第405話 海魚料理



 エリー達の商談が盛り上がっていく中、今度はアルナー達がやってくる。


 セナイと一緒にシーヤに跨ったアルナーと、グリに跨ったアイハン、それと婦人会の面々が荷車を曳いてやってきて……到着するなり樽に目をつけて魚の塩漬けの確認を始める。


 手にとって匂いを嗅いで……近くにいたゴブリンにどうやって食べるのが良いかなどの話を聞いて。


 それからアルナーは婦人会に指示を出し……婦人会が荷車からレンガや薪を降ろして、レンガを組んで簡易竈を3台作ったなら私に火付け杖を手渡し、着火してくれと頼んでくる。


 火付け杖でもって火を起こすと、その上に鍋が置かれ……なんとも手早く準備を整えての調理が始まる。


「せっかくの客人と魚だ、料理でもてなさない訳にはいかないだろう。

 海魚の料理の経験はほとんどない……が、モールに調理法を聞いてきたから問題ないはずだ」


 と、アルナーがそんなことを言う中、婦人会の犬人族達が樽の中で塩漬けとなっている魚を樽から引っ張り出し、魚の種類ごとに分けて壺に入れ……水につけての塩抜きを始める。


 塩抜きをしたなら試しに一匹、鍋でもって焼いてみて……焼いた魚の味見をしたアルナーが、この魚はどの料理、その魚はあの料理にすると指示を出し……指示通りに手際よく婦人会が動き始める。


 串に刺して焚き火の側に刺して焼いたり、切り分けて鍋に入れてスープにしたり、野菜やハーブと一緒にパンの生地で包んで……それをどうやら焼くのではなく揚げるつもりらしく、油いっぱいの鍋が用意されている。

 

 油が熱くなってきたならどんどん投入されて揚げられていき……綺麗に揚がったなら皿に並べられ、そこにアルナーが用意しておいたワインと酢と砂糖を混ぜたタレをたっぷりとかけられ、なんとも美味しそうな香りと音が一気に広がり、周囲の誰もが喉を鳴らす。


 そんな様子を見てかエリーがささっと商談を切り上げ、犬人族達に指示を出し始め、会談の場以外にも絨毯が敷かれ、木箱で作った簡単なテーブルが用意され、そこに出来上がった料理や食器が並べられ……婦人会の面々が所在なさげに様子を見守っていたゴブリン達に、


「どうぞ席についてください、簡単なものですがもてなしの料理を楽しんでくださいな」


 と、声をかける。


 するとゴブリン達が一斉に笑顔となっていそいそと絨毯の上に上がり始め……ゴブリン式の食前の挨拶なのか、


『大海の恵みに感謝を!』


 そう声を上げて歯をカチカチッと鳴らしてからの食事が始まり……揚げ物以外の料理も次々に運ばれてくる。

 

 焼いた魚の身をほぐし細切りにした瓜と混ぜて砂糖と香辛料の甘辛いタレをかけたもの、バターたっぷりついでに採れたてキノコもたっぷりのスープで煮込んだもの、芋と魚をチーズをかけた上でじっくりと焼いて、真っ赤な香辛料をかけたもの……などなど。


 見たことも聞いたこともない料理が並び、私もそこに参加して味見をしてみると、驚く程に美味しく、よくもまぁ料理法を聞いただけでこれだけのものが作れるものだとアルナーの腕に感心する。


「むう……我らも魚を焼くことはあるが、ここまでの味に仕上げることが出来ん……。

 以前からアルナー夫人の腕前には驚かされていたが、まさか更に驚かされることになるとはなぁ。

 我らが日々食べている魚とは全くの別物かのようではないか……」


 いつの間にか側にやってきていたイービリスも食事に参加してそんな声を上げ……宴というか食事会というか……ちょっとした海魚の試食会となった場は笑い声と良い香りに包まれていく。


 そうして皆の腹が膨れた所で婦人会が片付けと帰還の準備を始め、アルナーが声をかけてくる。


「ディアス、私はそろそろイルク村に戻るぞ。

 マヤ達が海魚を口に出来るのを楽しみにしていてな……新鮮で美味しい海魚なんてものは話に聞くだけでまず食べられないと思っていたらしい。

 それが食べられると聞いてまだ魚が届いてもいないのに食器の準備をしているくらいなんだ。

 そういう訳だから、さっさとイルク村に戻ってやらないとなんだ」


「ああー……私も今の今まで塩の味しかしないような酷い海魚しか食べたことなかったからなぁ……マヤ婆さん達の気持ちがよく分かるよ。

 食事と話し合いが一段落したらイービリス達とイルク村に向かうから、ユルトの準備もしておいてくれ」


 と、私がそう返すとアルナーは頷き、帰還しようと踵を返すが……そこでイービリスが声を上げる。


「夫人! 待って欲しい! 歓迎はありがたいが全員分を用意する必要はないぞ!

 我らが持ってきた魚をここまで美味しく料理してくれただけでなく、まさかそこまで待ち遠しく思っていてくれたとは……こんなに胸が打たれることがあるものか!

 これに応えねば鱗が廃ると言うもの! すぐさま船と何人かを海に帰し追加の魚を持ってこさせるとしよう!

 エリー殿! そういう訳なのでな追加の塩と樽を用意して欲しい! なぁに安心して欲しい! 海の恵みは尽きん! このくらいの大きさの樽であれば千でも万でも楽々と満たすことだろう!

 それと大量の氷があれば生魚や……魚以外の貝やエビも持ってこさせようではないか! これらも焼けば中々の美味さだ!」


「ん? 待って待って、ちょっと待って、今千でも万でもって言った?

た、たとえばですけど、この樽一つを満たすとして、何人のゴブリン族とどのくらいの時間が必要になるんです?」


 続いて声を上げたのはエリーだ、海ではかなりの量の魚がとれると知ってはいたが、具体的なことは何も知らないらしく、イービリスの言い様からその辺りが気になってしまったようだ。


「ん? まぁ……そうだな、4人一組で太陽が少し傾く程度の時間で済むはずだ。

 仮にその一組で一日中漁をし続けたなら……海の状況にもよるが樽10個はいけるはずだ。

 まぁ、網の手入れだのあるからな、毎回同じような成果が出せる訳でもないだろうが……」


 そんなイービリスの言葉にエリーは硬直し、セナイ達と一緒に食事をしていたエイマは口に手を当てて驚き、片付けを手伝っていたヒューバートは目眩を起こしたのかふらりと揺れて倒れそうになる。


 そんなヒューバートのことを犬人族達が支える中、イービリスは皆が何に驚いているのか分からないようで首を傾げて……そんなイービリスにアルナーが問いを投げかける。


「……仮に一族総出で魚を捕まえたとしたら、10日でどれくらいの量になるんだ? あの樽何個分だ?」


「ふむ? 魚をとって下処理をして樽に塩と一緒に詰めて道具の手入れをして……。

樽と塩が山程あるという仮定なら、そうだな……仮の話でも一族総出は現実的ではないので想像が追いつかないが……我の親族総出という話でなら300か400か……500はいけるか?

 流石にそれだけの量となると頻繁に漁場を変えることになるだろうから、そこまで多くないかもしれないが、それでもそこまで遠い数字ではないだろうと思う」


 そんなイービリスの答えを聞いてアルナーが「ほー」と声を上げる中、支えられても尚衝撃の方が上回ったようで、ヒューバートが膝から崩れ落ち、


「王都南の港の漁獲量より多いではないですか……!?」

 

と、そんなことを言いながら地面に手をついて、がっくりと項垂れるのだった。




――――



お読みいただきありがとうございました。


次回はゴブリン漁についてになります。


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