第一〇二話 星幽迷宮(アストラルメイズ) 一一

「大きいねえ……いきなり迷宮主メイズマスターの部屋ってわけではないだろうけど」


「確かにちょっと違いますねえ……何があるんでしょうか?」

 今までのと違って巨大で意匠の凝った扉が設置された壁が床から生えてくる……いや正確にいうと扉のついた壁が私たちと同じ高さに迫り上がっているのだけども。

 エツィオさんが感心したように扉の意匠を眺めているが……確かに今までの扉と雰囲気が違うな。私はエツィオさんの隣で扉の表面を撫でるが、扉の素材自体は木製のようで手触りは普通の扉と変わらない。

 ただ、現世では木製の扉というのはあまり存在しないのでそう言った意味では違和感があるかな、うん。


迷宮主メイズマスターがどう作るかによるな……昔あったのでは迷宮主メイズマスターのいる部屋だけがひたすら上昇していくのを階段で追いかけていく、なんて機構を考えたものがいたそうだ」

 なんだその罰ゲームは……ただまあ、限界まで侵入者を疲労させて最後に残ったものを攻撃する、という悪意ある迷宮メイズを構成することも可能なのだろうな。

 リヒターはそのほかもいろいろな迷宮メイズについて話していく……時間内にパズルを解かないと部屋が押しつぶされるような機構、移動する落とし穴が配置された部屋、休む間も無く魔物が出現していく部屋などなど。


「聞いているだけで気分が悪くなるな……それは」

 エツィオさんが流石にリヒターの語る迷宮メイズの機構の話で流石に引き気味の顔をしている。そりゃそうだな、私も似たような顔をしているわけだし。

 リヒターは話しているうちにご機嫌になってきているようで、かなりどうでもいい知識なども口に出してきているため、私は流石に止めることにした。

「あ、あの……そろそろ扉開けませんか?」


「ん? ああ……そうだな。せっかく二四〇編ある迷宮メイズの攻略指南を話してやろうと思ったのに……残念だ」

 リヒターは少し残念そうな顔をしてカタカタ動きながら、扉を押していく。少し古びた建てつけの悪い音を立てながら扉が開いていく。

 そこはかなり広大な広間になっており、まるで迷宮メイズの外に出てきたかのような満天の星空が広がっている。中に入りながらその星空が広がる空を見上げる……私の目には本当に星空が広がっているようにしか見えない。

「そ、外に出たってことですか?」


「違う、よくみろ……どう見ても書き割り……ってお前もしかして本当に星空に見えているのか?」

 リヒターの声に私は目を凝らして星空を見つめるが、星の瞬きや広がっている夜空は本物にしか見えない……うーん、私の目には本物に見えるのだけどなあ。

 うんうん唸ってあちこち眺めている私を見て、肩をすくめるリヒター……エツィオさんも空を見上げているが、彼も夜空にしか見えていないのか私と同じような動きをしている。

「リヒターの目には書き割りのように写っているってことか」


「そうだ……私の目にはこの星空は書き割りにしか見えない……人間とは違うものを見ているからな……例えば新居が美人だとKoRJでは噂になっているが、私の目には魂の輪郭がどう見てもおっ……」

「ちょっと待ったああああああ!」

 おめえ、何を言い出すつもりだ……私は大声でリヒターの発言を遮ると彼の口を塞いで黙らせる。もがもが言っているが、リヒターは私の顔を見て少し不満そうな顔をしているが、私は流石にそれ以上は発言をさせたくなかったので、そのまま口を抑えて何をしているんだ? という顔のエツィオさんに笑顔を向ける。

「前、見ましょうね、ね?!」


「あ、ああ……わかったけど……な、なんだったんだ?」

 エツィオさんが少し引いた感じの顔をしているのだけど……乙女の危機を乗り切った感を感じて私は少しだけ心に満足感を感じてホッと息を吐く。

 まさか魂の輪郭とか、そういうものを見ているとは思っていなかった……確かに私の前世はノエル・ノーランドというオジ様なので、魂だけを見ているのであれば私はおっさんに見えてしまっていても仕方がない。

 まだ何かを言いたげなリヒターの肩をつかみながら、私は真顔で訴える。


「わ、私女子高生ですから……わかりますよね、言いたいこと……」

「あ、ああ……わかった。ジョシコウセイってのはよくわからないが、新居は一応女性だな」

「一応じゃねえよ……れっきとした女性なの! 生物学的にも! 外見もそうですよね?!」

「あ、はい……なんか、すいません……私不死者アンデッドなんで……」


 リヒターの失言を血眼になって訂正する……なんで私はこんなに必死になっているのかわからないけど、彼に見えている真の姿は少しだけ気になっているところだ。

 前世の姿は私も認識しており……実際見ているからなんだけど、結構ゴリゴリのマッチョおじさんだというのはわかっている。それと現世の姿を比べられると色々、なんというか……イメージというやつがね、崩れちゃうから……。

「なんで君そんなに必死なんだ?」


「な、なんでもないですよぉ……それよりも……あれ、どうします?」

 エツィオさんの言葉におほほ、と口に手を当てて笑いながらごまかす……。志狼さん、先輩、エツィオさんにすら私の前世の姿を見られたくはない。

 これは乙女である現世の新居 灯さんにとっては他人に知られてはいけない秘密でしかないからだ。

 さて、それはそれで広間にいる数人の人影を無視して私たちは騒いでいたので、彼らは少しだけ青筋を立てた状態で一応待っていてくれていた。


「よ、ようやく騒ぐのをやめたか……なんなんだお前らは……」

 そこに立っていたのは男性が三人……全員が少しラフな格好の組み合わせで年齢はそれほど高くない、一番上に見える男性でもおそらく三〇代程度の人間たちだった。

 服はこの世界のものだ、異世界にありそうな民族系の衣装などを纏っているものはいない……つまりは協力者、ということだろうか。

 一番前に立っているのは、黒髪青い目をしたスーツの男性。そしてその後ろに立っている二人は、瓜二つの顔をした金髪の若い男性二人で、シャツにジーンズという比較的ラフな格好をしている。

「ああ、悪いね。うちのお嬢様が少し我儘なもので」

 エツィオさんがあまり緊張感を感じさせない軽口を叩くが、我儘って私のことか? あ?! 文句を言おうとした私をエツィオさんが手で押しとどめる。

 そのセリフを聞いて、スーツの男性がため息をついて、少し理解できないという仕草をして口を開く。

「全く……テオーデリヒ様が戦いたがっていた女剣士とかいうのがそこの……小娘とはな」


「テオーデリヒ……あなた方は何者ですか?」

 私の疑問にスーツの男性がニヤリと笑う……そして彼らは突然思い思いのポーズを取り始める。スートの男性は大きく両手を広げ、そして片足を上げるようなポーズをとって叫ぶ。

「私の名前はラルフ! テオーデリヒ様の親衛隊の隊長であり、牙である!」

「僕の名前はフィリップ! 右の爪!」

「僕の名前はフランシス! 左の爪!」

 瓜二つの顔をした二人の若者もそのラルフの動きに合わせて左右で独特のポーズをとって叫んだ。まるで特撮戦隊モノに出てきそうな大袈裟なポーズをとった三人は、少しの前を置いて複雑な動きを見せるポーズを取りながらその姿を変貌させていく。ラルフは狼獣人ウェアウルフ、フィリップとフランシスは瓜二つの熊獣人ウェアベアへと大きく姿を変えた。

 そうかこいつらは……獣人ライカンスロープ! 一糸乱れぬ動きと共にポーズを決めると彼らは大きく名乗りを上げた。

「「「我ら獣人親衛隊ここに参上ッ!」」」


 しかし……なんの影響でこんなポーズを……呆れたような顔で私たちが黙ってしまうと、その場の空気が少しだけ凍りついたように静寂に包まれる。

 部屋はそれなりに広く、何もない空間の上にあるため余計に静寂が強く感じられるのだ……お互いどうしたものか悩みながらも気の抜けた時間だけが過ぎていく。

 少し間を置いてフランシスが少しだけ困ったように口を開いた。

「ラ、ラルフ……これどー見ても滑ってないか? 大丈夫かこれ?」


「う、うるさい……貴様ら! どうした我々獣人親衛隊の恐ろしさに身動きすらもできないのであろう? フハハハ!」

 ラルフはフランシスの言葉に少しだけ動揺したような様子を見せるものの、すぐに気をとりなおすと鋭い爪の生えた指で私たちを指差して高笑いを始める。

 ど、どうしよう……馬鹿馬鹿しくて戦う気になれない……私はどうしたものかすごく迷う……なんか気が抜けちゃったから帰りたいなあ……。

「新居……奴らを倒さないと惚れた男は戻ってこないぞ」


「ほ、惚れてるんじゃないってば……! でも先輩を助けにきたのにここで帰るわけにはいかないわね」

 リヒターの言葉に私は少し頬を染めて抗議するが、すぐに私は気を取り直して日本刀の柄に手を当てていつでも抜けるような体勢をとる。

 エツィオさん、リヒターもそれぞれ身構えるとこちらが戦闘体制に入ったことに満足したのか三人の獣人ライカンスロープはそれぞれ身構えてこちらに相対する。

「よろしい……それでこそテオーデリヒ様の敵として認定された……KoRJの戦闘部隊! 我らが獣人親衛隊の強さを解くとご覧いただこうっ!」


「速い……ッ!」

 ラルフが少し腰をおとすと、一瞬の間を置いて私の前に瞬間移動のように現れ……凄まじい速度で腕を振るう。咄嗟に日本刀で防御した私はその攻撃の勢いのまま後方へと飛ばされるが、なんとか体を回転させて地面への衝突は避け、そのまま体制を整える。

「ほう……やるな!」


お嬢さんシニョリーナ! ……っ!?」

「ダメダメ、君の相手は僕だから」

 エツィオさんが咄嗟に私の方へと駆け出そうとするが、その前に右の爪、フィリップが立ちはだかる。

 熊獣人ウェアベア……あまり目撃例はないが、直立歩行するヒグマのような外見をした獣人ライカンスロープの亜種だ。

 まさに熊のような怪力と分厚い筋肉、そして圧倒的な戦闘能力を保有していることでも知られている。何より……巨体は恐ろしいまでの威圧感と恐怖を与える存在なのだ。

「後悔するぞ熊獣人ウェアベア……僕の前に立ちはだかったことを……」


「焦るなエツィオ……新居ならそう簡単にはやられはせん……まずは目の前の敵に集中するのだ」

 リヒターが彼に相対するフランシスを相手に身構えたままエツィオを落ち着かせる……そうだな、あのお嬢さんシニョリーナがそう簡単にやられるわけはないな。

 エツィオは少しだけ余裕を取り戻して、笑みを浮かべると両手に魔力をこめていく。


「では、かかってこい!」

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