第288話 東西からの来訪者のあれこれ
「それで、あの二人の若者達は何て名前の、どういう立場の者達なんだ?」
スーリオ達を歓迎することが決まり、細かい話は移動しながらしようということになり……そういう訳で関所を通過し、ベイヤースの背に乗って馬車と並ぶ形でイルク村までの森の中野道をゆったりと進んでいる途中、私がそう声をかけると御者台のスーリオが荷台にいる二人の方をちらりと見てから、言葉を返してくる。
「リオードとクレヴェ……一応は俺の部下という形になります。
……二人の両親はそれぞれ、かなりの武功を上げている立派な武人だというのに、あの反乱騒ぎでも全く武功を上げることが出来ず、武力や戦功によって立場が決まる獅子人族の中ではかなり下の立場となってしまっています。
今回二人が同行することになったのは、ネハ様が二人の未来を案じたのと、二人が居心地の悪い獅子人族の集落を出たがっていたのと……ディアス様に二人を鍛え直して欲しいという、それぞれの両親たって希望あってのことなのです。
救国の英雄で、あっさり俺のことを下し、反乱騒ぎでは指揮官としても優秀なところを見せてくださったディアス様の下であれば、あるいは良い結果になるのではないかと……一同がそう考えた結果という訳です」
「武力と戦功で立場が……?
そうすると……戦いが苦手な者達はどうするんだ? 獅子人族は確かに立派な体をしていて、爪も牙も驚く程に鋭いが……どうしたって体付きとか性格が戦いに向いていない者達が生まれてくるものだろう?」
「どう……と、言われましてもどうもしません、としか……。
戦功を上げなければずっと低い立場のまま、次々と現れてくる若者達に追い抜かれ置いていかれて……それが嫌ならば発奮し己を鍛え、戦功を上げるしかありません」
「ふぅむ……他の仕事で活躍するとかは駄目なのか? たとえば……畑作とか、武具作りとか、物資の売買や輸送とか……そういったことも戦いには必要なものだろう?
武功を上げる機会の無い平和な時はどうするのだという問題もあるだろうしなぁ……」
「そういったことは、そういったことが得意な種族に任せれば良いのですよ。
我々獅子人族は戦いや狩りに向いた体をしており、性格もまた好戦的……我々を作り上げた神々がそう望まれたのですから、全身全霊で応えるのが筋というものでしょう。
人間族のディアス様には分かりにくいことかもしれませんが……そうですな、たとえて言うのなら、足を持って生まれたのに歩かない、手を持って生まれたのに何も持たないということを人間族はしないでしょう? それと同じで戦うことをしない獅子人族は存在しないのです。
……平時は平時で盗賊なりを討伐したら良い話ですからな」
あっさりと一切の躊躇なく、それがさも当然のことのようにそんなことを言い放つスーリオ。
スーリオとしては全く悪気が無いようで……そうした考えに何の疑問も無いようで、私はそんなスーリオに対し、何と言ったら良いのか迷ってしまう。
その考えは間違っているのではないか? と他種族の私が言うのは何か違う気がするし、かといって戦いを苦手とする者達にそういった生き方を強制するのは酷のようにも思えるし……。
先程ちらりと見ただけだが、リオードとクレヴェはとても華奢でおどおどとしていて……周囲を警戒している犬人族の動きや気配にさえ驚いてしまっているような有様で……そんな二人に戦場に出ろと言うのはなぁ……。
その体を鍛えることや、身を守る術を教える事自体は難しくないだろうが……戦場で命のやり取りをさせるとなると……良くない結果に繋がってしまいそうだ。
……何と言ったら良いものなのか……二人のためにどうしてやるのが一番なのか。
なんともモヤモヤする気分でそんなことを考えていると、森を抜けて風で草が揺れる草原の光景が見えてきて……それを見てスーリオが声を上げる。
「おお……! これが草原ですか! これはまた駆け回りたくなると言いますか、心躍る光景ですな!」
そんな声を聞きつけてか二人の若者、リオードとクレヴェも馬車の窓から顔を出し……その目をキラキラと輝かせ始める。
「うぉー……マーハティとは全然違うなぁ」
「草原ってこんななのかぁー」
更にはそんなことを言い始めて……どうやら獅子人族にとって何かこみ上げてくるものがあるらしい草原の光景を、目を輝かせるだけでなく耳をピンと立てて、身を乗り出して……全身でもって楽しみ始める。
それを見て私はそんな風に楽しんでいるところに、あれこれ小難しい話をするのも良くないかなと口を閉ざし……スーリオ達にならって草原の光景を楽しむことにする。
そうして時間が流れて、イルク村までもう後半分くらいという所で、スーリオ達全員とベイヤースの頭の上に座っていたエイマと、馬達が何かを聞きつけたのか耳を動かしながら上空を見上げる。
それに引っ張られる形で上空を見上げていると……太陽の辺りで何かが動き、手を額に当てて影を作りながらその辺りをよく見てみると、大きな影の姿があり……その影が凄まじい勢いでこちらへとやってくる。
「どうした? サーヒィ、そんなに急いで」
その影は私の目の前の、鞍の縁に降り立って……翼を整えながらクチバシを開く。
「いや、エリーのやつがな、急いでディアスを呼んできてくれとか言うから飛んできたんだが……ここまで来ているならその必要もなかったな」
「何か急用か? それとも何か問題でも起きたのか?」
一体何事があったのだろうかと、不安な気持ちを抱きながらそう返すと、サーヒィは軽く翼を振ってから言葉を返してくる。
「いやいや、そんな大した話じゃぁないんだ。
ただほら……あー、ついさっき商人が来ただろ、それでその商人とかと以前話し合った……北の山とかのあれに必要な銅貨とか道具とか持ってきてくれたんだよ。
なんかほら、ディアスとお偉いさんが話し合って、約束したんだろ、そういうのをくれって?」
その言葉はなんともあやふやというか、意図的に濁されていて……そんなサーヒィの視線が一瞬、ほんの一瞬だけスーリオ達の方に向けられたのを見て、私は心の中でなるほどとつぶやく。
さっき来た商人というのはペイジンのことで、以前の話し合いというのは外交交渉のことで……北の山のあれこれというのは鉱山開発に関する投資話のことで、サーヒィはそういった話をスーリオ達他所の者達の前でするのは問題があると、そう考えてくれたのだろう。
そんなサーヒィの意図を汲んで私は、ゆっくりと頷いてから……言葉を選びながら口を開く。
「ああ、分かったよ。
サーヒィの言う通り大したことではないようだが、エリーが早く来てくれと言うのなら行った方が良いのだろうな。
そういう訳でスーリオ、リオード、クレヴェ、申し訳ないのだが私は先を急がせてもらうよ。
イルク村までの道のりはこの道をまっすぐに行けば良いのだが……念のためこのサーヒィに道案内をさせよう。
……サーヒィ、頼まれてくれるか?」
私のそんな言葉にサーヒィとスーリオ達はこくりと頷いてくれて……それを受けて私は、エイマにしっかりと掴まっているようにと伝えてから、ベイヤースに指示を出し、駆けさせる。
本気という程ではないが、それでもベイヤースはかなりの速度で駆けてくれて……イルク村につくと犬人族達があっちですと、西の迎賓館の方ですと、指差しや声でもって教えてくれる。
そんな犬人族達に礼を言った私達はそのままイルク村を通り過ぎ……迎賓館に到着したなら、まずは迎賓館側に用意した馬のための休憩所でベイヤースを休ませることにする。
井戸で水を汲んで水飲み用の桶に入れてやって、馬銜などの馬具を外してやって……木ベラで汗を拭ってやって。
そうこうしていると、ここらで仕事をしてくれていたらしいアイセター氏族の若者達が集まってきてくれて、
「自分達にお任せを!!」
と、元気な声を上げてくる。
そんな彼らに世話の続きを任せることにして、礼を言いながら若者全員の頭を軽く撫でてやって……それから私とエイマは、視界には入りこんでいたのだけど、あえて見ないようにしていたというか、意識から外していた、迎賓館側に停めてある馬車の群れへと視線をやる。
「えぇっと……これ、全部で何台だ? 5・6・7……は、8台か……。
8台もの馬車で一体全体何を持って来たんだ、ペイジン達は……」
そうして私がそんな声を上げると、私の肩に乗ったエイマが言葉を返してくる。
「何を持ってきたっていうのはまぁ、先程サーヒィさんが教えてくれた通りなんでしょうけど……これまた凄い規模で来たものですねぇ。
鉱山に関する投資はこれ程の規模ではなかったはずなんですけど……一体全体向こうで何があったんでしょうね?」
「何があったやらなぁ……エリーが急いできてくれなんて連絡をよこすのも納得だなぁ……」
「ですねぇ……。
そのエリーさんは迎賓館の中で、お話中ですかね?」
と、そんな会話をしていると馬車の中から恐らくペイジン・ファと思われるフロッグマンが、私達の姿を見つけるなりペタペタと、軽快な足音をさせながらこちらへと駆けてくるのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、馬車の中身について、などになる予定です。
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