第6話 選定終了

 ジュリアンとの戦いは決着がつかないまま終了した。正確に言うと、ブルクハルトが試験官であるガスパールに終わりで良いと視線を送ったのだ。模擬戦だけでは竜騎士の選定に結論を出せそうにない。


「次は本気のあなたと戦いたいな」

 

「……」


 ジュリアンはブルクハルトの返事を聞かずにふんわりと笑って去っていく。本気で戦わなかったブルクハルトを追及する気はないようだ。

 

「ガスパールさん、ありがとうございました」


 ブルクハルトはガスパールに小声で礼を言う。ガスパールはジュリアンを有力候補の一人とみて、ブルクハルトが納得するまで時間を引き伸ばしてくれていた。


「私は自分の仕事をしているだけだ」


 ガスパールはムスッとしたまま去っていく。その表情が拗ねたクリスティーナに似ていて、ブルクハルトは笑いを噛み殺した。ブルクハルトが思っているほど、ガスパールに嫌われてはいないのかもしれない。



 その後の模擬戦で、ブルクハルトは極力竜人の魔力を使用して戦うようにした。そうすると、数人に一人は魔力の混ざり合う音が聴こえる。ほとんどの者は、そのことだけに集中していないと気づけない程度だ。竜騎士にしたいと思える実力者は、そうしなくても分かるので、ブルクハルトに竜人たちがわざわざ教えなかったのも頷ける。


 模擬戦は候補者の人数にしては早く終了を迎えた。ガスパールが作り出した気絶者の山のおかげだろう。ブルクハルトもその山からは選びたくなかったので特に文句はない。 


 ブルクハルトが水をかけられている気絶者たちをぼんやり見ていると、クリスティーナが駆け寄ってくる。


「ハルト、怪我はない?」


「俺は平気だ。ティーナは?」


「擦り傷だけだったし、治したから平気よ」


 クリスティーナは怪我を治す治癒魔法が得意だ。ブルクハルトをはじめ周りに戦闘職が多いため訓練を重点的に行った結果らしい。


 普段ならクリスティーナに怪我をさせた相手を確認するところだが、今日は主にブルクハルトと戦ったせいだろう。


「ゴメンな」


「謝るようなことじゃないでしょ。それより、指導が始まったみたい。ハルトは参加しなくて良いの?」


 クリスティーナは話を変えて後方に視線を移す。ブルクハルトが振り返ると、弟のヒューゴが見守る中、現役の竜騎士による指導が行われていた。模擬戦に参加していた者のうち数人が、真剣な表情で竜騎士の話を聞いている。三年後に行われるヒューゴの竜騎士選定も層が厚くなりそうで安心だ。


「俺はいいよ。ティーナはどうなんだ?」


 ブルクハルトはクリスティーナの表情を探るように覗き込んだ。竜人は嫉妬深い。クリスティーナは事情を知らないとはいえ、ヒューゴの竜騎士になりたいなんて言われたら……


 ブルクハルトは嫌な想像をして、クリスティーナを無意識に睨んでしまう。慌てて笑顔を作ったが、クリスティーナに気にする様子はない。それどころか、恥ずかしそうに顔を赤らめながら見つめ返してくる。


「私は今回の青龍の竜騎士になりたいの。次回なんて考えてないわ。私は真剣だから、それだけは分かってね」


「お、おう」


 ブルクハルトが動揺しながら返事をすると、クリスティーナは満足そうに頷く。ブルクハルトの肩を使って一生懸命背伸びをするので屈んでやると、クリスティーナは頬に口づけを残して去っていった。


「ティーナ?」


 ブルクハルトは去り際の慌てたような表情が気になったが、クリスティーナの背中に呼びかけても振り向いてはくれなかった。


(どうしたんだ?)


 クリスティーナのことは気になるが、そろそろ竜騎士を決める会議が始まるので、追いかけるわけにもいかない。ブルクハルトが渋々会議室の方に向き直ると、目の前に鬼の形相のガスパールが立っていた。


「そろそろ選定会議を始めたいんだが……真剣に考えてないところをみると、竜騎士は必要なさそうだな。代わりに報告しておくから、勝手に一人で戦え」


「ちょっと、一人で戦えるわけないでしょ!?」


 ブルクハルトが近くに立っていたエッカルトに視線で助けを求めると、エッカルトは面白そうに笑う。クリスティーナが慌てた理由は分かったが、それなら置いていかないで欲しかった。


「遊んでないで行くよ。伯父上たちが気になって待ってるんだ」


 エッカルトは、会議室で待つ竜人の長であるブルクハルトの父と竜騎士団長であるクリスティーナの父に探してこいと言われたらしい。指定時刻までにはまだあるが、今回はクリスティーナも関わっているので気を揉んでいるのだろう。


「早くしろ」


 ガスパールは面倒くさそうに言ってスタスタと歩き出す。ブルクハルトは機嫌の悪いガスパールと楽しそうなエッカルトと共に、会議室に最終候補者を伝えに行った。

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