第5話「現世へ」
冥府での鬼籍調査を終えた
「と言う訳なので、残念ながらどれだけ探しても呉さんは冥界で見つける事は出来ない。諦めて冥府の審判を受けて、転生するなりしてくれないものだろうか?」
「そうよ。呉さんが死ぬまで、何十年もかかるでしょう。それまで待つ訳にもいかないわ」
閃月と陽華は口々に明明を説得した。結婚をせず、そしておそらく真剣な恋すらする事なく死んだ彼らは、死ぬほど思いつめた明明の気持ちを真に理解してはいない。それは自分達でもよく理解している。
だが、自ら命を絶った罪のせいとはいえ、水落鬼となり溺死した時の苦しみを受け続ける事を見過ごせないのも事実だ。
「自殺したのは確かに罪ですが、あなたの場合他には目立った罪はありません。おそらく審判を受けても地獄に送られるようなことは無く、冥府で何年か雑用をこなせば新たな命に転生するでしょう。このまま水落鬼として本来の道から外れ続けたならば話は別ですが」
疫凶も同様に説得に加わる。彼が語るのは冥界の役人としての知見であり、その内容ならば明明が不要な苦痛を受け続ける事はない。自殺と言う罪を犯したにしては、寛大な扱いだと言える。
「……分かりました。彼が生きているのなら、これ以上待つ訳にもいきません。あなた方の言う通りにしようと思います」
明明はしばらく考え込んだ後、絞り出すような声でそう言った。これを聞いた閃月達は安堵する。明明は今は大人しいが、物の怪と同じような存在である水落鬼となっている。彼女の死後も続く妄執は凄まじいものがあるのだ。その思いは、亡者が本来進むべき冥界の理から外れてしまう程なのだ。
そのため、「何十年だろうと何百年だろうと待つ」とか、「呉開山を冥界に引きずり込んで再会する」とか言いだしたとしても、全く不思議ではなかったのである。
これは、まだ彼女が死んでからそれ程経過していないため理性が残っていたのと、陽華が話し相手になっていたのである程度落ち着いていたからだろう。
「ですが……」
明明が言葉を続ける。
「ですがもしも許されるのなら、彼にもう一度だけでも会って、私の事は気にせず生きて立派な学者になって欲しいと伝えたいのです」
これを聞いた閃月と陽華は、二人して疫凶の方を見る。二人はまだ冥界の理に疎い。そのため、その様な事が許されるのか分からないのだ。そもそも明明が言っている事は、二人からしてみれば「化けて出る」の類にしか思えない。
「不可能ではありませんよ。ここに『
疫凶は懐から古ぼけた鏡を取り出した。その鏡は、全体的には錆が浮き出て緑青がかっているが、鏡面は眩い位に光り輝いている。そして、人間の胴体よりも広い幅の巨大な物だった。なぜ、この様な大きな物体を懐に入れる事が可能だったのかは定かではない。
「疫凶さん、都合の良い物を持ってますね」
「使い走りとしてこき使われてるのでね。現世に行く機会も多いのですよ。これを使わなくても現世に通じる通路はありますが、結構遠回りになりますので」
「じゃ、じゃあ、すぐに行かせてください!」
冥現鏡ですぐに開山に会いに行こうとする明明だが、疫凶は軽く手を上げて彼女を制止する。
「少々お待ちを。あなたは今水落鬼となっている事を忘れてはいけません。この屋敷は特殊な神通力により守られているので大丈夫ですが、あなたは本来体から水を流し続けてしまうのです」
確かに屋敷の外で明明を発見した時は、水を発し続けて辺りが水浸しになっていた事を閃月は思い出した。
「そして、この冥界では問題ありませんが、現世に留まり続けると水害をもたらすほどの雨を呼び寄せてしまいます。もしもそうなったら、あなたの罪は今よりも格段に重くなってしまいます。死んだ後、現世に自然と迷い出て、今言ったような罪を重ねる水落鬼やその他の鬼もいます。その場合方士や仙人に退治され、最終的に地獄に落とされる事になるでしょう。今のあなたの罪が軽いのは、冥界に留まり続けたという、こう言っては何ですが運が良かったからなのです」
「では、どうするのです?」
せっかく現世に行く手段があるのに、それが許されないのであれば、なぜ冥現鏡の存在をわざわざ教えたのか。余計な希望を与えるくらいなら、黙っていた方がましである。
「ここは一つ閃月さんに偵察に行ってもらいましょう」
「俺がですか?」
まさか死んで早々現世に行く事が出来ると思ってなかった閃月は、予想外の疫凶の提案に驚いた。
「そうです。閃月さんは幸い冥府の仕事を手伝う身なので、普通の鬼とは違って現世に留まっても邪気を発する事がありません。なので、先ず閃月さんが現世に行って呉開山を探してもらいます」
「なるほど、俺が前もって呉さんを探し出しておけば、明明さんが現世に行って要件を済ませるまでの時間を最小限に出来ると言う事ですね」
そうと決まれば話は早い。準備を整えて閃月は現世に向かうことにした。
明明から開山の家の場所やよく行く飯店の場所を教えてもらう。現世の記憶が薄い閃月は、住所や通りの名前を聞いても正直はっきり分からないのだが、実際行ってみれば何とかなるだろう。
また、閃月達が留守にしている間、陽華が明明から聞いて描いたと言う人相書きも受け取った。
線の細い優男でありながら、どこか鋭い目付きをしている。明明の様な箱入り娘が好みそうな顔立ちだ。それにしても、恐ろしく上手い人相書きだと閃月は舌を巻いた。とても素人の作とは思えない。
陽華は生前に絵を嗜んでいたのかもしれない。
準備を整えた閃月は冥現鏡の中に身を躍らせ、現世へと旅立った。
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