二匹して暴れ回ったのか?


「シャウラ、シャウラ。何処にいる」


 呼んでも出てこない。キャリーバッグの中にもいない。すると机の本棚の上か。見上げると一番奥に丸まって、怯えたような瞳でこちらを見てくる。

 どうやら俺がいない間に喧嘩でもしたようだな。


 ナルが足元にまとわりついて、ミャ~、ミャ~と鳴く。餌をねだるようなしぐさだ。

 キッチンに行ってひっくり返った餌の小鉢を持ち上げると、床に餌が半分以上残って落ちている。上に被さった小鉢のせいで残りの餌は食べれなかったのだろう。その餌を捨てて床を掃除する。

 水が嫌いなナルは水で濡れた床には近寄らない。綺麗に掃除して新しい餌を器に盛ると、ナルが餌に飛びついて夢中になって食べている。その間に、隣りの部屋の床も掃除機をかけて掃除をしておこう。


 二匹が仲良くできるようにと、出かける前にガラス戸を半分程開けていたが、どうもそれが良くなかったようだ。シャウラの様子からすると、喧嘩はナルが勝ったようだが、余程こっぴどくやられたのか、シャウラは本棚の上から降りてこようとしない。


 原因はナルの餌だろう。シャウラがナルの餌にちょっかいを出して喧嘩になり、餌の小鉢が引くり返って食べれなくなって、ナルが怒ってシャウラを攻撃したようだ。

 床にはシャウラの餌も飛び散っていたが、あまり食べていないのだろう。キャットフードを器に入れて本棚の上に置いておく。


 掃除も終わり和室のクッションに体を沈めてのんびりしていると、部屋のふすまを開けてナルが入ってきた。中間の部屋にはシャウラがいるはずだが、今は本棚の上か……。堂々とその部屋を横切ってここに来たようだな。


「ナル。お前意外と喧嘩が強いんだな。でももう少し仲良くしてやってくれんか」


 ミャ~と鳴くナルの頭を撫でる。


 翌日からは、ナルとシャウラは仲良くなった。上下関係がはっきりしてシャウラが引くところは引いているようだ。それでも人懐っこいシャウラはナルに甘えて、今では二匹で毛づくろいし合うまでになっている。


 まあ、雨降って地固まると言ったところか。

 そうこうしているうちにお盆も過ぎ、金曜日のお昼過ぎ、早瀬さんがシャウラを迎えに来た。佐々木も一緒に来たようだが、ナルとシャウラ二匹揃ってお出迎えしている。


「まあ、シャウラ。ナルちゃんと仲良くなれたのね」

「うわっ、ナルちゃんもお利口ね。あたしを覚えてたの」


 シャウラを抱き上げる早瀬さんと、ナルを撫でる佐々木。二人とも久しぶりに猫に会えて嬉しそうだ。

 二人を奥の部屋に案内して、冷たいウーロン茶を出す。


「篠崎班長、お世話になりました。これお土産です」

「すまんな、早瀬さん」

「班長、甘い物はお嫌いじゃないと伺ったので、広島名物の川通り餅を持ってきました」


 俺の好みを佐々木にでも聞いたのだろう、甘い生菓子をお土産に選んでくれたみたいだ。気を使わせたようだな。


「餅か、美味そうだな。みんなで食べるか」


 あと四日程しか日持ちしないそうだし、お茶請け代わりにみんなで食べよう。

 川通り餅は広島では有名らしいが、日持ちしないこともあり県外ではあまり売られてないそうだ。一口サイズで一つひとつに爪楊枝つまようじが差してあって、きな粉をまぶした餅は風味がよく、中に小さなクルミが入っていてすごく美味しいじゃないか。


「ナルちゃんとシャウラ、あんまり相性良くないようでしたけど仲良くなりましたね」

「いや、最初の頃、取っ組み合いの喧嘩をしたみたいなんだよ。二匹とも爪を切っていたので怪我は無いんだがな」

「まあ、そうなんですか!」


 早瀬さんの猫は単独の室内飼育だ。今まで喧嘩をする相手もいなかったはずだ。じゃれたつもりでもそれが喧嘩になる事もある。まあそれで仲良くなれたんだから、結果オーライということだな。


 今は早瀬さんの膝の上で甘えている。やはり飼い主が一番なんだろう。ナルも顔見知りになった佐々木と猫じゃらしで遊んでいる。

 お茶を飲みながらここにいた間のシャウラの様子を話すと、早瀬さんも家にいる時のシャウラの事を教えてくれた。猫の話で盛り上がっている横では、佐々木が前はあまり触らせてくれなかったナルを撫でてカワイイ、カワイイと喜んでいる。

 もう、こんな時間か。


「お世話になりました。また会えるといいね、シャウラ」

「ウミャ~ン」


 キャリーバッグの中にいるシャウラが俺に向かって甘えたように鳴く。


「ナルちゃん、すごく可愛かった。ねえ、ねえ、あたしの家に来ない?」

「佐々木はバカな事言ってないで、さっさと帰る用意をしろよ」


 シャウラの用品を紙バッグに入れて、車まで送る。シャウラにも挨拶して二人は車に乗り帰って行った。


「ナル。お前にも早瀬さんからお土産をもらっているぞ。後で食べような」


 ナルにも気を使って早瀬さんが猫用のおやつを持ってきてくれた。長いようで短かった一週間。他の猫の事も分かって、俺もいい勉強になった。


 今までは俺一人で過ごしていたお盆休みだが、ナルとシャウラで過ごしたこんな休みは初めてだ。会社の同僚ともプライベートで家に来てもらった事もなかった。

 ナルは俺の人生に華やかな彩りを与えてくているようだ。


「ナル。お前と出会えて良かったよ。これからも一緒にいてくれな」

「ミャ~ン」


 ナルは俺に向かって、一声鳴いた。

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