第10話 風の大精霊
ルナちゃんの希望を聞いたフーコは、すぐさま風の大精霊を探しに行った。
そこで僕らは今の内に、大精霊と契約する準備を行う。
「精霊と契約するのには、契約者の血を数滴と特殊な魔方陣、それとお酒が必要だ」
「血と魔方陣は何となく分かるけど、お酒?」
「人間と精霊の契約は神によって執り行われると信じられている。お酒はその神様への供物だ。僕は神の存在なんてあまり信じていないんだけど、どうにもこのお酒が無いと契約が有効にならなくてね。今回もちゃんと高いお酒を持って来た」
この用意する三つのモノの中で、最も準備の難易度が高いのが実は魔方陣だ。
これは現代の魔法理論ではまるっきり理解出来ないような、複雑怪奇な古代の魔方陣をそのまま流用する必要がある。
僕は魔方陣の形を完全に暗記してしまったが、そうでない場合は僕のように完全に暗記している人に教えてもらうか、魔方陣が描かれた何百年も昔の超希少な古書を自力で入手しなければいけない。
この極めて希少かつ特殊すぎる魔方陣のせいで、今も帝国の上級貴族達は大精霊との契約を果たせないでいるようだ。
僕はリュックに入れて持って来た白いチョークの先に――先程ルナちゃんから徴収した――血液を混ぜ込み、地面に魔方陣を描き出す。
サイズに指定は無いが、あまりにも複雑なこの魔方陣を正確に描くには、五メートルほどの大きさが必要だ。
「この準備さえ出来れば、あとはルナと大精霊次第。微精霊と違って、大精霊にはそれぞれ個性がある。相手の機嫌を損ねないように気を付けるんだ。勿論、この精霊とはやっていけないと思ったら、君の方から契約を拒否しても良いからね」
「き、緊張してきた……」
もし大精霊をわざわざ呼び寄せて実体化までさせたのに、こちらから契約を拒否したら無礼に当たる。
大精霊の性格によってはこちらに攻撃を仕掛けてくることもあるが、そうなったら僕が守ってあげればいい。
一生を共にする相棒を決めるのだ。妥協なんてするべきじゃない。
「そう言えば、先生。大精霊と契約したらどんな良い事があるの? 頭を撫でれる以外にもメリットがあるんでしょ?」
そりゃあるに決まっている。
頭を撫でる事だけがメリットだったら、そこらのお人形でも事足りるからね。
上級貴族もここまで躍起になって魔方陣の復元に力を注いでいない。
「さっき微精霊は魔法を行使する際に手助けをしてくれると教えたけど、大精霊はその凄い版とでも考えれば良い。魔法の安定性、威力は当然向上するし、コスパも良くなる」
「コスパ?」
「ようはこれまでよりも少ない魔力で、より強力な魔法を撃てるようになるんだよ。これなら魔力が少ないルナでも一流の魔法使いになれる!」
「大精霊凄い!」
他にも大精霊との絆を深めれば、命じるだけで契約者の体内魔力を使って勝手に魔法を行使してくれるといった利点もある。
集団戦では大変に便利な技で、僕もこれまで何度も助けられてきた。
だがこの辺は、まだ教えなくてもいいだろう。
まずは大精霊との契約に集中してもらわないと。
~~~~~~
「連れて来たよ~! ご所望の風の大精霊!」
血液を混ぜ込んだ魔方陣を描き、お酒は中央に瓶ごと置いた。
あとは大精霊を待つばかり。
そうしてしばらく二人で雑談に興じていると、フーコが帰って来た。
どうやらきちんと風の大精霊を見つけて来てくれたらしい。
「ありがとうフーコ。さて、名も無き風の大精霊さん。面倒だと思いますが、実体化してもらってもいいですか?」
精霊には本来名前が無い。
精霊は個人だけでその人生が完結しているし、社会活動なんて行わないからだ。
名前がある精霊は、人間と契約を交わしたことのある精霊だけ。
フーコはこの精霊を紹介する時に名前を言わなかった。
という事は、まだ一度も人間と契約を交わしたことの無い精霊を連れて来たのだろう。
僕の言葉を受け、フーコの隣りに大量の魔力が集まる。
そして少しずつ魔力で体を形作っていき、実体化した。
「こんにちわ~。風の大精霊で~す。そっちの女の子がわたしと契約したいっていう子ね~?」
フーコと同じように、人差し指くらいのサイズのその子は、とてもふわふわした喋り方をした。
フーコがちんちくりんであるならば、この子は少し背が高くスラッとしているからスレンダー。
……相変わらず僕が出会う精霊は貧乳ばかりだ。
「は、はい。ルナって言います。どうぞよろしくお願いします」
ルナちゃんは緊張しているのか、ガチガチになりながら大仰に頭を下げた。
「ルナちゃんね~。よろしく~。わたしと契約したいなら~、面白い人間であることをわたしに証明してちょーだい~」
「お、面白い人間、ですか?」
ちっ、これは面倒そうな精霊が来たものだ。
運が良ければ、なんら条件を出さずそのまま契約に応じてくれる精霊もいるというのに、訳の分からない条件を提示してたな。
面白い人間かどうかなんて、完全にこの精霊の主観じゃないか。
これだったらまだ一日五回以上魔力を食わせろとか言われた方がマシである。
「そうよ~。だってわたしもつまらない人間に何十年も付いて行きたくないもの~。ルナちゃんが面白い子だったら契約するわ~」
「そんな……一体どうすれば」
ルナちゃんが僕に助けを求めるような眼差しを向けてくるが、こればっかりは自分の力で何とかするしかない。
僕とフーコは二人並んで、このお見合い(?)に対し静観を決め込む。
「あ、あたしは魔法学校に通ってる、一年生です! 年は十五才。あなたと契約して魔法が上手くなりたいです!」
「なるほど~。ではあなたの趣味は~?」
なんだかお見合いというよりも、就活の面接みたいだな。
「趣味は何十本ものろうそくに火を灯して、それを一息に消す事です!」
なにその特殊すぎる趣味は!
未だかつてそんな趣味の人間には出会ったこと無いよ!?
自室で一人、ろうそくの炎を消してニヤニヤしてるルナちゃんなんて想像したくなかった!
「へ~。ろうそくが何かは知らないけど、なんか楽しそうね~」
ろうそくという存在を知らないからそう言えるんだよ!
あのちっぽけな火を消した所で、爽快感も無ければ満足感もそこまで得られないんだからね!?
「じゃあ得意な魔法属性は~?」
「火でしたけど、最近風の方が得意になって来ました」
「あら~、それは高評価よ~!」
得意な属性であればあるほど、魔力が美味しくなるらしいからね。
精霊からしたらかなり大きいポイントだろう。
「では特技は~?」
「特技は……イマジナリーフレンドと仲良くなる事、ですかね」
そんな特技ある!?
「あたしのクラスは、貴族とかお金持ちの子ばっかりで、全然話が合わないんです……。だから空想の友達を作って、心の隙間を埋めるのがいつのまにか得意になっていました」
悲しすぎるよその理由は!
どうりで学校の話とか友達の話題が会話に出てこない訳だ。
まさかルナちゃんがこんな寂しい学校生活を送っていただなんて。
もしかしたら険悪そうな雰囲気だったロザリーちゃんでさえ、ルナちゃんからしたら親友みたいに感じていたのかもしれない。
「分かるわ~。わたしもよく脳内お友達を作って会話してるもの~。この前なんて、とうとうイマジナリー彼氏まで作っちゃった~」
精霊って彼氏とか作るのだろうか?
あまりそんな話は聞いたこと無いけど。
僕は隣りのフーコに視線を向ける。
すると、流石は僕達の仲。
以心伝心で僕の言いたいことをすぐに察してくれたフーコは、首を横に振って肩をすくめた。
どうやらこの精霊が特殊過ぎるだけらしい。
「では最後の質問で~す。ルナちゃん、あなたの胸は何カップ~?」
何だその質問は!?
今までとは打って変わった下種な質問内容に、僕とフーコは驚きを隠せない。
ほら、ルナちゃんもビックリして目をかっぴらいてる。
「そ、それは契約となにか関係があるんですか?」
もっともな疑問である。
現在のルナちゃんのスリーサイズは69、61、70だったはず。
トップとアンダーの差が8しかない事から、彼女は立派なAAカップだ。
しかしルナちゃんは胸の小ささを結構気にしている。
いくら精霊からの質問とは言え、そんな屈辱的な情報を容易に口に出したりはしないだろう。
風の大精霊はその疑問を受け、鷹揚に数回頷く。
「これは、これまでで一番重要な事なのよ~! ちゃんと答えて欲しいわ~」
精霊はえらく真剣な顔付きで、そう答える。
その言葉を聞き、ルナちゃんは渋い表情を作り悩む。
そして覚悟を決めた。
「Dカップです」
んな訳あるか!
その真っ平な胸のどこにDなんて大物が隠れ潜んでるんだよ!
詐称するにしてももう少し現実に近付けて言って欲しい。
ほら、精霊も凄い疑わしい顔してルナちゃんの胸部をガン見してる。
流石に盛りすぎたと感じたのか。
ルナちゃんの顔にはダラダラと冷汗が。
そして修正した。
「やっぱCカップです」
やっぱって何!?
それでもまだ無理があるよ、ルナちゃん……。
ほら、遂に精霊もルナちゃんの胸を見ながらめちゃくちゃ酸っぱい梅干しでも食べたみたいに険しい表情をし始めた。
こ、この断崖絶壁がCカップ? 四次元空間にでも収納してるのかよ。……いやしかし本人がそう言ってるしなぁ。
そんな心の声が透けて聞こえてくるようだ。
するとルナちゃんも、とても信じられないといった様子の精霊を見て、嘘を突き通すのが苦しくなったのか。
とうとう真実を告白した。
「すいません、ホントはAAカップです……」
そこでようやく精霊も、現実にそびえ立っている絶壁と申告された数値のイメージが合致したのだろう。
うんうん、と嬉しそうに頷きながらルナちゃんの顔の近くに移動する。
そして花が咲くような満面の笑みで言った。
「よぉ~し! それならわたしがルナちゃんと契約してあげる~!」
この精霊、絶対自分よりも胸が無いのを確認して乗り気になっただろ……。
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