第18話、任命(強制)
「では早速君に褒賞を与えよう」
笑いを収めた国王は突然そんな事言い出し、賢者は「何言っとんじゃこのジジィ」と思った。
さっきの恐怖が尾を引いているせいで、表情にも言葉にも出せはしなかったが。
とはいえその恐れを見せるのも悔しいと、すました顔で国王に応える。
「・・・まだ何もしておらんし、褒美を頂くような理由に覚えがないのじゃが」
「後になるか先になるかだけの話だ。君には少々損な役目を押し付ける事になる。ならばその分褒美を取らせなければ、本当に反目されてしまうかもしれないだろう。それは困るからね」
「あー・・・」
確かに賢者は先程そんな事を言ったが、深く考えての発言ではなかった。
取り敢えず目の前の化け物を納得させねばと、そして恐怖を打ち倒す為だけの言動だ。
なので何か欲しいという物があった訳でもなく、けれどそこで家族の顔が頭に浮かぶ。
「家族の安全を守る為に手を貸して貰えれば、儂はそれで良いんじゃが」
「勿論。その為に与える物だ」
家族の安全の為の褒賞と言われ、賢者は首を傾げる。
最初からそのつもりであったという発言に、少し興味も含んだ表情で。
それを読み取った国王は、先にリザーロを呼び戻す様にと賢者に告げた。
「リザーロよ、国王陛下がお呼び―――――」
「陛下、何用でしょうか」
「・・・せめて儂に反応してから行かんか普通」
言われた通り外のリザーロを呼ぶと、彼は賢者を無視して即座に国王の下へ。
彼の耳には『陛下が呼んでいる』以外の事が入っていないらしい。
いや、入っていたとしても、国王が呼んでいるならそれ以外を気にする必要が無いのだ。
(ヤベー所の片鱗が見えた。いや、国王がわざと見せたんじゃな)
リザーロは何も間違った事をしているつもりがない。国王陛下こそが最優先なのだと。
ここまで何だかんだとまともな人間に見えていたせいか、余計におかしさが目立つ。
とはいえ国王に害さえ及ばさなければ、良き同僚にはなれるとは思っているが。
「リザーロよ、これから告げる事を周知させて欲しい。特に、精霊術師には確実に」
「はっ、何なりと」
そこで賢者は、国王の発言を理解した。おそらく自分に手を出すなと言うのだろうと。
精霊術師が国王に逆らえないのであれば、確かにそれは有効な手だ。
賢者としても有り難く、報酬としてはこの上ないものだろう。これはきちんと仕事もせねば。
「ナーラ・スブイ・ギリグを筆頭精霊術師に任命する。以後彼女が精霊術師の任務中に放つ言葉は私の言葉と思い、その命に従う様に。ただし国の法を侵す場合はその限りではない」
「はっ! 承知致しました!」
「・・・は? なんじゃと?」
と思っていた賢者だが、国王が言い出したのは全く違う事であった。
賢者はポカンとした表情を見せ、だが国王は楽し気に口元を歪めている。
その顔が見たかったと言わんばかりの表情に、嵌められたと賢者は気が付いた。
「ま、待った待った! 何じゃ筆頭精霊術師って! 何でそんな話になったんじゃ!
「おや、先程私は君に『他の精霊術師をお願いしたい』と言ったはずだが?」
「い、いや、確かに、言っとったが・・・」
単純にあの小娘の事だけだと思っていた賢者だが、国王の狙いは元からそれ以上の事。
癖の強い精霊術師達『全員』を、賢者の力量なら叩き伏せられると判断している。
ならば権限を持たせてしまった方が、今後何かとやり易いだろうという訳だ。
「し、しかしリザーロよ、お主は良いのか。陛下ではなく儂の下につくという事じゃぞ?」
「私の忠誠は陛下に捧げている。陛下が命じるのであれば従うのみだ。陛下の命を脅かし国の法を侵す様な事が無い限り、私はこれからナーラ嬢の下につく事に何の否も無い」
「清々しいまでに国王至上主義・・・!」
リザーロに反対意見を引き出せればと思ったが、忠誠心故に反対理由が存在しない。
彼にとっては誰の下につく事になろうと、国王陛下の益になるならば良いのだ。
その事を理解した賢者は、思わず頭を抱えて唸ってしまう。
ただそんな賢者の様子を見て、父が一歩前に出た。
何時もの優しい目ではなく、強く鋭い目を国王に向けて。
「国王陛下、恐れながら発言をお許し下さい」
「・・・良いだろう。なにかな」
「ナーラは確かに賢い子です。そして山神様の祝福を正しく受けた特別な子だと、親の贔屓目を抜いても間違い無いと思っております。ですが・・・それでもこの子はまだ子供です」
「私は年齢で能力を過小評価しない事にしている。子供を理由に取り下げはしない」
「ですが年齢は経験です。他の貴族と渡り合うには余りに不足」
「彼女に求めるのは貴族としての力量ではない以上、不足が有るとは思えない」
「であれば、万が一の際は陛下の許しを下さるという事ですね」
父が『貴族』をやっている。その光景を賢者はポカンとした表情で見つめていた。
まさか国王に反論をするなど思っておらず、そして父から言い知れぬ迫力も感じて。
ただの優しい父親ではない、確かな貴族家当主が、国王に物申していると。
「・・・良かろう。もとよりそのつもりだ」
「そのお言葉を頂けて安心致しました。これから我が娘を宜しくお願い致します」
そうして国王は、父の意見を呑んだ。万が一賢者が『嵌められた時』は対処をすると。
それは表面上賢者が裁かれる立場に見えたとしても、徹底的に証拠を洗うという約束。
貴族の争いにありがちな、罠に嵌めた冤罪はけしてやらせないと。
国王として、止められない流れでも無理矢理止めると、そう約束した。
「・・・いや待った。それはつまり、結局儂が筆頭などという肩書を得る事になるのでは?」
「そういう事になるな。むしろそれ以外は許す気が無いよ」
「うっ・・・!」
ニッコリと笑う国王の言葉の裏には『死にたくないだろう?』という脅しが含まれていた。
当然賢者はその言葉に気が付いているし、断れないのだという事も本当は解っている。
もとより国王陛下直々の勅命だ。普通に考えて断れるはずがない。
だからこそ父は、断れないなりに安全を保障してくれ、と願い出たのだ。
これは最早逃げられんかと、賢者は大きな溜息を吐いて諦めた。
「筆頭精霊術師の任、謹んでお受け致します」
「ああ、励んでくれ」
賢者が恭しく礼を取って告げると、国王はにっこりと笑って応える。それはもう楽しそうに。
やっぱこのジジィ何時かほえ面かかせてやると、賢者は心の中で強く決意した。
先程の恐怖はもう喉元を過ぎた様だ。相変わらず何処か能天気である。
だがその前に、そこまで言うのであれば賢者にも一つ譲れないものが有ると。
「しかしそうなるのであれば、儂も望みがないとは言えんのじゃが」
「おや、何だい、何か思いついたのかな?」
「あの小娘の様な暴走した者を叩きのめすのは、まあ良かろう。じゃが最悪の場合その命を奪う権利も寄こして貰おう。儂を筆頭とするのであれば、それぐらいの権限が無ければ困る」
「ナーラ嬢、それは・・・!」
「リザーロは黙っておれ。筆頭というのであれば、精霊術師全体の責が儂に向きかねん。となれば儂は精霊術師として相応しくない行為に口を出す権利が必要じゃ。形だけでは無い物がな」
精霊化があれば、確かに力で言う事を聞かせる事は出来るだろう。
けれどそれはその場しのぎだ。自分が見ていない所では暴走しかねない。
筆頭などという役職を付けられてしまえば、その暴走が自分のせいになりかねない。
どうもこの国では、余程の事が無い限り精霊術師の処分は軽い。
おそらくそれを理解しているからこそ、小娘は「おいた」をしたのであろう。
ならば他の者がしないと何故言える。そして抑えるには重い処分を見せる方が早い。
国の法のもう一段階下で、儂の判断で、その命を奪う権限が要る。
賢者はそう判断して国王に告げ、そうして国王は即答は出来なかった。
(確かに彼女の言葉には理屈があるが・・・いくら山神の祝福を受けたとしても子供だ。怒りに任せて、権限を自由に使わないとは言えない。彼女の次を任命する様な事があれば、その時も面倒な事になりかねない・・・落とし所は何処か)
(悩んどるのぉ。ま、儂とてこの要求がそのまま飲まれるとは思っておらんよ。次に精霊術師筆頭などという者を任命する時、面倒な事になりかねんからの。さあ、悩め悩め)
国王が真剣な表情をしている様子を見て、内心ほくそ笑む賢者。
言った事も先程の思考も嘘ではないが、国王が困っている姿が嬉しい様である。
スカートの中で隠れて見えていないが、ご機嫌に尻尾が揺れていた。
そうして暫く目を伏せて思考していた国王は、ゆっくりと視線を賢者に向ける。
「君の判断のみで処断する事は許可出来ない」
「ならば儂はどうすれば良いのじゃ。あの小娘の馬鹿を自分のせいにされて黙っていろと?」
「そうは言わない。君が処断した理由が正統な物であれば良い。でなければ私がその処断を咎めて君を処刑する。その覚悟の下であれば許可しよう」
国王の返答はある意味で許可を出した内容であり、許可を出していないとも言える。
つまり今後次の筆頭なぞが任命された際、この曖昧な許可では下手な事は出来なくなる。
勿論呪いの性質上、本気で問題無いと思って馬鹿をやらかす者が居ないとは限らない。
だがそれは、そんな阿保を任命した国王が悪い訳で、通常は万が一の保険になるはずだ。
ただし目の前の女児はその保険が通用しない。その気になれば好き勝手に暴れられる。
国王はそれを理解した上で権限を与えた。宣言通り、いざという時は命を懸けて殺す覚悟で。
当然賢者もその思考を理解した上で、コクリと頷いて返した。
「・・・良かろう、儂とてただの馬鹿にはなりたくないのでな」
「では筆頭殿に最初の仕事だ。先ずは精霊術師を全員集めて顔合わせをしておいてくれ。細々とした予定のあわせはリザーロに頼めば良い。良いな、リザーロ」
「はっ、お任せ下さい。すぐに手配します」
それはもう儂への命令ではなく、リザーロへの命令ではないのか。
少しモヤッとした気持ちを抱えつつ、賢者も彼に倣って頭を下げた。
そうして下がる様に言われて部屋を後にすると、父が大きな溜息を吐いた。
「まさか我が子がこんな事になるとは・・・人生とは解らないものだね」
「それは儂の方こそ言いたいのじゃが。こんな子供が筆頭とか、絶対嫌がる奴居るじゃろ」
貴族なぞ大概はプライドの塊で、だというのに子供の言う事を聞くのかという疑問。
むしろ相手が子供でなかったとしても、他家の人間と言うだけで文句を言う者も居るだろう。
「ナーラ嬢、国王陛下のご判断に不満があるのか?」
「むしろお主は不満は・・・ある訳無いんじゃよなぁ・・・」
「無論だ。陛下のご命令なのだからな」
「ハイハイ、わかったわい。ならリザーロ、筆頭としての命令じゃ。陛下が告げた通り、顔合わせの為の手はずを整えてくれ。儂には何からやれば良いのかさっぱり解らん」
「承知した。暫くは城に泊まって頂くが、構わないな?」
「仕方なかろう・・・」
これではどっちが指示を下しているのやらと、溜め息を吐きながら了承を返す賢者。
リザーロは早速と行動を開始して、近くの使用人に賢者の案内を命じる。
(国王が絡まなければ普通に有能なんじゃろうなぁ・・・)
評価しているのか失礼なのか微妙な事を考えながら、侍女達を迎えに行く賢者。
だが途中でやるべき事を思い出したと、家族とは別行動をとる事を決める。
護衛を多めに呼んで貰って両親を頼み、賢者はとある場所への道案内を使用人に頼んだ。
『グォ・・・』
(む、どうした熊よ・・・もしや国王に何も対応出来んかった事に落ち込んでおるのか?)
ただその際に熊が悲し気に鳴き、気が付いた賢者は首を傾げながら理由を訊ねる。
すると頭の中の熊はコクリと力無さげに頷き返し、見るからにショボーンとした様子だ。
(あれは仕方なかろう。そういう呪いなんじゃろうよ。この国の精霊である以上、お主が国王に逆らう事は難しかろう。今思えば最初に感じた脅威もお主から伝わったものじゃろうな)
『グォン・・・』
(気にするでない。お主には助けてもらったのは確かじゃし、これからも助けてもらうからの)
『グオン!』
(そうそう、その調子じゃ)
気合いを入れて応える熊をクスクスと笑い、賢者は気持ちを切り替えて前を見据える。
(では筆頭精霊術師として、最初の『仕事』をしに行くとするかの、熊よ)
『グォウ!』
ニッと笑う賢者の顔は、どう見ても悪戯を考える女児そのままであった。
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