第25話 キーパーソン
俺たちは、さらに2週間掛けて『バレアレスの大迷宮』の30階層まで攻略した。
ウルキア公国のイベントが始まるのはまだ先だし、俺が背後で進行している事件の状況を掴んでいることは、それとなくエリスに伝えてあった。
いや、『楽園』の幻覚作用によって死者が出ているんだから、強引にイベントを進めてでも早く解決した方が良いと思うかも知れない。
だけど、こっちが動けば
そう。このイベントにも他の転生者が関わっていることは確認済みだ。
エリザベスから聞いた情報で、俺が直接確かめに行ったから間違いない。
それにしてもさ、リアルエボファンの世界には何人の転生者がいるんだよ?
それとエリザベスからもう一つ有益な情報を得た。
遂に
これで俺の死亡フラグは完全に消滅したか……
いや、フラグとか関係なしに、黒幕とか他の転生者に殺される可能性はあるからな。
21階層からは出現する敵の数が多くなったから、俺も敵が多過ぎるときに限って戦闘に参加した。
俺はあくまでも数の調整をするだけ、連携の邪魔にならないようにエリスたちとは離れて戦った。
階層を攻略しているうちに、みんなも敵の能力や行動パターンを把握する。
だから後半は俺が調整する必要もなくなった。
2週間で10階層を攻略できたのは、かなり良いペースだな。
20階層までよりも攻略のペースは多少落ちたけど、モンスターとのレベル差が小さくなったのだから仕方ない。
単純な力押しじゃなくて、敵の特性に対応しながら戦う経験を積んだから、みんなのプレイヤースキルも確実に上がっていた。
「アレク。今回
30階層のボスを倒した後、エリスは嬉しそうに笑った。
今回のダンジョン攻略で、一番成長したのはエリスだろう。
レベル的にはガルドが35レベルで、レイナが33レベル。他の3人も31レベルになった。
だけど個人としての能力だけじゃなくて、エリスはパーティーリーダーとしても確実に成長している。
いや、あまり偉そうなことを言うつもりはないけどな。
「エリス、謙遜し過ぎすぎるのは嫌味になるわよ。少しどころか、あんたは十分に役に立っているわ」
「という感じで、レイナが素直に認めるくらいエリスは頑張ってるってことニャ」
「ライラ、あんたねえ……」
「まあまあ。私はみんなが仲良くなれたことが一番嬉しいわよ」
レイナ・エリス・セリカ・ライラのメインキャラ4人は互いにすっかり打ち解けたな。
ガルドも彼女たちとの連携は完璧だけど、姦しい会話にはついて行けない感じだ。
いや、俺も人のことは言えないけどさ。
「アレク。階層ボスも倒したことだし、自分がどれだけ強くなったか試してみたいの」
レイナが俺をじっと見つめる。
「だから、私と本気で戦ってくれない」
「ああ。殺し合いじゃなければ構わないよ」
結果としては当然俺の圧勝だったけど。
レイナは今の自分できることの全てを出し切って、何かを掴んだらしく満足そうだ。
「ありがとう、アレク。私はもっと強くなって、いつか絶対にあんたに勝つわ。だから、また戦ってよね」
「ああ。いつでも構わないよ」
ガルドのポジションを奪っている気がするけど、レイナが強くなって行くの見るのは素直に楽しい。
「今のレイナに俺が教えられるものなんてないからな。俺もアレクに稽古をつけて欲しいくらいだぜ」
ガルドがそう言うなら構わないか。
別に自惚れる気はないけど、プレイヤースキルでも俺の方が上なのは事実だからな。
今度ガルドとも模擬戦をやってみるか。
※ ※ ※ ※
まだ時間的には少し余裕があるけど、俺たちはウルキア公国の公都ハーネスに戻って『楽園』に関する調査を進めることにした。
まずは盗賊ギルドに調査を依頼しておいた『楽園』に関する情報を訊きに行った。
結論を先に言えば、大した情報は得られなかった。
『楽園』の密売は余りにも広がり過ぎており、それこそハーネス中の裏組織が関わっている。
だけど大元がどこなのか全く解らないのだ。
各組織が牽制し合っている上に、どの組織も密売による利益を手放したくないから口が堅いらしい。
次は冒険者ギルドに行くと、『楽園』の密売人を捕らえる依頼や、『楽園』絡みと思われるトラブルを解決する依頼が幾つもあった。
とりあえず幾つか依頼を受けてみたけど、こっちも大した情報は得られなかった。
相手は末端の密売人だったり、『楽園』の中毒者が起こした暴力事件などと『楽園』に関わる事件の真相に迫るような話じゃなかった。
まあ、解っていたけどね。
ゲームのときは、事件の真相に迫るには『楽園』に関わる当事者と接触する必要があった。
実は俺が毎日冒険者ギルドに来ているのも、情報収集など二の次で、その当事者に会うためだ。
「ねえ、アレク。彼女って……」
「ああ、解ってる」
小声で囁いたエリスに俺は頷く。
冒険者ギルドにいるのは、大半が如何にも冒険者といった感じの連中だ。
武器や鎧を身に着けていたり、ローブに杖といった魔術士スタイルだから直ぐに解る。
だけど、そんな中に1人だけ毛色の違う人間が混じっていた。
派手な化粧をして、流行りモノらしい服を着た10代後半の少女だ。
少女は何気なさを装って冒険者たちを観察している。
だけど相手も冒険者だから、大抵の奴は見られていることに気づいていた。
それでも常識があるなら、ギルドの中で騒動なんて起こさないが。冒険者には馬鹿な連中もいるからな。
「なあ、お嬢ちゃん。俺たちに興味があるなら、手取り足取り色々教えてやるぜ」
下卑た笑いを浮かべる男に、仲間らしい連中も同調して少女を囲む。
「何よ。貴方たちみたいな人に興味なんてないわ」
少女は気丈に言い返しているが、喧嘩慣れはしてないな。周りを囲まれて完全に逃げ道を塞がれている。
「アレク……」
「いや、俺たちが動く必要はないみたいだ」
突然、呻き声が響く。
少女を取り囲む男の1人が蹲り、股間を押さえていた。
その背後に立っていたのは、憮然とした顔のレイナだった。
「あんたたち、馬鹿? 冒険者ギルドの中で性犯罪を冒すつもり?」
「てめえ、よくも!」
仲間たちが殴り掛かるが、レイナは全部ワンパンで仕留めてしまう。
『勇者』レイナに掛かれば、そこらの冒険者なんて一溜りもないな。
「……まったく。馬鹿の相手なんかやってられないわ。ほら、職員のあんたたちも見てたでしょ。さっさと後片付けをしなさいよ」
周りの冒険者たちが、何故か拍手をしている。
レイナの傍にセリカとライラがいるのは、彼女を止めようとしたのではなく、手を貸そうとしたんだろうな。
「あの……貴女も冒険者なんですよね?」
少女の言葉に、レイナは不機嫌な顔をする。
「見れば解るでしょ。そんなことより、あんたも興味本位で冒険者ギルドなんかに来るんじゃないわよ」
レイナは少女に背を向けて、俺たちの方に戻って来ようとする。
「待って! 私だって用もなく来た訳じゃないわ。仕事の依頼をするために来たのよ!」
「あっそ。だったらギルドの職員に話をしたら」
レイナは素っ気く相手にしない。
だけど追い掛けて来た少女が、袖を掴もうとしたのを察して睨みつける。
「あのねえ、勝手に懐かないでよ。次にやったら殴るからね」
「え……違うの。私は……」
レイナに睨まれて、少女は完全にビビっている。
最近はたまに笑うようになったけど、魔族を殺すために旅をしているレイナは基本ストイックだ。
真顔で睨まれると、俺だって怖い。
そこに助け舟を出したのはライラだ。
「レイナ。女の子をいじめたら駄目だニャ」
「何よ、ライラ。私はいじめてなんかないわ」
「まあまあ。レイナも怖い顔したら駄目よ。せっかくの綺麗な顔が台無しじゃない」
セリカが割って入る。お姉さんキャラのセリカは仲裁するのが上手い。
「綺麗って……セリカ、適当なことを言わないでよ」
「あら、適当になんて言ってないわよ。レイナは美人だし、笑うと凄く可愛いじゃない」
「私もそう思うわ。ねえ、レイナ。それくらいにしてあげたら」
最後は真面目なエリスが加わる。
「もう……解ったわよ」
レイナの機嫌も直ったようだ。
蚊帳の外の俺とガルドは、彼女たちの微笑ましいやり取りに、思わず顔を見合わせてニヤリと笑う。
「それで君はギルドに依頼に来たんだよニャ? 職員のところに案内するから、ついて来るニャ」
「ありがとうございます。でも、そうじゃなくて……」
ライラが不思議そうな顔をすると、少女は意を決したように話し始めた。
「私は仕事を依頼する相手を、自分で選びたいんです。だから……お願いします。貴女たちが私の依頼を受けてくれませんか」
俺とエリスは目配せして頷き合う。
この少女こそイベントを進めるために接触する必要がある『楽園』に関わる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます