第10話 番を乗せて
ブルクハルトが音を頼りに結界沿いを進むと、狐の魔獣が数匹見えてきた。辺境伯領の魔獣は特に凶暴で、人の匂いを感じとると迷わず襲いかかってくる習性がある。今回の魔獣も例に漏れず、結界で隠されていた人間の匂いを感じ取って街の方を目指して走っていた。
「聞いてはいたけど、辺境の魔獣は大きいのね」
「ティナが戦ってきた魔獣とは強さも速さも段違いだ。気を引き締めていけよ」
「はい、お兄さま」
ガスパールが心配そうに見守る中、クリスティーナが弓を構える。地上を歩く魔獣相手なら、竜騎士が竜の背中を守る必要はない。竜の魔力温存のために竜騎士も積極的に討伐に参加する。それは重々承知しているのだが……
ブルクハルトは魔獣を射程におさめると、クリスティーナが矢を放つ前に氷の刃を口から吐き出した。その無数の刃は回転しながら飛んでいき、魔獣の全身に勢いよく突き刺さる。
【……】
ブルクハルトは動いている魔獣がいない事を確認して、小さく息を吐き出した。周囲の平原まで凍りついているが、そのうち溶けるだろう。
「……連携を考えてよ。練習にもならないじゃない」
ブルクハルトの背中から、クリスティーナの困惑した声が飛んでくる。
【俺もクリスティーナちゃんと同意見。使った氷の数も相手に対して多すぎるよ。ハリネズミみたいになってるじゃん。なんか、魔獣に同情しちゃう】
【……】
ブルクハルトは皆に責められて首をすくめる。今日の目的は魔獣の殲滅ではなく竜騎士の選定だ。そのことは十分理解していたが、魔獣を前にすると無意識にクリスティーナを守る最善の行動をとってしまう。
ブルクハルトが恐る恐る首をクリスティーナの方に向けると、慰めるように鱗を撫でられた。情けないが拒否もできずにされるがままだ。
「次は気をつけてよ」
「竜騎士の役目は竜の護衛だ。間違えるなよ」
ガスパールの言葉にブルクハルトは小さく頷く。何故か優しい声なのは、クリスティーナに対するブルクハルトの想いに共感しているからかもしれない。
今度こそ、連携を考えて行動しよう。ブルクハルトは自分に言い聞かせながら飛んだ。それなのに……
「私が守るから、少しは信頼してよ」
【……】
戦闘がはじまると、どうしても二人の連携はうまくいかない。というより連携以前の問題で、ブルクハルトが一人で戦ってしまうのだ。ブルクハルト自身も分かっているのに、身体が勝手に動いてしまうのだからしょうがない。
クリスティーナはブルクハルトの
ヴェロキラ辺境伯家の始祖はどうやって戦っていたのだろう。その後の歴史で番を竜騎士にしなくなったことを考えると、やはりブルクハルトと同じように番を守りながら戦っていたのかもしれない。
【今度は鳥型の魔獣みたいだね。ブルクハルト、大丈夫? 俺らが倒してもいいけど……】
エッカルトがブルクハルトの心情を探るように聞いてくる。
「青龍、行くわよ! 今度こそ、自分の仕事に集中して!」
心が折れかけているブルクハルトとは違い、背中に乗るクリスティーナはやる気満々だ。魔獣は四羽。二人で力を合わせれば、手こずる相手でもない。ブルクハルトはエッカルトに大丈夫だと頷いた。
「もう結論は出てると思うがな」
【まぁ、もう少し様子をみてあげようよ】
ガスパールはため息をついていたが、エッカルトが後方に下がっていくと、それ以上は何も言わなかった。
「私が矢を射って、こちらに注意を引きつけるわ」
ブルクハルトが街を目指して飛んでいる魔獣に近づくと、クリスティーナが魔力をこめて弓を引く。ブルクハルトは援護したい気持ちを唇を噛んで耐えた。口の中に血の味が広がる。
「えい!」
クリスティーナの放った矢は風の魔力を帯びて轟音を立てながら飛んでいく。そのまま吸い込まれるように魔獣の腹部に突き刺さった。
ギャー
矢を受けた魔獣はひどい叫び声を上げて落下していく。ドスンと音を立てて地上に落ちた魔獣は、そのまま動かなくなった。
【おー、さすがはガスパールの妹だね。この距離から一発で仕留めたよ】
「当たり前だ。あの程度の魔獣に遅れを取るようでは話にならん」
後方でエッカルトとガスパールが何やら話しているが、魔獣に集中するブルクハルトには、会話の内容までは入ってこなかった。
残りの三羽は落下した一羽を見下ろしたあと、方向転換してこちらに真っ直ぐ向かってくる。憎しみの籠もった魔獣の目はクリスティーナだけをとらえていた。
魔獣の狙いはブルクハルトの命より大切な
ブルクハルトは頭が真っ白になって、何も考えられなくなった。
【あ~あ。あの魔獣、美味しいのにな】
エッカルトの悲しげな声に、ブルクハルトはハッとする。魔獣を探して視線を彷徨わせると、地上に大きな氷の塊が落ちていた。倒した魔獣の状態に関しては、言葉にしない方が良さそうだ。
「今日はこのくらいで良いだろう。お前たちは先に帰れ」
「はい……」
ガスパールの言葉に、クリスティーナが消え入りそうな声で返事をする。クリスティーナから悲しみや悔しさが伝わってきて、ブルクハルトの胸がズキリと傷んだ。
うまくいかなかったのは、すべてブルクハルトのせいだ。それなのに、申し訳なさよりクリスティーナに怪我をさせなかった安堵が勝る。
辺境伯が最初にクリスティーナを指名した理由が今ならよく分かる。番を溺愛する辺境伯には、こうなる事が分かっていたのだろう。
【ブルクハルト、落ち込むことないよ。仕方がないことさ】
【……】
エッカルトの慰めの言葉がしみる。ブルクハルトは残りの見回りをエッカルトたちに任せて、しょんぼりするクリスティーナを気にしながら演習場に向けてゆっくり飛んだ。
クリスティーナを竜騎士にすることはできない。
クリスティーナを乗せて飛ぶことが幸せで本能が求めていても、ブルクハルトの結論が揺らぐことはなかった。
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