第407話 ゴブリンの勇者かく語りき
塩を詰めた樽を用意し、船に乗せて川を下る船を見送り……そうしてから簡単な片付けをすることになった。
食器は軽く洗って持ち帰る、絨毯やテーブルなんかは小屋に置いていく。
これからこの辺りは重要な交易拠点になるはずで……家具も絨毯も出番があるに違いない。
そういう理由なら食器を置いていっても良い訳だが……食器に関してはきっちり洗って乾かして、薬草を漬け込んだ油を塗るなどの手入れをしないとアルナーが怒るので、しっかりとイルク村に持ち帰る。
馬や荷車はゴブリン族の子供や女性に使ってもらい、私達はそれを先導する形で徒歩で進み……そんなイルク村までの道中、ゴブリン族の子供や若者から元気な声が上がる。
「ほんとだ、ほんとに馬ってのが運んでくれるんだ!」
「村に行くと他の生き物もいるんでしょ!」
「ミルクとか酒とか飲み物ってのがあるんでしょ! 海水じゃなくて!」
「火の力で色んな物が出来上がるのも見てみたいですねぇ」
「メーア! メーアに触ってみたい!」
どうやら子供や若者達はイービリス達から聞いたイルク村での暮らし……陸上での暮らしに強い好奇心を懐いているようで、目を輝かせながらソワソワとしている。
大冒険から帰還した勇者達の冒険譚……それに出てくる舞台にいけるというのは、私だってワクワクしてしまうだろうし……海の世界から陸の世界へ来たとなれば、それは尚のことなのだろう。
私だってイービリス達から聞いた海の世界……上下左右どこを見ても色とりどりの魚が舞い飛び、形様々な海藻が揺れ、陸上ではまず見かけない不可思議な生物が数え切れない程住まう世界というのをこの目で見てみたいしなぁ。
「ああ……そう何日も経っていないのに懐かしさを覚えるとは……心とは不思議なものだな」
あれこれと考え事をしながら足を進めていると、隣を歩いていたイービリスがそんな声を上げる。
「冬備えが始まって少し騒がしいが……いつも通りのイルク村が待ってくれているはずだ」
私がそう返すとイービリスは嬉しそうに頷き……その大きな口を勢いよく開く。
「そうか! いつも通りか!
二度目となると冒険とは言えないかもしれないが、それでも愉快な話を持ち帰ることが出来そうだ!
今回来られなかった者達も我らの話を楽しみにしてくれていてなぁ……様々な品を持ち帰ったが、何よりも話が喜ばれたくらいなのだよ」
「イービリス達の冒険譚か……。
冒険からイービリス達が帰った時はどんな様子だったんだ? 皆喜んでくれたのだろう?」
「ん? ああ、それはもちろんだ。
入江に待機していた者達が我らの姿を見るなり立ち上がって大歓声を上げ―――」
と、イービリスの言葉の途中で小柄なゴブリンが駆けてきて元気な声を上げる。
「村に行ったらさ! ニンジン! ニンジンいっぱいある? あんな風に硬くて甘いの、海にはないからすげー美味しかった!」
「ああ、いっぱいあるぞ。
皆が張り切って育ててくれたみたいでなぁ……かなりの豊作になってくれたな」
私がそう返すとそのゴブリンは口を大きく開けて牙をギラつかせながらにっこりと笑い
……それから笑い声を上げながら前方へと駆け進んでいく。
「……詳しい話はまた後で、村についてからにしよう。
今は子供達の面倒を見るのを優先しなければならないようだ……!」
そんな様子を見てイービリスはそんな声を上げ、勝手に前へ前へと進んでいく子供を捕まえるため駆けていく。
上空にはサーヒィがいるし、周囲には犬人族達がいるし、危険なことはないのだが……それでも心配の種は尽きないらしい。
そんなイービリス達の背中を見ながら足を進めて……日が落ちる少し前、イルク村に到着するのだった。
そして歓迎の宴が開かれるとなり……山盛りの魚料理を用意しての宴の目玉はそれらの料理、ではなくイービリスの土産話となった。
ゴブリン達がこちらの世界に興味津々なのと同じくらい、イルク村の皆も海の世界に興味津々で……大量の魚から漂う海の香りを嗅ぎながらの土産話を楽しみたいということになったからだ。
広場に集まり、中央にイービリスのための台を用意し、そこに立ってもらって話をしてもらうことになり……食事で腹を満たし、ワインで喉を潤したイービリスが高らかに語り始める。
「我らが帰還したあの日! 大入江で待っていたのは芳しい潮の香りと、仲間達の大歓声であった!
帰還しないものと思われていた我らの帰還を喜んだ仲間達の歓声は涙と、冒険の完遂という満足感を誘うもので……あの時の感動を我らは忘れないだろう!」
そうして語られるのは海の世界の物語、大冒険を成した冒険者の物語……それを皆は料理片手、飲み物片手に聞き入るのだった。
――――過日 大入江で
イービリス達が船で下っていると、大地が大きく割れたかのような入江が見えてきて、南風に乗って潮の香りが漂ってくる。
それを嗅いだ瞬間イービリス達の胸が沸き立ち……川を泳いでいた者達も水面から顔を出して香りを堪能し始める。
そうこうしているうちに川の水に海水が混ざり、そのことを喜んだ者達が川に飛び込み、激しく泳ぎ……そうこうしていると入江の方から大歓声が上がる。
「イービリス!? まさかイービリス達か!?
い、生きていたのか!? その船はなんだ!? 一体お前達に何があった!? 荒野の先に何があったというのだ!?」
「おぉぉぉー! 帰ってきた! 勇者達が帰ってきた!」
「お兄ちゃん!? 無事だったの!?」
「はーっははははは、若者達が帰ってきおったぞ!!」
何十人ものゴブリン族の姿があり、流れ着いた木材を集めて作ったのか簡素な小屋が並び……どうやらイービリス達の探索を待つことなく地上拠点を作り始めている様子だ。
ディアス達は極めて友好的で、小屋を作った程度で何かを言ってくることはないだろうが、そうではない相手がこの地の主だったらどうする気だったのだとイービリスが苦笑する中、船は大入江と向かって流れていき……そんな流れに乗って何人かが鋭く泳ぎ、入江で待っていた家族の下へと飛び込んでいく。
妻、あるいは恋人、弟妹、親や子……イービリスにとっても嬉しい姿があるが、それでもイービリスは船を守る義務があると船から離れることなく、流れるままに入江と向かっていく。
そして何人かが家族と抱き合い、入江に流れ込む海水の中で泳ぎ合い……興奮のあまりか報告のためか大海に向かって泳ぎだす者まで出てしまう。
そんな中……、
「おかえりなさい……!」
力強く響く女性の……もう二度と聞けないかもしれないと覚悟していた声を聞いてイービリスは、いつにない微笑みを浮かべて、
「ただいま戻った!」
と、負けないくらいの力強い声を返すのだった。
――――
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、ゴブリン達のあれこれです
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