第410話 ペイジンの手紙
手触りの良い上質な紙に、変に角ばった癖字で書かれたペイジンからの手紙によると、ヤテンが失脚しそうになっているのには、いくつかの理由があるらしい。
まず一つ目が……ペイジン商会が距離を取ったことだ。
思う所があってヤテンとの距離を取ったらしいペイジン達。
その当初、ペイジン達は大したことではないというか、そこまで大きな影響は出ないだろうと考えていたらしい。
獣人国には他にもいくつかの大商会があり、自分達が距離を取ったとしてもそれらの商会が代わりになるはずだと考えていたそうなのだが……我慢強く礼儀正しく、メーア布取引の成功で勢いのあるペイジン商会に見放されたということで、思っていた以上の……予想外と言って良い反響が巻き起こってしまったらしい。
他の大商会までが距離を取り……厳しい条件で商売をするようになり、ヤテンとその一族に少なくないダメージを与えてしまったんだそうだ。
そして二つ目が……ヤテンが私、つまりメーアバダル公の器を見誤ったことだ。
獣人国の王、獣王にはいくつかのルートで私の情報が入っていたらしい。
まずはペイジン商会から。
初めて私と出会った際にペイジン達は、私を良い商売相手だと評し、同時に危険性のない……獣人国に害を与えないであろう良い隣人だと報告していたそうだ。
ドラゴン討伐を出来る程の戦力も有しているとかなんとか、その後に続いた何度かの報告でもペイジン達は私達のことを褒めてくれていたようだ。
次に獣人国参議であるキコから。
血無しの獣人である息子達……セキ、サク、アオイの3人を預けても大丈夫な場所なのかとイルク村までやってきての確認をしたキコは、獣王にイルク村はとても良い場所だったと、そんな報告をしたそうだ。
私の人柄にも問題なく、獣人達が笑顔で暮らしていて……まず間違いなく獣人国と良い関係を結んでくれるだろうから積極的に友好関係を結ぶべきだ。
王国と揉める訳にはいかないし、私が失脚して別人が領主になっても困るし、打てる手は打っておくべきだろうと、そんな報告だ。
ただ報告しただけでなく実際にキコは息子達をイルク村に預けていて……獣人国の重臣でもある参議のキコが最愛の息子達を預けたというのは、言葉での報告以上の印象を与えることになったんだとか。
そして同じ参議であるヤテンの報告は……ペイジンやキコの評価とは全く真逆のものとなったそうだ。
キコと同じくイルク村に足を運び、私と言葉を交わし器を見定め……ヤテンは私を愚鈍で蒙昧な三流の器であるとの判断を下したんだそうだ。
まぁー……実際その通りというか、私自身も私のことを大した人物ではないと思っている訳だが……ともあれヤテンは随分と機嫌良く獣王に、あの程度の器ならどうとでも出来ると、そんな報告をしたようだ。
都合よく利用しても良いが、反対にいつ排除しても問題はなく、やろうと思えばいつでも排除出来る……から、とりあえず今は静観で良いだろうと、と。
獣王としてはペイジンやキコから聞く私の人柄と、ヤテンから聞く私の人柄の違いに困惑したそうだが……人を見る目のあるヤテンからの報告を信じ、ヤテンが立てた方針……メーアバダル草原には特に手出しせず、静観するとの方針を取ることにしたんだそうだ。
……だが今になってその判断は間違っていたのではないかと、そんな声が上がり始めているらしい。
何もない草原だと静観していたら想定以上に大きく立派な関所が出来上がり、そこに駐屯している兵力でもってのアースドラゴン討伐が行われ……結果は大成功。
獣人国の精鋭でも難しいような戦果を上げた大関所、その周辺にはいくつもの畑が出来上がり、鉱山までが出来上がり……モクモクと煙を上げての鍛冶仕事が行われている。
いざ王国と戦争しようとか私を排除しようと思ったら、大きな障害になることは間違いない……と、言うかどう攻めたものかと頭を悩ます規模となってしまった。
その上私は……私達は神々との邂逅まで果たしてしまっていた。
アクアドラゴンとの戦い、そこで『獣の姿をした神』が現れ私達を助けてくれた。
それは作り話や与太話ではなく、その場にいたペイジン・ドが神の姿をしっかりと目撃していて……その報告を受けた獣王はかなりのショックを受けてしまったらしい。
ただショックを受けただけでなく獣王は、何もなかった草原に大きな関所を作り何体ものアースドラゴンを討伐した……それら全ては神の助力があったからに違いないと、そんな勘違いまでしてしまったんだとか。
そして何故獣の神は自分達に助力してくれないのかと……獣人である自分達をこそ助けるべきではないのかと、そんなことを考えるようになり……思い悩むあまり体調を崩してしまったらしい。
まぁそこまで重い病ではなかったというか、数日で回復する程度のことではあったそうなのだが、それでも獣王の体調を崩してしまったという結果は重大で……誤った報告をしたヤテンに責任があると、そんな流れが出来上がってしまったんだとか。
神に認められ助力を受ける程の大器、それを三流とは何事か、静観などすべきではなかったのではないか。
そんな流れでもってヤテンが糾弾され、私との距離を縮めていたペイジン商会やキコが評価され始め……ヤテンを追い詰めるつもりはないと慌てたキコが取りなしたことで処分まではいかなかったそうだが、それでもヤテンの立場は相当に悪いものとなってしまったんだそうだ。
そしてヤテンが失脚しつつある最後の理由……これは内乱が起きつつある原因の一つでもあるのだが、国境が安定したことが問題になっている……らしい。
獣人国と王国……メーアバダル領との間で約定が交わされ、関所が出来上がり、今まで色々と問題のあった国境が安定化した。
これだけ聞くと問題どころか、とても良いことに聞こえるのだが……獣人国やヤテンにとっては思わぬ問題となってしまっているようだ。
私がこの草原に来る以前は、王国からの侵入者……奴隷を狙った盗賊なんかがやってきていたらしい。
更には獣人を捕らえて奴隷として王国に売りにいくという、とんでもない獣人なんかもいたそうだが……私が草原に来てからはそういった問題が起きることはなくなった。
無くなった結果……それに備えていた警備の兵士達が暇になってしまったんだそうだ。
更に獣人国の中には王国へ報復戦争をすべきだと声を上げる領主なんかもいて、そのための兵力が集められていたそうなのだが、約定によりその必要がなくなったというか、不可能になり……より多くの兵士達が暇になってしまった。
暇になってしまったのなら鍛錬に日々を費やすなり、別の職に就くなりしたら良いと思うのだが、獣人国の兵士達は全く違う考え方をするようだ。
つまり……王国を気にしなくて良くなった、後背を気にしなくて良くなったのだから、これを良い機会だと捉えて暇になった兵力を国内に向けるべきだ……と、そんな考え方をしてしまうらしい。
……正直この部分に関しては意味が分からず、何度も読み返し、目をこすった上で読み返したのだが、読み間違いとかではないようだ。
そうやって内乱が起きつつあり……そのきっかけとなったのがヤテンが結んだ約定であるのだからヤテンの責任があると、そんな意見が獣人国内で飛び交っているんだそうだ。
私達との約定についてはキコも賛成していたし、余計な争いごとが減るのならと獣王も前のめりで賛成していて、その理屈で言うとキコや獣王にも責任がある訳だが、キコや獣王を責める声はなく……全責任はヤテンに有り、となってしまっているそうだ。
そんな理不尽で無茶な話があるものかと思ってしまうが、そんなことになってしまっているのも、ヤテンが力を失ったことによる影響……らしい。
ヤテンは色々と問題の多い獣人国内の調停役であり、絶え間なく獣人国内を駆け回ることで内乱となることを未然に防いでいた。
そんなヤテンの立場が悪くなったことで、獣人国内の均衡が崩れ始めていて……ヤテンの強引かつ悪辣な手段で押さえつけられていた者達が、ここぞとばかりに声を上げているんだとか。
「いやいや……いやいやいやいや……」
手紙を読み進めていると自然とそんな声が漏れる。
ヤテンに関する内容も理解が難しいが、その先の内容も問題だった。
ペイジンやキコや他の参議、獣王も内乱を望んでおらず、どうにか解決したいと思って動いている……が、上手くいく保証はない。
もし駄目だったなら……メーアバダル公に助力して欲しい、最悪の場合には出兵して欲しい。
「……いやいやいやいやいやいや」
同じ国の隣領ならまだしも、隣国に出兵なんてことは絶対に許されないだろうと考えた私は、しばらくの間そんな声を上げ続けるのだった。
――――
お読みいただきありがとうございました。
次回は手紙の内容とかについてになります
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