第15話 アレクの正体 ※エリス視点※


 アレクたちと一緒に行動して、私は自分エリスの弱さを実感した。

 だけど、それ自体は問題ない。ゲームでも序盤のエリスはメインキャラの中で一番弱いから。

 それでも自分たちだけでキラーベアを倒せたのは素直に嬉しかった。


 これでレイナと出会って一緒にパーティーを組めば、イベントはクリアできる。

 そう思っていたけど……


「何なのよ、この敵の数は!」


 レイナたちの元に駆けつけた私たちの前には、10人を超える魔族と物凄い数のモンスター。

 しかもアーマードッグじゃなくてフレイムドッグじゃない。

 こんなの初期レベルのエリスが勝てる筈がないわ。


 だけど、今は魔王アレクが一緒にいる。魔王の力があれば……

 そう思いながらアレクの方を見る。

 彼はソフィアたちと話をながら、迫り来るフレイムドッグの群を迎え撃とうとしていた。


「『雄叫びウォークライ』!」


「『聖壁ホーリーウォール!』」


 ソフィアたちがスキルと魔法を発動して守りを固める。


「エリス、私たちも迎え撃つわよ」


「ええ。解っているわ」


 セリカの言葉に頷いて、私も剣を抜く。

 せめて彼らの足を引っ張らないように……エリスの役目を果たさないと。


『それは、ちょっと違うんじゃないか』


 声が聞こえた気がして再びアレクを見ると、彼は笑みを浮かべていた。

 仮面越しだから表情が良く解らないけれど……何故だろう、心が落ち着く。


 そして次の瞬間、アレクは空に舞ってフレイムドッグの群れを飛び越えた。


 何をするのかと一瞬戸惑ったけど、アレクが向かった先にはレイナとガルド……そうか。2人を助けに行ったのね。


 私は何を考えていたんだろう……自分エリスの役目を果たすと言いながら、自分の弱さを言い訳にして魔王アレクの力に頼ろうとしていた。

 レイナを助けるのはエリスたちの役目なのに、自分のことしか考えていなかった。


 だけどアレクは冷静に状況を見定めて、すぐに行動を起こした。

 魔王の力があるから冷静でいられるのかも知れないけれど……

 ううん、これも言い訳ね。エリスにだって出来ることはある。


「ファム(セリカ)は『聖域サンクチュアリ』で防御を固めて。ガレイとライラは左から回り込むフレイムドッグの対処を。私は右側を守るわ!」


 ソフィアのパーティーの盗賊シーラが先に動いていた。

 ソフィアたちが作る壁を迂回して右側から迫る2体のフレイムドッグに、投げナイフで応戦している。


「『防壁シールド!』」


 防御魔法を発動してシーラの隣に立つ。

 今のエリスの役目は敵を倒すことじゃない。仲間たちが傷つかないように敵をを足止めすることだ。


「ノエル(エリス)、悪くない判断っすね。自分が掻き回すんで、サポートを頼むっす」


「ええ、了解したわ」


 『姫騎士』エリスはレベルの割にVITが高く、防御魔法も使える。

 私はシーラにも『防壁』を掛けて、フレイムドッグのブレスを盾で防いだ。


 正面はソフィアとグランがいるし、メアとセリカが防御魔法を発動しているから問題ない。

 左側はガレイとライラ。2人のレベルはエリスより高くシーラよりも低いから、私とシーラが右側を守る組み合わせはバランス的に間違っていないと思う。


「『氷の嵐アイスストーム』!」


「『風の刃ウインドカッター』!」


 カイとパメラの攻撃魔法がフレイムドッグの数を減らしていく。

 魔族を倒したアレクとレイナたちが合流すると、フレイムドッグを全滅させるまでに大した時間は掛からなかった。


「何とか……誰も死なずに勝てたわね」


「ノエル(エリス)もお疲れっす! いやー、ノエルに『防壁』を掛けて貰って助かったっす。今回は敵の数がハンパなかったから、私もヒヤヒヤだったっすよ!」


 シーラは飄々とした感じで言うけど、HPが半分以下に減っていた。

 私の方が元々HPが低いけれど半分以上残っているのは、VITの高さのおかげとシーラがカバーしてくれたからだ。


 この世界はゲームと同じで、攻撃を受けるとHPが減る。

 HPは見えないバリアのようなもので、HPがゼロになって初めて傷を負う。

 だけどHP以上のダメージを受ければ、バリアを貫通して一撃で死ぬこともある。


「私の方こそ。シーラ、ありがとう。貴方のおかげで助かったわ」


「何を大袈裟なことを言ってるんすか。ノエルが頑張ったんすよ」


 満面の笑み。ああ、シーラには敵わないわね。私ももっと頑張らないと。


 セリカとメアが仲間たちに回復魔法を順番に掛けて回っている。


「はい、『治療キュア』……これで大丈夫よ」


「ファム(セリカ)、ありがとう。それと本当にお疲れ様」


 聖女のセリカは防護魔法に回復魔法と、今回は大活躍だ。


「ノエル(エリス)もね。それにしても……アレクって何者なのよ? ほとんど1人で魔族を全滅させたじゃない」


 アレクはレイナとガルドと話をしている。

 私はアレクが魔王だって知っているけど、セリカたちは知らないから不審に思うわよね。


「アレクが凄く強いことは知っていたけど、あまり詳しいことは私も知らないわ。

 だけど真っ先に他人を助けに行くくらい良い人だってことは解っているわよ」


 結局、今回は魔族ひとを殺す責任を全部アレクに負わせてしまった。

 だけど、次は……私も責任を果たすわ。

 魔族との戦いは始まったばかりだから。


「嘘……物凄い数が近づいて来るわ!」


 不意に、レイナが大きな声を出す。

 そうか。『悪意探知イビルサーチ』で魔族の本隊に気づいたのね。


「レイナ。大まかで構わないから敵の数と、あとは何処にいるか解るか?」


「ガルド師匠、待って……魔族とモンスターの区別できないけど、数は1万を超えているわ。場所は……森の奥の方。まだ結構距離があると思う」


 レイナの言葉に息を飲む。1万って……ゲームのときも大軍が襲って来たけど、リアルに意識すると背中に冷たいモノを感じる。


「アレク……」


 声を掛けると、アレクは口元に笑みを浮かべる。

 それだけで私の心は何故か落ち着いた。

 私たちの様子に他のみんなも集まって来た。


「みんな聞いてくれ。どうやら今戦った魔族は先遣隊で、本体が別にいるみたいだ。それも1万以上の大軍が。彼女……レイナの固有スキルに反応したんだよ」


「スキルに反応したって……そんな便利なスキルがあるのかよ?」


 訝しそうな顔のグランに、レイナが憮然とする。


「そうよ。疑うなら好きにすれば良いわ。だけど、このまま放置すれば近くの村や街が襲撃されるわよ」


「グラン。俺はレイナの言葉を信じるよ。10数人で山岳地帯を越えて来たにしては荷物が少な過ぎるし。装備が揃っていたから、さっきの奴らは魔族軍の兵士だろ」


「なるほどな……確かに言われてみればそうだな。だけど1万かよ……クルセアが襲われたらヤバいな。いや、その前にサリア村か」


 アレクの説明にグランは納得したみたいで、他のみんなも真剣な顔で話を聞いている。


「ていうか、アレク。話は変わるけどよ、さっきの動きは何なんだよ? おまえは前に32レベルとか言ってたけど、そういうレベルじゃねえよな」


 突然話の矛先がアレクに向いたので、私とソフィアは思わず顔を見合わせる。

 さっきの戦いで見せたアレクの強さは普通じゃなかった。

 私たちはアレクが魔王だって知っているけど、もしみんなが知ったら……


「ああ、グラン悪いな。レベルのことは適当に言っただけだ。俺の正体がバレると面倒なことになると思ったんだよ」


 アレクの言葉に皆が注目する。

 え……何を言ってるのよ? まさか自分から……

 アレクはおもむろに指輪を外す。


「この指輪は『偽装の指輪フェイクリング』。レベルやステータスを偽装するマジックアイテムだ。『鑑定』対策で用心のために付けていたけど、正体をバラすなら必要ないからな」


 そう言うとアレクは、ステータス画面を開いた。


「ちょっと……アレク!」


「いや、別に構わないよ。今さら隠すつもりはないからな」


 ステータス画面を皆に見せる。

 そこに書かれていたのは……


 名前:アレク・スカーレット

 種族:人間

 年齢:22歳

 性別:男

 クラス:傭兵騎士

 レベル:218

 HP;2250

 MP:315


 そのあとに続くのは全て3桁の能力値と数々のスキルだった。


「俺はある国で傭兵団の団長をやってたんだよ。詳しい事情は言えないけど、そこで面倒なトラブルに巻き込まれてさ。偉い奴らに散々恨みを買ったから、今でも俺が生きていることを知られたくないんだよ」


 傭兵騎士は傭兵の上位クラスで、単独戦闘に特化した様々なスキルを取得できる。

 実際に様々な戦闘系スキルが並んでいるし、ステータスも高いからフレイムドッグの群れを飛び越えたのも、魔族を瞬殺したのも不思議じゃないけど……呆れたわ。


 こうなることが解っていて、アレクは『偽装』を二重に掛けていたってことよね。

 それで隠すつもりがないって、どの口が言うのよ?

 私は本気で心配したのに……


「え? でも、アレクは……」


 何を言い出すのかと、私はソフィアの口を慌てて塞ぐ。


「あのねえ、ソフィア……また変なことを言うつもりじゃないでしょうね?」


 ソフィアも自分が何をしようとしたの気づいのか、目を大きく開けてコクコクと頷く。


「何だ? ソフィアとノエル(エリス)って仲が良いんだな」


「元々知り合いだもの。当たり前じゃない」


 何とか誤魔化したけど、レイナが疑わしそうな目で見ている。

 だけど、さすがにアレクが魔王だとは思っていないわよね。


「アレク、そういうことか……ああ、誤解するなよ。俺はおまえのことを詮索する気なんてないし、レベルを隠してたことだって何とも思っちゃいねえ。俺たちは仲間なんだから、おまえが強いに越したことはねえよ」


「ああ、グランならそう言うと思ったよ。ということで、これからもよろしく頼むな」


 アレクとグランが顔を見合わせてニヤリと笑う。


「あ、グランだけズルいよ! アレク、私だってアレクが強いのは嬉しいからね」


「ああ、ソフィア。解ってるって……まあ、そんなことよりも作戦会議だな。さっきグランも言ってたけど、魔族軍の狙いはおそらくクルセアだ。そして途中にあるサリア村も襲撃されることになる」


 アレクはまるで他人事のように話を進める。

 確かに今は魔族軍をどうにかしなくちゃいけないけど。

 私がいったい誰のせいで……


 ジト目をしても、アレクには全然効果がなかった。

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