第一二三話 伯爵(カウント)
「さて、このビルだねえ……随分と寂れたビルだな」
「そうですねえ……元々この辺りは古い建物が多い土地柄だそうですけど、これは少し……」
私とエツィオさんは、とある下町にある目的の弁護士事務所……というか恐ろしく寂れたビルの前に立っている。正直言えば……私がもし弁護士のお世話になるとしてもここは嫌だな、と思えるくらいの印象である。
昔よくお母様が相談してた弁護士のおじさんはとても綺麗な事務所を構えていて、身なりも綺麗だし私にいつもスイーツを渡してくれる、それはもうとても優しいおじさんだったなあ。
「エツィオさん……ここ、美味しいお菓子出してくれますかねえ」
「君は何言ってんだ? 今から殴り込もうって話なのに」
エツィオさんがめちゃくちゃアホの子を見るような目つきで私を見ているが……私は過去の経験から弁護士のおじさんイコールお菓子持ってきてくれる優しい人という刷り込みがなされているので仕方ないのだ。あ、だめだ涎が出そうだな。
「私弁護士のおじさんにスイーツよくもらってたんですよねえ……美味しかったんですよぉ」
「……そ、そうか……でもまあここは出ないと思うんだよな、これ見てみな」
エツィオさんはビルの入り口に軽く手を振って
この魔法はそれほど破壊力が高いわけではなく、無防備な頭に当たったらミンチにするくらいだが、それでも障壁はまるで威力を吸収するような動きを見せた。
「これって……」
「待ってました、ってところかな。情報が漏れてるみたいだね、全く……」
イタリアでも内部統制を担当し、
実はKoRJには内部統制を行う部署はあるのだが、エツィオさんは戦闘員としての登録をしているため統制側のチェックはしていないという。
八王子さんには文句を伝えているが、なかなか書類上の手続きが多く権限移譲までは時間がかかるのだとか。
「ま、仕方ないさ……行こうか。これは外部からの攻撃を防ぐための障壁だから、出入りは可能だと思う」
エツィオさんが先頭でビルの入り口へと入っていく、私も慌てて彼の後をついてビルに入ると……急に視界が真っ暗になる。
これは……独特の気持ち悪さというか一瞬だけ浮遊感のようなものを感じた後足が地面についた感覚が生まれる。はっとして後ろを振り返るとビルの入り口は消えており、戻ることができなくなっている。
「これは……」
「
その証拠にビルの中だというのに、壁には不思議な装飾が施されてた西洋風の石造りの壁に変化している。軽く触れてみると、少しだけ湿気を感じさせるしっとりとした感触を指先に感じた。
私は
「わたしたちが来るのをわかってこれを仕掛けた、ってことですよね?」
「そういうことだな……それと、気がついているかと思うがこの感覚は
エツィオさんも指をゴキ、と鳴らして魔力を集中させていく。確かに……腐敗臭というか、独特の死臭がこのビルには立ち込めている。
むしろこんなに違和感しかない場所によく一般人が立ち入ったな……と別の意味で感心するが。
『……これはお前たち用の出迎えだろう、一般人には表の事務所へと誘導しているはずだ、それでも普通は入らんな』
わたしたちが警戒をしながらビルの通路を進んでいき、上部階へと移動していくと階段を抜けた先はだだっ広い空間になっていた。
四方を壁に囲まれ天井までご丁寧にあるとはいえ、ビルの大きさから考えるとこんな空間は内部には存在しないので、既にここは異空間ということになるだろうか。
「随分なイケメンと……美味そうな
目の前にまるで闇が染み出したような影が生まれると、そこからずるり……と一人の男性が現れる。その姿は……まるで。う、嘘だろ……私は相手の姿に衝撃を受けて一歩後退する。こ、こんなことはありえない……あってはいけないはずだ。
「私の名前は……シグリット伯爵とでも呼んでくれたまえ。日本名は別にあるがね」
「ちょっと待って! その姿で
私たちの目の前に現れた男性は、小太りで丸メガネをかけており、禿げ上がった頭に申し訳程度の髪を残した、少しだらしない感じのくたびれたスーツを着た冴えないサラリーマンといった出立の男性だった。
彼は頭を撫でてから、軽くペン! と叩くと私に向かって口を開くが……その仕草があまりにおっさん臭くて私は唖然とする。
「私が知ってる
前世でも
そのため、私の記憶にある
「……この女は何を言っているんだ? 頭がおかしいのか?」
シグリット伯爵は少し中のシャツが見えているお腹をぽこん、と叩く。だ、だめだ……こいつ美的感覚が完全に狂っていやがる。
私の中の優しく頼り甲斐のある弁護士像を破壊しつつ、シグリット伯爵は両手を広げてまるでマントを翻すような仕草をするが、当たり前の話だがマントなんかないわけで……くたびれたスーツがふわりと舞う。
そして私の感覚にとても刺激的な匂いが……これは香水? その時
『……香水っていうか……これふりかけすぎでは……』
う、うん。たまに電車とかに乗ってるんだけど、鼻炎か何かで体臭がわからなくてひたすらに香水とか、色々なものをふりかけすぎて異臭を放つようになった人みたいな状態で、中には明らかに高価そうな香水の匂いも混じってるのだが……これは残念すぎる。
ふと横を見るとエツィオさんはもうすでに気分が悪そうな真っ青な顔をして鼻を押さえており、本当に帰りたそうな死んだ魚の目をしている。これはまずいぞ……。
「灯ちゃん、僕はこんな品のない香水の使い方は初めてだ……」
「……死なないでくださいね」
とはいうものの、強烈すぎる匂いで私は思考がうまくまとまらない。むしろこのおっさんに弁護士の相談しに行った藤井さんって実は凄まじい胆力の持ち主では?! と驚愕を隠せない。
クラクラする視界の中で、それまでの印象からすると恐ろしく機敏に、私たちとの距離を詰めてくる。
『いかん、防御だ灯!』
くそっ……
「ミカガミ流……絶技、
咄嗟に体を回転させて
なんだろう……酔っ払った小太りのおじさんが宴会芸用おもちゃのドラキュラの歯を咥えて威嚇しているようにしか見えない。やだ、もうなんか色々な意味で光景がおかしい!
「あー、もう私まで嫌になるわ!
「無駄無駄無駄無駄ァッ!」
素に戻って叫ぶエツィオさんが手のひらから激しく電流を打ち出して伯爵へと攻撃するが、彼は
この匂いは……もう何だかわからん! 香水の匂いと吐き出した液体の匂いが混ざってもはや異臭が辺りに漂う。正直言って吐きそうなくらい気分が悪くなってきたが、私は必死に左腕で顔を押さえながら前に出て刀を振るう。
「ミカガミ流……
だが流石に無理な体勢と構えから放った
動きだけは一丁前に
始祖
そして魔法能力や戦闘能力も通常の個体よりもはるかに高い。
以前会った鬼頭さんや藤井さんなどのレベルではない……というかこれ私とエツィオさんの二人で対処できるレベルなのだろうか?
私たちを見て、牙を剥き出しにした伯爵は咲う。
「フハハ! わざわざ我が
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