第一一四話 神話級(ミソロジー)

「これで……とどめだ! 死ねっ! 偽物の剣聖ソードマスターよ!」


 テオーデリヒの会心の一撃が、何かに気を取られて動かない新居 灯の顔面を撃ち抜くべく繰り出される。戦いの最中に何かに気を取られたかのように動かなくなった彼女を哀れに思う。

 死を目前にして現実逃避でもしたのか、テオーデリヒの拳を凝視したまま動かない、殺した後は……観客にくれてやろう、死体を弄ぶのが好きな愚かな人間がいたはずだ。

「可哀想だが……古くより街は略奪するもの、女は犯すものと相場が決まっている……悪く思うな」


 拳を振り抜いたテオーデリヒは違和感に気がつく……撃ち抜いたはずの拳にいつまで経っても女の肉体を撃ち抜いた感触が伝わらない。

 おかしいと思いながらも拳の先を見るが、そこには先ほどまで立っていたはずの女の姿がない……どういうことだ? 撃ち抜かれる瞬間まではあの女はそこにいたはずだ。

 周りを確認すると、テオーデリヒの背後……少し離れた障壁の縁に新居 灯が立っている……先ほどまでと同じように荒い息を吐き、血を流しながらだが。

「高速移動か? それにしては……動いた瞬間が見えなかったが……」


 障壁の外にいた新居 灯の仲間や、オウメも何が起きたかわからずに呆然としている。観客も状況が理解できずに静まり返る。

 当の新居 灯はこめかみの血を拭って、倒れそうなくらいにふらついているが……テオーデリヒは違和感を感じる。先ほどまでの気弱さを見せていた表情ではない。

 一瞬で表情に変化が起きている……テオーデリヒの感覚に恐ろしく引っかかるものがある。危険だ……この女は恐ろしく危険だ。

 不用意に手を出すとまずい、テオーデリヒは目の前の少女に恐ろしく不気味なものを感じて、背中が冷たく感じた。

「貴様……何を考えている……そして今の高速移動はお前の異能か……?」




「さて……全て破壊するものグランブレイカー、お披露目は派手にやりましょうね」

 私がギリギリのタイミングでテオーデリヒの後ろへ回っていたのは、お分かりの通り異能とかではなく、全て破壊するものグランブレイカーの演出に他ならない。

 死なずに済んだ、というのはとてもありがたいことではあるけど……あの喋る魔剣、演出だとか言ってたけどこれなんか勘違いでもされないだろうか、あのタイミングで攻撃を避けるような能力は私にはないのだから。


『だがお前の能力は頭で考えているほど低くはない、制限リミッターを外せば同じような行動は可能だろうに』


 全て破壊するものグランブレイカーの声が頭に響く……そうね、私は今までこの世界の人間としての軛に囚われていた気もする。

 それは大きな間違いだった……私はこの世界の人間でありながら、この世界の人間の制限には当てはまらない存在なのかもしれない。

 でも……この世界には私の大好きな人がいて、私を愛してくれる人がいて……だから世界を守らなければいけないから……私は最後までこの世界を守るために戦う。

「いくわよ……お披露目は派手にって言ったわね……期待を裏切らないでね」


 私は何もない空間に手を伸ばす……テオーデリヒ含めて、エツィオさんもリヒターも、先輩も先輩にしなだれかかっているオレーシャですら私の突然の行動に驚き、そして全く理解できないという顔をしている。

 しかし私の手は何もない空間ではなく、空間に突如出現した汚泥のような黒い何かに消える……。その光景を見てエツィオさんが驚愕の表情を見せる。

「な、なんだあれは……お嬢さんシニョリーナ……君は何をしようとしているんだ」


『さあ、お披露目だ……所有者新居 灯よ、世界を救おう……』


「いくわよ……全て破壊するものグランブレイカー!」

 ずるり、とその汚泥のような黒い波打つ空間から私は全て破壊するものグランブレイカーを引き抜く……美しい刀身と刃文、そして和風ではないが、オリエンタルな意匠を施しているこの世界での全て破壊するものグランブレイカーが紫電と共に姿を表す。

 その刀身は美しいが、まるで古い日本刀のように怪しく美しく輝いている……何もない空間からいきなり日本刀を引き抜いた私を見て、その光景を見ていた全ての者の思考が止まる。

「ば、馬鹿な……先ほど破壊した……お前の武器は破壊したぞ……」


 テオーデリヒが驚愕の表情を浮かべる……あれは……先ほどまでのこの世界の剣ではない、見ただけでわかる濃密な魔の気配。あれは魔剣だ……しかも普通の等級グレードではない。

 神話級ミソロジーと呼ばれる等級グレードの武具が彼の世界にも存在していた。神話の時代より神々より伝えられるものだ。

 彼自身は数回しか見たことがない……戦争の趨勢を変えてしまうようなレベルの武具、それが神話級ミソロジー……そんな圧倒的な存在感をあの日本刀からは感じる。


「そうね……私がただの女の子なら、あの一撃で死んでるし、こんな武器は持ってないわ……でも普通じゃないからら……」

 私は全て破壊するものグランブレイカーを空間から引き抜いて目の前に構える……まるでずっと昔から使い慣れたかのように、恐ろしく軽く手に馴染むのを感じる。

 この全て破壊するものグランブレイカーはまさに私の魂と接続されており、決して折れることもなく離れることもなく……この先も世界が変わっても私と共にある私自身でもある武器だ。


『そうだ……新居 灯。我の所有者よ、高らかに宣言せよ、そして全ての敵を討ち滅ぼせ、我は全て破壊するものグランブレイカー……全てを破壊する魔剣なり』


「ミカガミ流……泡沫ウタカタッ!」

 私は一度全て破壊するものグランブレイカーを軽く振るうと、凄まじい速度でテオーデリヒへと踊りかかる。

 それまでとは鋭さも速度も違う泡沫ウタカタがテオーデリヒが咄嗟にガードした左腕をまるでバターでも切り裂くように切断し、血が噴き出す。


「……な、なんだと……」

 それまで新居 灯の攻撃はテオーデリヒの毛皮を切り裂く程度で、全く通用していなかった。しかし今、謎の魔剣を手にした彼女の攻撃がまるでそれまでが嘘だったかのように肉体を切り裂き……最強の獣王を傷つけている。

 静まり返っていた観客が、吹き出す血を見て再びどよめき……興奮から歓声を上げる。


『う、うおおおおおお!』

『な、なんかすげえぞ!』

『とりあえずパンツ見せろ!』


「……私……負けたくないです、誰にもあなたにも……」

 何やらブレない人がいるようだが……私は刀をテオーデリヒに向かって突きつけると、薄く笑顔を浮かべる。苦しいけど、私はもう誰にも負けたくない、心を折られたくない、辛い思いをしたくない。

 私の大好きな人を死なせたくない、悲しませたくない……そして、愛する人たちを守りたい。先輩を傷つけたくない……エツィオさんも傷つけたくない、リヒターだってそうだ……。だから……もう負けない……私は折れない、諦めないんだ。

「だから……悪いけど、もう負けませんよ」


「何を……小娘があァッ!」

 テオーデリヒが再生能力を使って失った左腕を再生させて激昂しながら飛び掛かってくる。かなり大振りだな……その攻撃を体を回転させながらのカウンター技……幻影ゲンエイで今度は右腕を切り飛ばし、難なく避ける。

 今度は右腕……驚愕の表情を浮かべてテオーデリヒは地面に膝をついている……先ほどとはうってかわって、突然の逆転に彼自身が何が起きているのかわからない。観客ですら歓声を上げつつも、突然息を吹き返した私の優勢に戸惑っている。


「くっ……なんて武器だ……まさに神話級ミソロジーか」

 なんだあの刀は……先ほど折った日本刀は確かに業物だったが、それでも肉体を傷つけることはできていなかった。しかし今あの女の持っている刀は全く違う。

 切れ味が鋭すぎる、その証拠に斬られた瞬間の痛みが全くない、切断された腕を見て初めて痛みを感じた……痛みが遅れてやってくるのだ。

 右腕を再生させながら、どうやってあの小娘を殺すのか頭脳をフル回転させる……戦闘能力を今よりも上げるしかない。どうせこの世界では使わないだろうと考えていたが、どうやら自分の間違いだったようだ。

「グフフ……少し驚いてしまったが……我が望む戦いはここにあったようだ……」


 テオーデリヒの雰囲気が変わる……それまでも十分巨躯だったが、筋肉がさらに盛り上がり……毛皮の黒い部分がまるで鎧のように彼の体を覆っていく。

 それまでの肉体では全て破壊するものグランブレイカーを止めることができないと判断したのだろう。


『ふむ……ノエルの世界にも獣人ライカンスロープはいたがそれとは違う生命体だな。だが……あの程度の装甲で我を防げると思っている時点で……児戯だな』


 全て破壊するものグランブレイカーは馬鹿にしたような声を私に伝える……その影響を受けてなのか私の表情も少しだけ緩んでいる。

 私がもし自分の表情を見ることがあれば……その時の私の表情を見て驚いたかもしれない、それくらい私は血だらけの顔で薄く、とても普段では見せないような笑みを浮かべている、その笑みは……。




「灯ちゃん……君は……なぜ笑って……」

「オ、オウメ……あれは……なんだい……」

 涙を流しながら青梅 涼生は目の前で起きている光景を呆然としながら見ている。それまでしなだれかかっていたオレーシャですら、体を震わせて青梅に不安げに抱きついている。

 目の前の少女が放つ圧倒的な殺気、そして虚空より抜き放った刀の恐ろしいまでの存在感から目を離すことができない。

 あれは、あの刀は単なる武器じゃない……よく出来た、もしくは恐ろしいまでに人を斬っている日本刀にはある種不思議な存在感を纏っているものが存在している。

 だが、あの刀は違う……そんなレベルの存在ではない……オレーシャを見ると全身の毛を逆立てて震えているのがわかる。

 青梅は息を呑んで目の前の光景に再び注目していく……思わず彼の口をついてでた言葉に、オレーシャも頷く。


「わからない……君がわからないのであれば、僕にわかるわけがない……」

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