第一五話 鷲獅子(グリフォン)

 東京のビル群に奇妙な影が舞う。


 降魔デーモン……妖鳥ハーピー、女性の顔と鳥の体をした怪物で、けたたましい声で鳴く。人を襲い、子供を攫うなど人にとっては厄介な怪物だ。その妖鳥ハーピーが遠くから聞こえるヘリコプターの爆音に気が付き……数十体が飛行しながら警戒の声をあげている。

 その不気味な声がビル群に木霊して……不思議な旋律ハーモニーのようにも聞こえる。


「では、そろそろ私は行きます、あとはよろしくお願いします」

 私は、ヘリコプターを操縦しているパイロットと、江戸川さんに挨拶をする。下にはビル群が見えるが私の身体能力ならここから平行移動で目標まで接近できるだろう。

 私の現世の趣味でもあるテレビゲームでもこんなシーンがあったな、と思い出す。私はそこまでアクションゲームを得意としている訳では無いのだけど、正直いえば一度あのシーンのようにビル群を飛び回ってみたいと思っていた。

 少しだけ私は興奮しているのだろう……頬が軽く熱く感じる。


「おう。妖鳥ハーピーは任せてくれ」

 江戸川さんは手に持った狙撃用のスカウトライフルを見せて笑う。狙撃用のスペシャルモデルらしく、マズルが少し長く、大きなスコープがついている。ボルトアクション式だが、これは彼なりの拘りらしい。

「もう少しビルに寄せますか?」

 パイロットは私を心配しているようで、もう少しヘリコプターをビルに寄せる様に提案してきたが、私は笑って断る。髪をかきあげて……にっこりと笑うと私はとても自然に空中に身を投げ出した。風が私の長い髪を巻き上げる。

「大丈夫ですー、気流にも気をつけてくださいね」


 あまりに自然と空中へと投げ出した私をみて唖然とするパイロットの顔がどんどん遠くなる。

 私は姿勢を変えて黒髪を靡かせて最寄りのビルへと凄まじい勢いで自由落下していく。日本刀を持つ手を広げて少し空気抵抗を増して速度を落とす。

 空気抵抗! こういった知識も現世で覚えた。前世では科学知識というのはほとんどなかったし、これほどの高空から自由落下するという経験はしたことがなかった。


 そういえば、前世では落下スピードを落とすという魔法速度減退スローフォールがあって……本来は別の用途に使うものだったらしいが、ノエルのパーティーリーダーでもある勇者キリアンは飛竜ワイバーンの騎乗が趣味でもあったことから、この魔法をよく使って空中から奇襲をかけていた。

 なんで空から飛び降りるのだ? と聞いたら『イケメンの勇者が空から降りてきたら格好いいだろ?!』という実にくだらない答えを返されて……私は呆れたことがあるのだが、今はその魔法があったら彼の気分を味わえたのだろう、残念ながら魔法が使えない私には無理な注文なのだが。


 視界に少し高めのビルが接近する。それを見た私は体を回転させて、そのビルの壁を軽く蹴り、落下方向の力を変換して水平方向へと飛ぶ。視界に一気に別のビルの屋上が広がり……私は滑るように屋上へと着地する。

 私の腰まで伸ばした黒髪が大きく舞い、捲れ上がりそうなスカートを片手で押さえながらだが。こういう動作も現世の習慣で身についてしまった動作だな、とは思う。軽くスカートを叩いて、まとわりついた埃を払う。


 軽く周りを見渡すと、思ったよりも目標のビルから離れたビルの屋上へと降りてしまったようだ。舌打ちをしてどちら側に飛べばいいのだろう? と考えてるといきなり声をかけられた。

「あ、あの……今どこから……ここにいらっしゃいました?」

 屋上に急にすっ飛んできた私を見て、屋上を見回りしていたであろうライトを片手に持った守衛のおじさんが呆然とした顔で見ている。あれ?人払いが済んでないじゃない。

「退去命令は出ていませんでしたか? すぐにビルから退去してください、それとこれは夢ですよ」


 私はおじさんの顔を見て……満面の笑みを向けると、あ、ああ……と訳がわからないという顔で頷くおじさんは何度も頬をつねったりして夢かどうか確かめているようだ。

 そのまま私は軽く手を振ると、着地したビルの屋上を駆け出し夜のビル群へと大きくジャンプした。まずは次のビルへ飛び移り目的地まで全力疾走していくが、インカムに軽く声をかけておく。

「ビルの屋上に守衛さんが残ってましたよ、対応お願いします」




「じゃあ、こっちは仕事を始めますか、鷹の目ホークアイ行動を開始する」

 江戸川は狙撃用のスカウトライフルを構え、左目の眼帯を外す。眼帯の下には強化人間サイボーグ化手術で手に入れた、人工眼球……と言っても眼窩全体に埋め込まれた超精密なレンズを中心とした、高性能な強化デバイスである天眼クレアボヤントだ。

 この不気味すぎる外見から、普段は強化プラスティックで構成された眼帯をつけて誤魔化している。

 銃に接続された特殊スコープと天眼クレアボヤントを超光速通信用のコードで接続すると、レンズの回転にスコープが連動して複雑に回転する。

 天眼クレアボヤントの能力で、遠距離で高速飛行する妖鳥ハーピーに恐ろしく正確に標準が合っていく。装弾数と同じ、一〇体の妖鳥ハーピーをマークしていくと、江戸川の視界に『目標補足』の文字が浮かぶ。


「こういうのを七面鳥撃ちターキーショットっていうんだ」

 トリガーを引くと、軽めの発射音が響き……寸分違わず目標となった妖鳥ハーピーの頭が吹き飛ぶ。

 ボルトを操作し、次弾を装填していき、トリガーを引いて弾丸を発射する。薬莢がヘリコプターの床へと落ちて軽い音を立てていく。

 妖鳥ハーピーの警戒の鳴き声が響くが、江戸川の射撃は次々と命中していく。狙いは全く逸れず、妖鳥ハーピーの頭を次々と打ち抜いていく。流石の妖鳥ハーピーもこの精密射撃に驚愕したのか、慌てて複雑な飛行で回避運動を取る。

 このスカウトライフルの装弾数は十発。空になったマガジンを引き抜き、次のマガジンを装填する。ボルトを引き、妖鳥ハーピーをターゲットしていく。銃声が響くたびに、妖鳥ハーピーは撃ち落とされていく。

「さて、新居はちゃんとやってるかな?」




 私はビルからビルへとジャンプして移動している……月夜に輝く黒髪が、制服が舞う。現状は報道管制がなされているということで、話題にはならないだろうが……見たとしても普通の人には、現実のものとしては理解できないだろう。

 目標のビルに近づいていくと、妖鳥ハーピーが次々と打ち落とされているのが見える。江戸川さんの射撃だろう。流石の精密さ。

 ほとんど全力で疾走しながら、ビルとビルの谷間をジャンプで超えていく……ジャンプの瞬間に少し施工が甘いコンクリートが凹むが、これはもう仕方のないことだ。

 妖鳥ハーピーが何体か私を見つけて攻撃を仕掛けてくるが、ビルの壁面を全力疾走していく私は走りざまに日本刀で叩き落として突き進む。

 次のビルだ! 私は一気に加速すると、目標のビルへとジャンプする。


 私は空中で回転して勢いを殺していくと、ビルの屋上へと降り立つ。とはいえ結構な勢いが出ており、コンクリートに軽くヒビが入り、轟音と共に粉塵が舞う。

「げっほげっほ……派手に登場しすぎた……」

 粉塵が風に流され、私の視界がクリアになるとそこには……鷲獅子グリフォンが驚いたようにこちらを見ていた。驚いた表情をしているものの、こちらをいきなり襲う様子はなさそうだ。


「さて……あなたは元の世界に戻れるのかしら?」

 ゆっくりと日本刀を抜き、相手へと突きつけ……鷲獅子グリフォンの様子を見る。

 鷲獅子グリフォンは威嚇を始める。私が自分を倒しにきた、と認識したらしい。咆哮をあげて大きく翼を広げ……前足を振り上げる鷲獅子グリフォン。彼らの前足は鷲の足のように鋭く尖った爪を持っている。後ろ足は獅子の足だ。


 この威嚇する姿も、前世ではお馴染みのポーズだ。この後鷲獅子グリフォンが取る行動はあまり多くない。

 振り上げた前足を凄まじい速度で振り下ろす鷲獅子グリフォン。その攻撃を紙一重で躱すと私は攻撃に転じる。体を回転させて刀を横凪に振り払い、鷲獅子グリフォンの前足を切断する。


「ミカガミ流剣術……幻影ゲンエイッ!」


 悲鳴をあげて慌てて空へ逃げようとする鷲獅子グリフォンに向かって飛ぶ。

 背中にふわりと着地すると私は……そのまま無慈悲に刀を振り下ろす。少しの抵抗と……肉を切り裂く感触が手に伝わる。鷲獅子グリフォンの巨大な鷲の頭が地面へと、そして巨体がビルの屋上に倒れ、そのまま動かなくなる。


「安らかに、ここはあなたが来て良い世界では無かったの」

 私は倒れた鷲獅子グリフォンに軽く頭を下げると、刀を回転させて鞘に収め周囲を確認していく。鷲獅子グリフォンは巣を作る習性があるため、そこに何かを隠している可能性もあるのだ。これは冒険者時代によく宝を探す感覚で巣を漁ったなあ、とその時の記憶が鮮明に蘇り……私は期待感を込めて巣を漁る。


 光る物や、宝石などが鷲獅子グリフォンは大好きだったはずだ。が、そこにあるのはガラクタばかり……どこから持ってきたのか、メッキされた車のバンパーや、自転車、そして信号機などが所狭しと巣の中に詰め込まれていたのだ。

「まあ……鷲獅子グリフォンが好きそうなものばかりだけどね……人がいなくて良かったわ」

 私は一人苦笑すると、前世の冒険で勇者ヒーローキリアン・ウォーターズとのやりとりを思い出す。


『ノエル、鷲獅子グリフォンって慣れると騎乗できるんだってよ! ちょうどいいところに野生の鷲獅子グリフォンがいるから乗ってみようぜ』

『……お前……振り落とされてアナが必死に治癒ヒールかけることになるんじゃないだろうな……アナが泣くぞ?』

『ひどいこと言うなあ、よしわかったお前は俺が振り落とされないように一緒に乗るんだ!』

『は? 何言ってんだ、お前一人で乗ってこいよ……』


 あのあと確か無理矢理鷲獅子グリフォンを捕獲したキリアンは、嫌がる私を乗せて大空へ飛び立つと予想通り空で振り落とされて二人ともどもことになった。


 あの後どうなったんだっけ、確か悲鳴をあげながら落下していくキリアンと私を見つけた仲間が速度減退スローフォールをかけてくれてことなきを得たんだっけかな。

 それでキリアンは速度減退スローフォールを取得して自分で対処できるようになり、その後の『イケメン降下』に繋がったんだよなあ……前世の記憶に思わず一人吹き出して笑う私。

 あれは正直楽しかった記憶なんだ、少しだけ懐かしさともう一度会いたいと思う切ない気持ちが湧き起こる。


 いやいや……まずは仕事を終わらせなきゃいけないな。私は気を取り直してインカムに声を掛ける。

「コードネーム、戰乙女ワルキューレ、目標攻略。回収をお願いします。そうですね……巣にはガラクタしかありません」

戰乙女ワルキューレ了解、妖鳥ハーピー掃討も終了した模様、ヘリをよこす」

 さあ、今日も仕事が終わる。甘いものでも食べて明日に備えよう。


 私は今日の夜スイーツをどこで買って帰るか、考え始めるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る