第19話 セリア
「なんでって……アンタ私の事に気付いてなかったの?」
「いやぁ、目の前のケーキに夢中だったんだ」
休日の昼下がり。
スイーツバイキングのお店で、僕は何故か約束したわけでも無いのに幼馴染と向かい合っていた。
「私と気付かずに女の子の手を握るとか、それ有罪だから」
「差し出された手の意味が分からなくてついね」
僕とセリアはお互い手を握り合いながら言う。
ちくしょう、せっかく理想の美少女が僕の目の前に現れたと思たったのに、まさかコイツだったとは。
なんだか騙されたような気分だ。
「私は前に貸した一万ゴールドを返して欲しかっただけ。ほら、飲み代を立て替えてあげたでしょ?」
「え? あれって二千ゴールドくらいの支払いだったよね? それも僕と君合わせて」
「バカねぇ。世の中には利子ってものがあるのよ」
「いくらなんでも暴利すぎない!?」
立て替えてもらったのは先月の話だぞ?
それがどうして一か月の間に支払額が元本の五倍に膨れ上がるんだよ!
反社会的勢力も真っ青の主張に、僕は驚きを隠せない。
相変わらず、僕に対してのみ発動する暴君体質は健在のようだ。
「それで……僕達はいつまでこの状態を続けるの?」
先程からずっとテーブルの上で手を握り合ったまま会話しているのだが、いい加減これやめていいだろうか。
早くケーキを食べたいし、それに何より……ちょっと恥ずかしい。
周囲の客や店員が僕らを生暖かい目で見て来て凄く居心地が悪いのだ。
僕はさっきから何度も握手を解除しようともがいているが、セリアが持ち前の馬鹿力でガッチリと固定していてどうにも逃げられない。
「ダメ。もうちょっとだけこのまま……」
「はぁ、りょーかい」
セリアは僕と会わない期間が長くなると、こうして僕の体温をしばらく肌で感じたがる。
なんでもこうすると落ち着くから、らしい。
いくらセリアが相手とは言え、僕も美少女にこうして手を握られているとちょっと恥ずかしいのだが。
「そもそもセリア、今日仕事は? お休みなの珍しいよね」
「城にずっといると息が詰まるのよ。だからあのアホ皇女に無理言って休みにしてもらちゃった」
セリアは現在、アホ皇女――第二皇女殿下――直属の<紅の騎士団>の団長として働いている。
主な役割は第二皇女殿下の護衛――のはずだが、まずもってあの皇女殿下に護衛は必要無い。
城にいて皇族を襲う馬鹿もいるわけ無いし、セリアがこうして休んだところで特に問題は起きないのだろう。
「それでせっかく久しぶりにアンタの家へ遊びに行ったのに、どこかに出掛けてていないし。心当たりを色々探してようやく見つけたってわけ」
「そこまでして僕からお金を返して欲しかったの? もしかして金欠?」
帝国に七人しかいない騎士団の団長様が貧困に喘いでいるとはとても思えないが……。
「そんなわけ無いじゃない! お金はついでよ、ついで」
「へぇ、じゃあ主目的は?」
「……ア、アンタとお休みを一緒に過ごしたいなぁーって……。何よ、悪い!?」
セリアは少し頬を赤くして、何故か最後に逆切れをかます。
そしてずっと握り続けていた僕の手をようやく解放した。
どうやら僕の体温を感じるのはもう満足したらしい。
全く、いつもそうして素直でいてくれたら良いのに。
「どうせアンタの事だから、今もまたどこかのロリっ子を育成してるんでしょ? だからせっかくのお休みくらい私みたいな美女と一緒に過ごして癒されないさい」
なんて偉そうな!
癒されなさいとか言っておきながら、いつも僕に全身をマッサージさせるのは何処の誰なんてすかねぇ?
「確かに君が美女であることは僕も認めるけど、かと言って君に癒されるかと言うと……」
「もう、リロイったら! やっぱり私を絶世の美女だと思ってくれていたのね? 本当の事だけど褒めすぎよ!!」
凄い! 自身に都合の良い所しか耳に拾っていないぞこの女!
僕は美女としか言っていないのに、いつの間にか絶世の美女にランクアップしているし。
「それにしても、ロリっ子って……。僕の生徒には男の子もいるんだけどなぁ」
「一人か二人だけでしょ? 他は全部女じゃない」
「それはまぁそうだけど……。あ、そうだ。明日は僕の新しい教え子を連れて<魔術師団>へ道場破りに行くから暇だったら見においでよ」
「……また学生にボロ負けして茫然自失とする魔法使い達が量産されるのね。なんて可哀そう」
人聞きが悪いな。
僕は教え子に経験を積ませてやりたいという一心でこうしているだけなのに。
「セリアの所の<紅の騎士団>が相手してくれるなら僕は別にそっちでも構わないんだけど……」
「せっかく皆過酷な訓練を経て自信を付け始めている所なのに、それを台無しにするのはやめて頂戴」
<紅の騎士団>は、僕と同い年のセリアが団長を務めているだけあって団員もかなり若い。恐らく平均年齢は七つある騎士団の中でも最年少ではないだろうか。
さらに<紅の騎士団>にはある特徴がある。それは団員全てが女性のみで構成されていると言う点だ。
団員が女性だけと聞いても侮る事は出来ない。
未だ男尊女卑の考えが横行している帝国において、実力はあるものの女というだけでくすぶっている人材は多くいる。
第二皇女殿下はその中でも選りすぐりの人材を自身で掻き集め、そして出来たのが<紅の騎士団>なのだ。
よくどの騎士団が最強なのか話のネタにされることがあるが、その最強候補に<紅の騎士団>も必ず名が挙がる。
だからそんな優秀な人達とルナちゃんを戦わせたら、きっといい経験になると思ったのだが……。
驚くほど速攻で断られてしまった。
「どうせアンタの事だから、既に一般人を超越した怪物に仕上げてるんでしょ? そんな相手と戦わせるのは私はともかく、団員には早すぎるのよ」
「怪物って……。ルナちゃんが聞いたらどう思うか」
「アンタはいつもやり過ぎなの! アンタの教え子というだけで、城の中では恐れられてるんだからね?」
「何それ、初耳!」
確かに僕の教え子達にも何人か城勤めの子がいるが、一体何をしでかしたらそんな状況になるのだろう。
「アンタの教え子達は優秀過ぎるの! その癖平民とか下級貴族の子ばかりで皆アンタを怖いくらいに心酔してるから、その内クーデターでも起こすんじゃないかって噂されてるわよ?」
「想像以上の事態だった! 僕がそんな面倒なことする訳ないじゃん」
皇族とも仲が良い僕が何故そんな疲れそうな事をしなくてはいけないのか。
僕は黒髪ロングな美少女と仲良くなってパンツを見せて貰えればそれで満足なのに……。
ちなみに僕の教え子に上級貴族の子がいないのは、貴族としての面目とかプライドが邪魔をして彼らの方が平民の僕にオファーをかけられないだけである。
「じ、実は、私とアンタが付き合ってるって噂もあるわよ……? ホント、困っちゃうわよね?」
セリアはまるで困っていなようなにやけ顔で、その長い髪をしきりにいじる。
そしてちら、ちらとこちらに視線を向けて来て、僕のリアクションを待っている様子だ。
だから僕は言ってやった。
「それは確かに困っちゃうね。その噂を真実だと誤解されたら、教え子が僕にパンツを見せてくれなくなる……」
セリアは僕の発言を聞き、スっと真顔になる。
そしてテーブルの下で、思いっきり僕の足を踏んづけた。
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