コモン・ゴースト・ストーリー
草木も凍る真冬の丑三つ時、北海道札幌市の高層マンション『レジデンス・デビル・サッポロ』 666号室では中年男性二人の会話が佳境を迎えていた。一方の身長が約150cmなのに対してもう一方が約180㎝と極端に異なる彼らであるが、表情はどちらも感極まって似かよっている。
高い方が言葉を詰まらせながら目をつぶり、頭を下げた。
「おかげさんで、気づきました。どうも、ありがとうございます。自分があの時、心臓発作で死んでたなんてね。気づかないもんですね」
応じて低い方も、
「私の方こそ、お礼を、言わせてください」
「では……さようなら」
「はい」
黙祷とよく似た十秒が過ぎると、高い方の姿は跡形もなく消えうせていた。
低い方は静かに部屋を出ると管理人室をたずね、深夜テレビを寝ぼけまなこで見ている管理人に声をかけた。
「おわりました」
「それはそれは……しかしまた出てこないですかね」
「大丈夫ですよ」
「なら良いのですが。いやしかし本当に助かりました」
「いえいえ仕事ですので。それでは」
「お気をつけて」
こうして666号室の地縛霊問題は幕を閉じた。
それでも管理人は翌朝まで気をもんで午前8時を過ぎてからおそるおそる 666号室に入ってみた。何の物音もせず、エアコンが勝手に起動することもない。納得した彼は札幌市役所に電話をかけた。あらためてお礼を言いたくなったのだ。地縛霊に気づいた時、どこに相談していいのかわからなかったので市役所に電話をしたらやってきたのが背の低い男だった。
「その名前の職員はおりません」
「そんなはずないでしょう。あのね、もしかして勘違いされてるかもしれんけれども、私はクレーム入れたいわけじゃないんだ。あの人にお礼を伝えたいんですよ」
押し問答の末、別の職員が電話口に出てきた。
「実はその人いたんです。私の同僚で……」
「ああよかった。いま電話に出られないのですか」
「それがその……彼はずいぶん前に交通事故で亡くなっておりまして……」
「えっ」
ゾ~ッ。
管理人が恐怖に襲われている最中、マンション前ではカップルがだべりながら歩いていた。
「ここってさー、ずっと空き地だよね。いつになったら使われるのかな」
「わかんね。てかお前ここマンション建ってたの知ってる?」
「へ~そうなの。いま知った」
「そのころの幽霊が今も出るらしいのよ。特に管理人がよく出るって。霊能者のサウザン・アイ・マツモト略してサウザーマツが言うにはさあ、そいつ自分が死んでマンションもなくなったの今でも気づいてないんだって」
ゾゾ~ッ。
その頃、東京都霞が関 某官庁の一室。
「課長、差出人の名義が北海道庁になっているメールが届いたんですが」
「そんな困った顔して言うことか。ああ、君は初めてだったか」
「はい。もう北海道には誰も何もいないのは知っているのですが、しかしその、どうしたものでしょうか」
「幽霊からのメールなど存在するわけがない。北海道名義で届いたものはすべて迷惑メールとして削除するように」
エゾ~ッ。
同時刻、アメリカ合衆国 首都ワシントンD.C. ホワイトハウスでは閣議が開かれていた。
「日本政府は相変わらず各国にメッセージを発しています。領域内は生命反応なし。ゴースト・エコーです」
「どれも同じ内容の繰り返しです。従来の対応で問題ないでしょう」
「うん。さっさと次の議題に移ろう」
ゾゾゾ~ッ。
そんな閣議が開かれている北米大陸をはるか上空の宇宙空間から見下ろしているのは、人類の月面基地から定期的に出航する宇宙船『オハカ・マイリ・シップ』乗客の青年だ。
「ああ僕たちの故郷よ。地球よ。もはや一切の生命なき土地よ。ゴーストたちの永遠に閉ざされた惑星よ。僕たち人類はご先祖様が月旅行をきっかけに築いた月面基地でいまも生きています。安らかにお眠り下さい……いや起きてるならお過ごしくださいかなあ?」
ZOZOZOZO~ッ。
『オハカ・マイリ・シップ』が地球の周りを航行している様子は、太陽系からはるか遠くのとある星のとある家で非常にハイグレードなワープ応用型望遠鏡をのぞいている二体の名状しがたい生命体にリアルタイムで見られていた。
「あれがゴースト・ギャラクシー?」
「そうだよ。いまも消滅したことに無自覚な銀河だ。あそこは生物も星々も自分がずっと昔に死んだことに気づいてないのさ」
「ふうん」
「怖くないのかい」
「だってさ、あそこらへんってだーれも自分が死んだことに気づいてないんでしょ。だったら別に生きてるのと同じじゃん。なんにも無いわけじゃないんだもん」
「なるほど。われわれ観測者が生死の判断をしているだけだとも言えるね。それに幽霊は観測者によって存在が確定され評価までされるのだから無では有り得ない」
「幽霊だって何か大事なものがあるんだよ。きっと」
「では何もないとはどういうものを指すのかな?」
「この小説」
「どうして」
「読者がいないから」
小僧ーッ!
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