第3話「鬼籍調査」
水落鬼となった
冥界の役人である
そうであるならば、捜索範囲を広げなければならないのだが、
そして、閃月の形式上の妻である
溺死により水落鬼となった明明は、溺れた瞬間の苦しみを今も感じ続けている。それは自分自身もつらい事だが、共に心中した開山もまた水落鬼となって同じ苦しみを受けている可能性が高い。その事もまた彼女の心を苦しめているのだろう。
「というわけでして、近くには呉さんは見当たりませんでした。次はもっと捜索範囲を広げてみたいと思います。ですので、この辺りの地図か何かを貸してもらえませんか?」
「その事ですが、少々確かめたいことがありまして、先に役所の方で調べ事をしたいと思います」
「はあ、それは構いませんが、何を調べるのですか?」
「それは道中話します。では早速ですが行きましょう。留守番は、陽華さんと明明さんに任せる事になってます」
閃月が留守にしている間に、話はついていたらしい。特に反対する理由も無いので、閃月は素直に疫凶に付き従う。
屋敷を出て歩いて行くと、すぐに辺りの景色が変わった。閃月の屋敷の周りは見渡す限り広大な草原が広がっていたのだが、ふと気づくと綺麗に舗装された石畳の道を歩いていた。ついさっき屋敷の周りを捜索していた時は、この様な場所を見つける事が出来なかった。
どうやらこの冥界では、現世とは違って空間が歪んでいるらしい。おそらく冥界の役人たる疫凶がいなければ、正確に移動する事が叶わないだろう。
「その内、出歩き方を教えてあげますよ。そうでなければ不便ですから」
閃月の考えを見透かしたように、疫凶は振り向きもせずに言った。
そしてしばらく道を歩いていると、巨大な建造物が見えてくる。
「これは……凄いですね。こんなの見た事が無い」
その建造物は、あまりにも巨大な宮殿であった。生前の記憶が曖昧な閃月であるが、ここまで巨大な宮殿は、生きている間も見た事が無いと魂が言っている。
過度に華美な装飾はつけられておらず壮麗さは感じさせない。だが、しっかりとした作りである事は建築の素人である閃月にも一目で分かり、その質実剛健な構えは冥界に相応しいと言える。そして冥界だからといって、禍々しい印象は受けない。あくまで厳粛さを感じさせる。
「待てい! そこな奴、止まれ! 貴様、ここを何処だと思っている。審判を受ける亡者が通るのはここでは無いぞ? いや、ただの亡者では無いな? 一体何者だ、名を名乗れ!」
宮殿をよく見ようと足早に近づいた閃月に、不意に怒号が投げかけられた。
声のする方向を見ると、宮殿の門の前に鎧兜を身に纏った何人かの武将の姿があった。
ただの武将ではない。
彼らの肌は青や赤く、普通の人間とは思われない。これは、血色が悪いとか良いとかその様なものでは決してない。また、その体は閃月の二倍以上はあろうかという巨躯だ。閃月の身長がまだ少年と言っても良い低いものだとしても、あまりにも巨大すぎる。
伝承で語られる夜叉や羅刹の様だと閃月は思った。そして、彼らから発される闘気を感じ取り、反射的に拳を構える。
「貴様、只者では無いようだな。抵抗するならば、悪いが少々痛めつけさせ……あ、あなた様は……」
「
「はあ、そうですか。あなた様がそうおっしゃるならそうします。袁閃月とやら、俺はこの冥府の門の番人たる
「こちらこそよろしくお願いします」
当初は鉄棒を構えて閃月を威嚇した鋭播という番人だったが、疫凶の姿を見るなりすぐに片方の手でもう片方の手を包む拱手礼をして恭しく挨拶した。そして先ほどまでの闘気が嘘の様に、気安い調子で閃月に自己紹介をする。
状況にあまりついていけない閃月だが、あまり考えていても仕方がない。鋭播に丁寧に挨拶を返し、門の向こうへと進んで行く疫凶の後についていった。
「疫凶さん、自分の事をただの獄卒だって言ってましたが、実は結構偉い人なんじゃないですか?」
「ふふ、さあどうでしょうね。それよりも、これからちょっと調べ事になりますよ。文字は読めますよね?」
「ええ、一通りは。それが何か?」
疫凶の素性を尋ねた閃月であったが、はぐらかされてしまい、逆に質問を返されてしまう。生前の記憶が乏しい閃月であるが、文字の読み書きには不自由がない。
「これから死者の名簿である『鬼籍』を調べます。呉開山が本当に死んでいるのか、確かめてみます」
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