第六三話 首無し騎士(デュラハン)

「さ、仕事しますかね……戦乙女ワルキューレ行動開始します」


 私は日本刀の柄に手を乗せて歩き出す。

 今歩いている場所は、シンジュクのビル街から少し外れた、住宅街と小さなビル群が乱立する雑多な地区のとあるビルの地下通路だ。

 志狼さんがイギリスへと戻り、KoRJは人手不足に陥っていた。戦えるメンバーとしては私、先輩、悠人さん、江戸川さん、ヒナさんの五人がいるものの、全員が揃うことはほぼない。


 江戸川さんは商社の仕事があるため海外に出張していることも多く、先月オダイバで戦闘を行なった後は訓練指導とかで欧州へ赴いて戻ってきていない。

 悠人さんは……関西支部に移動して降魔被害デーモンインシデントへの対応をしているが、メッセージアプリで随分と綺麗な女性に囲まれている写真などを送ってきているので、彼なりに楽しんでいるんだろう。

 あれだけ私に対してセクハラをしまくってくる割に、こういう写真を送ってくる神経がよく分からないが……あ、これは新手のセクハラなのかもしれないな。


 ヒナさんは自分のお店が忙しいということで、ここ最近はあまり支部へと顔を出していない……八王子さんは通っているとメッセージアプリで報告をしてきてくれている。

 先輩は……どうせプライベートで会うことになるだろうから、別に仕事で一緒にいなくてもいいやと思ってるが……そういえばラテ奢ってもらう話をしていた気がするが、全くその気配がないのが残念なところだ。

 メッセージアプリはよく飛んできていて、その日に起きた出来事だったり部活の話などが多く、大会が近いとかであまり私にデートしようとかは要請してこないあたりは彼らしい。


 今回は私一人で任務を受けることになっている……こういう時間はあっていい、ちょっと前まではペアで行動することが多かったのだが、ここ最近は一人というケースも増えている。

 今回出現した降魔デーモン首なし騎士デュラハンと聞いている……前世での首なし騎士デュラハンってどんなのだったっけなあと思い返してみる。


 首なし騎士デュラハンは生前騎士や戦士だった者が不死者アンデッドとして生まれ変わった姿だ。

 ふつーに戦死したとかではこの不死者アンデッドへはなれず、人生に強い恨みや未練を残した状態で死なないといけないのだったかな。

 馬に乗っているイメージが強いけど、別に馬の乗れるものだけが首なし騎士デュラハンになるわけでもないので、徒歩の首なし騎士デュラハンも見たことがある。


 それと一応不死者アンデッドとしては結構上等な部類に入るので会話もできるし、自由意志というか作成者のいうことを聞かない連中もいるとかで死霊術師ネクロマンサーとしてはあまり創造をしたがらない不死者アンデッドの一つでもあったはずだ。

 前世の仲間であるエリーゼさん的には……確かどうだったかな……記憶を探る私の脳裏に前世の記憶が蘇る。


『前に一度どうしても死んだら首なし騎士デュラハンにしてほしいって騎士がいてね、覚えたての魔法で転生させたんだけど……』

『そんな簡単にできるもんなのか……』

『そいつ、頭を置物のように見せかけて覗きに使ったのよね……最悪だったわ』

『え? ロリまな板の貧相な体を覗いたの? そりゃまた随分好き者な……』

『……お前、そこに座れ。今からウェルダンにしてやる』


 この後ノエルは爆炎魔法を散々に叩き込まれて死にかけた、という最悪な記憶を思い出し少しだけ自分の前世に疑問を感じて、私は痛む頭を抑えて少しだけ転生したことに感謝する……だってエリーゼさんも転生してきたら私どういう顔してあえばいいかわからないもの。


 アマラを倒した後に少しだけ休む時間を得た私は、死ぬ前までの前世の出来事などを思い出そうとして、数々の黒歴史を掘り返しては悶絶していた。

 中にはとても良い記憶なども多く存在していて、前述のエリーゼ ストローヴとうまく噛み合って強敵を倒したり、多くの人を救ってその結果彼女と祝杯をあげたりなど、思い返しても本当に良い仲間だったんだなと思う記憶も出てくる。


 彼女の外見は、金髪碧眼の見た目はお人形さんのように小柄な……一五〇センチメートルくらいの背丈をした女性で、顔立ちは愛らしいという表現が正しい女性だった。年齢は二〇代後半に差し掛かっていたがぱっと見は一六歳くらいの少女、と説明されてもわからないくらい大きな紺色の魔法使いの帽子ウィザーズハットにぶかぶかの紺色のローブに身を包んでいた。

 杖は神話時代ミソロジーから伝わる彼女の背よりも遥かに大きな杖に座って移動していた……そう、杖に乗って空中移動ができるというのも彼女の特徴で、膨大すぎる魔力を少しでも還元するという名目だったか、何かで彼女は歩くことはほとんどなかった。

 どうしても歩かなきゃいけないことがあると、すぐに愚図るのでノエルが彼女を背負っていることも多かったな。


『もしご乱行がすぎてシルヴィに振られたら……あんた私の助手になって世界中を旅しなさいな』


 今から思えばエリーゼさんはノエルのことを憎からず思って、むしろどちらかというと好意を持って接していたのではないか? と思うことが多いのだ。

 ノエルが怪我をするたびにシルヴィと共に看病をしたりしている光景もよく記憶に残っているし……。

 前世のノエルも彼女の好意を感じていたようだが、シルヴィという大切な女性を優先してわざわざエリーゼさんに怒られるようなことをしていた節もある。


 そういうことを理解していたのか、エリーゼさんはあれだけ揶揄われてもノエルのそばにいることが多かったようだ。

 ノエルの死に際……エリーゼさんはシルヴィ以上に泣き叫んでいたのが最後の記憶でも残っている。本当に好きだったのだろうな、と彼女の気持ちを考えると少し申し訳ない気分にすらなるのだ。

 今エリーゼさんとあえたら……『本当は前世のノエルも貴女のこと気にはなってたんですよ』と伝えてあげたい気持ちではある。

 いや……まあ、余計なお世話、か。エリーゼさんもノエルの死後は良き伴侶を見つけることができたんじゃないかな、と私は少しだけ寂しげな笑みを浮かべる。


「おっと……仕事中だったわね」

 私は深く記憶の中を探って周りを全く警戒していないことに気が付き、慌てて索敵を開始する。とはいえ感覚を鋭く研ぎ澄ましていくだけである程度周囲の状況が理解できていく、と生命としての反応に近いものは……虫とかネズミのような小さな生命体が動く気配だ。

 しかし……この地下通路は奇妙に魔素の痕跡を感じるため、私はこの場所において最近何かしらの魔法に関する儀式が行われた可能性を考えている。

「やはり不死者アンデッドを作ったから、かしらね?」


 通路は正直狭く……日本刀を振り回すには少し狭いため、日本刀の柄に置いていた手を背中に差してあるドゥイリオから拝借した小剣ショートソードに軽く手を当てておく。

 この小剣ショートソード、海外で作成されたもののようだが恐ろしく硬い金属を精錬したものだったようで、開発部の台東さんが造りの良さに驚いていた。

 切れ味も鋭く、予備武器としては勿体無いくらいの業物だった。

 せっかくなので私がその後も使っていてよく整備をしているが、ドゥイリオも手入れを怠るような人間ではなかったようで、細かいところまで手を入れてあって彼の武器に対する愛情を感じるのだ。

「いい武器だよねえ……って」


 感覚に生命ではないが、少し歩いたような何かをしているかのような振動を感じて私は一気に警戒体制に入る。重さとしては人間クラス? いや少し大きいか。

 通路の先に光の漏れている扉が見えている……私は警戒を続けながら、足音を立てないように慎重に前へと進んでいく。

「……そうだっ! まずは……しろっ!」

 背中から小剣ショートソードを引き抜き、左手で逆手に持つ……近づいてくるに従って、中から何かを指示するような声が聞こえてくる。


 ……中で何してるんだ? もしかして人質が存在しているとか?

 KoRJの話では逃げ遅れた人はいないという話だったが……そもそも地下から不気味な声が聞こえるとかで、通報があって警察からあまり事情を聞かされずにこちらに回された案件と聞かされている。

 とはいえ前世の首なし騎士デュラハンの印象からいくと人質を取ったり、とかはあまり聞かなかった気がするんだよな。騎士道とかそういうのではなく、首なし騎士デュラハンへと転生した段階で自己顕示欲が肥大化してしまうことがあって、その欲求を満たすために生前のプライドとか名誉欲とかに強く惹かれるのだとか。

 それでどうしても騎士っぽく行動するようになるとかなんとか。


 扉の前に立ち、私は深く息を吸って……大きく吐くと扉をゆっくりと開けていく。

 部屋の中にいる首なし騎士デュラハンに気が付かれないように中へとするりと潜り込んだ私の目に、想像を絶する光景が広がっていた。


「そうだっ! 我が体よ! そこは真っ直ぐ背中を立てるのだ! はい! サイドチェストッ!」

 机の上に乗せた首なし騎士デュラハンの頭が、胴体に対して何か指示をしている。……その胴体は異様な格好だ。

「……え?」

 上半身というか非常に小さな赤いブーメランパンツを履いており、鎧の類は着用していなくて……全身は彫刻のように筋肉質であり、褐色にこんがりと日焼けした肌は何かを塗りたくったようにぬらぬらと輝いている。


 これは……いわゆるボディービルダーってやつですか? 頭も兜のようなものは被っておらず綺麗に剃り落としたスキンヘッドで、不気味に輝く黒曜石のような目だけが異様……いやすいません、この光景自体が異様だよ! こんなの!

「はい、ここでーっ! ダブルバイセップス!」

 頭の指示に従って、体側が筋肉を強調したポーズをとる……思考停止した状態で私は呆然として固まっているが、そんな私に気がついたのか首なし騎士デュラハンの頭がどうやったのかこちらを見た。

「お? お客さんか……しかも可憐な少女だな……体よ、ワタクシを持つといい」


 その言葉に従って首なし騎士デュラハンの胴体が頭を持ち上げて脇に抱えると、頭が笑顔を浮かべて名乗りを上げる。

「我が名は首なし騎士デュラハンのヴィーティー! 待っていたぞKoRJの可憐な少女よ!」

 名乗りに合わせて体がサイドトライセップスのポーズをとる……こ、これは……変態だ! 変態が出たぞ! こういう時に私が取れる行動はそれほど多くない。

「あ、すいません。部屋間違えたみたいで……お邪魔しました。って……え? ちょ、ちょっとなんで開かないの」

 笑顔を浮かべて頭を下げると、私は扉をあけて外に出ようとするが……扉はなんらかの力で固定されているのか、びくともしない。

 そんな私に向かって、首なし騎士デュラハンのヴィーティーは笑顔を浮かべた顔を持ったままアブドミナルアンドサイのポーズをとると再び口を開く。


「フハハハ! 貴様逃げようとしたな! 逃さんぞ……あの方達からもお前をここで始末するようにと言われておるのだ!」

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