第355話 苦戦
ゴブリン達の突撃はザリガニにかなりのダメージを与えたらしく、見るからに動きが鈍る。
槍を引き抜かれても穴は空いたまま、再生力も落ちているようで……この機を逃すまいと一気に駆け寄る。
そんな中ザリガニは触角を大きく振るい、ゴブリン達を薙ぎ払い、ゴブリン達は身を丸くしながらそれを受けて吹っ飛ぶ……が、見事な着地を6人連続で決めて見せて、どうやら大したダメージはないようだ。
楯鱗、だったか。何も装備せずにその防御力というのは本当に頼りになるなぁ。
「ディアスどん! あっしの舌と手足の力は魔力で強化したもの! 残りの魔力的にもう使えるもんじゃないでん、留意してくだせぇ!」
なんてペイジンの声を背中に受けながらザリガニの目の前まで駆け寄ったなら、その顔に向けて戦斧を叩きつける。
すかさずザリガニは二本の触角を顔の前で交差させて受けるような構えを見せる、が脆い触角だけでは受けきれず、二本の触角もろとも顔の一部を戦斧が砕く。
『ギィィィィィィ!!』
激しい声、同時に何か……なんと言ったら良いのか分からない気配が周囲に漂い、ザリガニの左右や背後へと回り込もうとしていたスーリオ達が「ぐおっ」「がぁっ」なんて声を上げながら足を止めて、それからザリガニから距離を取るべく弱々しい足取りで移動を始める。
「瘴気魔法です! 危機を感じてかなりの瘴気を放っているみたいです! ボクはお守りに張り付いているから平気ですけど、他の人達は危険です! ゴブリンさん達も下がらせてください!」
「イービリス! ペイジン! 下がれ!」
懐からエイマの声が上がり、戦斧を振り上げながら私がそう声を上げると、背後で遠のく足音が聞こえてきて……どうやら無事に下がってくれたようだ。
こうなったら私が頑張るしかない、そう考えながら戦斧を振り下ろすと、突然ザリガニの顔の上の甲殻がコブのように膨れ上がり、それが戦斧を受けて……砕けながら戦斧の動きを逸らし、戦斧が地面へと突き刺さる。
先程から見せている再生力で硬い甲殻を作り出したというか、再生を繰り返すことで硬質化したというか、全く厄介なことをしてくれるもんだと考えながら、地面に突き刺さった戦斧を振り上げるついでにザリガニの顔を下から叩く。
同時にザリガニが触角を振るってきて、ペイジンとエイマが込めてくれた魔力がそれを弾き……ザリガニの顎を戦斧がえぐり、激しく甲殻が飛び散る。
先程のような硬質化を使えば良いだろうに、硬質化と攻撃というか、防御と攻撃は同時には出来ないらしい……飛び散る甲殻までを鎧が防ぐ中、戦斧を振り上げてしっかり構え、力を込めて……叩きつけると同時にザリガニがえぐれた顎から水を吐き出される。
鎧の魔力はもうない、ペイジンにも頼るべきではない、ならばとあえて後ろに飛び退き、水の勢いを受けて吹っ飛び……一旦ザリガニから距離を取る。
距離を取れば水の勢いも量もなくなる、前回の攻撃でそこが分かっていた私は、吹き飛ばされた勢いでもって地面を転げて、転げながら吹き出され続ける水から距離を取る。
「今だ! 瘴気に負けては恥だ!!」
そして響いてくるイービリスの声、またもザリガニが吐き出した水に飛び込んで泳いで、ザリガニへの一撃を成功させようとする……が、二度目はさせまいとばかりにザリガニが水を吐き出すのを止める。
「甘い! 大しけの激流から仲間を守るため、我らはこういった魔法も使えるのだ!」
すぐさま響くイービリスの声、直後ゴブリン達の足元の水がまるで生きているかのように動き始め、大きな水柱を作り出し、ゴブリン達はそれに飛び込んで空へと向かって泳ぎ始める。
そうやってかなりの高さまで立ち上った水柱とゴブリン達は、ゆっくりと孤を描きながらザリガニの頭上へと落下していき……ザリガニの頭や背中など、各所にゴブリン達が構えた槍が突き刺さる。
水を操るというか水流を作り出すというか、そんな魔法でもってゴブリン達は見事な一撃を決めて……頭上や背中への攻撃手段を持たないらしいザリガニは、その身を捩らせてゴブリン達を振り落とそうとする。
だが三叉の槍は深々と突き刺さっていて……そのうち何本かは致命傷のようで、ザリガニの動きがだんだん弱っていく。
……だが同時にゴブリン達の動きも弱っていく、瘴気魔法はまだ続いているらしく、ゴブリン達の何人かは槍を手放し、ザリガニの背中から振り落とされそうになり、それを見た私は大慌てでザリガニの下へと突っ込んでいく。
さっきの水で鎧の魔力はもう無いが、そんなことを気にしている暇はない。
とにかく駆けて駆けて、牽制に投げ斧を投げつけ……戦斧を振り上げ力を込めて、今度こそザリガニの顔を、その頭を粉砕してやると戦斧を叩きつける。
再度水を吐き出されたなら吹き飛ばされるしかなかったが、ゴブリン達の攻撃がそのための体力を……あるいはそのための瘴気を奪ってくれたのだろう、ザリガニは水を吐き出さず、触角を再生することも出来ず、硬質化も使えずに、生気を感じない目でこちらをギョロリと睨みながら戦斧の一撃を受け入れる。
ザリガニの頭が真っ二つになり、その体から力が失われ……瘴気も放たなくなったのか、ゴブリン達がどうにか力を取り戻し、槍を引き抜いたなら念のためにと背中や脇腹へと突き刺す。
だが反応はなく、何度も上げていた悲鳴のような声もなく……どうやら終わったようだと私達は、一斉に安堵のため息を吐く。
私は怪我もなく濡れただけ、エイマも同様、ゴブリン達はかなりの体力を消耗したようだが怪我はなく……振り返ってみればペイジンやスーリオ達も怪我なく元気な姿を見せてくれる。
なんだかんだ終わってみれば楽な相手だったかな……なんてことを考えた瞬間、ザリガニの後方というか、ザリガニの死体の奥からあの声が響いてくる。
『ギィィィィィ!』
「……二体目か!? 皆ここから離れるぞ!!」
驚き悲鳴のような声を上げ、それから指示を出し、すぐさま全員で駆け出す……が、皆の足に力はなく、駆けているというか早歩きしているような有様で……一方声を上げたもう一体のザリガニは、奥の方からシャカシャカとあの足音を響かせてくる。
一体目のザリガニはかなりの速度で駆け回っていた、あの速度で追撃されるとなると馬の足でも逃げられるかは微妙なところで……イービリスやペイジン達を逃がすために
それを見てペイジンは大きく口を開けながらも移動を続け、スーリオ達も歯噛みしながらそれに続き……そしてイービリス達は今にも泣き出しそうな、自分で自分が許せないというような表情をしながらも俯き、ゆっくりとこの場から離れていく。
「マヤ婆さんの占いの苦戦っていうのは、これのことだったか。
……だが諦めずに立ち向かっていればかならず勝てるという内容だったから……まぁ、なんとかなるだろう」
そんな皆の背中を見送ってから迫ってくるザリガニの気配の方へと振り返り、誰に言うでもなくそんな言葉を呟くと……逃げていたはずのゴブリン達が足を止めてしまう。
足音が止まり、気配がすぐ背後にあり……一体何をしているのか、何を思っているのか、そんなゴブリン達に気付いたらしいペイジンが声を上げる。
「イービリスどん! 悔しくともここは耐えて退くでん! ディアスどんに迷惑がかかるだけでん!」
ペイジンがそう言いながら声を上げて、スーリオ達も恐らく足を止めていて……そしてなんとも間が悪いことに、馬の蹄の音が後方から響いてくる。
どうやら小人達を全滅させたらしいアルナー達がこちらに合流しようとしているようで……私はこちらへと向かってくる二体目のザリガニを睨みながらどうしたものかと頭を悩ませる。
馬達があの水を食らったら吹き飛ばされるか転ぶかして重症を負ってしまうかもしれない、その上に跨るアルナー達もひどい怪我をするかもしれない。
だけどもアルナー達に手伝ってもらえばゴブリン達の撤退が上手くいくはずで……ここまで来てもらうべきか、それともこちらに来るなと声を上げて制止すべきか……色々な考えが頭の中を駆け巡る。
あるいはアルナー達の弓矢なら、脆いザリガニの甲殻を簡単に貫けるかも? クラウスの槍なら一撃でザリガニの脳天を貫くかも? 洞人族の耐久力と斧だってザリガニに有効かもしれない、皆に任せて私達は退くべきかもしれない。
まるで夢でも見ているかのように周囲の動きが遅くなっていき、思考だけがどんどん加速していき、あれこれあれこれ考えて、考えすぎて頭が茹だり始めた頃、地面が揺れ始め、何かを砕く凄まじい音が地下から響いてくる。
地震を前兆に現れる亀がまたやってきたか、それとも三体目のザリガニが現れようとしているのか、これ以上考えることを増やさないでくれと、そんな悲鳴を上げそうになった折、急加速し私の目の前までやってきたザリガニが大きく顎を開き、私のことを噛み砕こうとしてきて―――直後、白く大きな何かが地面を砕いてザリガニの真下から現れる。
白くモコモコとした毛に覆われたそれの体はザリガニよりも大きく、私の背丈ほどあるのではないかという頭の左右に生えた角で……くるりと丸まった角でもってザリガニの腹を突き上げる。
『ギィィィィィ!?』
『メァーーーーー!!』
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ザリガニ、白いそれ、私は同時にそんな声を上げる。
背後のペイジンやスーリオ達、イービリス達に駆けつけたらしいアルナー達、更には上空にいるらしいサーヒィ達からも色んな声が上がっているようだが、白いそれの声が大きく、はっきりと聞き取ることは出来ない。
『メァーーーーーーー!!』
白いそれは更に声を上げる、声を上げながら跳躍し、ザリガニの腹を突き上げたまま空中へと飛び上がり……すべての足をジタバタと動かし触角でどうにか白いそれを打ち据えようとしていたザリガニの甲殻が砕け身が裂け、体が真っ二つになってザリガニは絶命する。
そうして二つになったザリガニが地面へと落下し、その後にゆっくりと白いそれが……巨大過ぎる程に巨大なメーアが地面にゆっくりと優雅な仕草で降り立ち、一声を上げる。
『メァン』
そう言って巨大メーアは私達を一瞥してから、その頭を先程砕いてきた地面へと押しやり……そのまま地面へと潜ってしまい、凄まじい音を立てながらどこかへと去ってしまうのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回は戦後のあれこれです。
そしてお知らせです
まず書籍版『領民0人スタートの辺境領主様』第9巻の発売日が4月14日に決定されました!
すでに予約開始している通販サイトもありますので、ぜひぜひチェックしてみてください。
そして明後日16日はコミカライズ最新話、公開日です!
こちらにもご期待いただければと思います!!
応援や☆をいただけると、巨大メーアの毛がふっわふわになるとの噂です。
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