第255話 ぞろぞろと合流しつつある男達



――――イルク村の広場で、空を舞うサーヒィ達を見上げながら ディアス



 あれからまた何日かが経って……イルク村で行われていた様々なことは、その全てが順調に前に進んでいた。


 水源小屋はもうすっかりと出来上がり、そこで休憩出来るように休憩用の部屋なんかも作られたそうだし、地下を掘って作る氷の貯蔵庫もイルク村の北のものが完成しつつあり……不思議な水瓶の量産も始まり、各ユルトに配られ始めた。


 そして今広場の上で飛んでいるサーヒィ達の装備も完成し……サーヒィ達は早速とばかりに装備を身につけての飛行練習を行っている。


 ウィンドドラゴンの素材で作ったクチバシごと頭を守る兜、背中と胴体を守る鎧、足と爪を守るグリーブというかブーツというか、とにかく足と爪全体を覆う履物。


 それと翼全体を覆う、翼そっくりの形をした防具……開閉式の大きな盾と言うべきか、翼の鎧と言うべきか、人間で言うところの肩当てと言うべきか、とにかくそんなものが出来上がり……サーヒィ達はそれらをとても気に入っているようだ。


 特に好評なのが翼の防具で、魔力で伸縮するモンスターの腱を仕込まれているそれは、魔力を流すことで開閉することが可能で、サーヒィ達が必要と思えばいつでも広げることが出来て、邪魔と思えばいつでも閉じることが出来て……サーヒィ達はそれを防具としてだけでなく第二の翼としても活用しているようだ。


 自分の翼は閉じて休ませて、その代わりに防具を大きく広げて、広げたそれで風を捕まえて、ゆっくりと空を滑り降りることが出来るとかなんとか。


 流石に羽ばたけはしないので普通の翼のようには飛べないが……それでもとても便利なもの、らしい。


 そんな新装備作りや、水源小屋作りや、貯蔵庫作りや……そうした作業をゴルディアやアイサ、イーライは、すっかりと村人になったような様子で手伝ってくれていて……いずれは隣領に行ってギルドの仕事に取り掛かるそうなのだが、一体いつになったらそうするつもりなのやら、すっかりとイルク村に馴染んでしまっている。


 気心の知れた人手がそうやって手伝ってくれるというのはとてもありがたいことではあるのだが……色々と忙しいらしいギルドとやらが困ったことになりやしないかと少し心配でもある。


 と、そんな風にイルク村は順調に発展していて、特に困ったこともなく平穏な毎日を過ごしていて……そんな中であえて問題な部分を上げるのとしたら、アルナーのことになるのだろうか。


 私からの贈り物を毎日のように首から下げて、用事も無いのにわざわざ村の中を回って皆に見せつけるかのようにしていて……家事などはいつも通りにこなしているので、問題無いといえば無いのだが……私としては恥ずかしいので、もうそろそろ勘弁して欲しい、なんてことを思ったりもする。


 私とアルナーが婚約していることを、イルク村の皆はもう十分過ぎる程に知っている訳だし、そんなことをする必要はないはずなのだがなぁ……。


 だからと言ってアルナーに止めてくれとも言えないので……しばらくはこのまま続くことになるのだろうなぁ。


 そんなことを考えているとアルナーがこちらに、婚約の証を揺らしながらやってきて……いかにも構って欲しそうな表情をし始めたアルナーを見た私は、やれやれと苦笑しながらそちらへと足を向けるのだった。



――――マーハティ領のある町の、ある街道宿で 宿の主人


 

「ありがとう、良い宿だったよ」


 諸々の支払いを済ませて旅人の一団が宿を後にする。


 一人の男に率いられた一団で、全部で11人……その誰もが理性的で規律正しく、清潔感があって温和という、主人にとって理想のような客達だった。


「またいつでも来てくだせぇ! 旅のご無事を願ってますよ!」


 活力に満ちたそんな声でもって客達を送り出したそこらによくいる中年男といった風体の主人は、手にしていた革袋の中を見やって……そこにたっぷりと詰まった銀貨を見てニヤニヤとした笑みを浮かべる。


 家具が壊されるようなこともなく、寝具が汚されるようなこともなく、喧嘩のような問題も起こさず、それでいて値切り交渉は一切無し。


 こんなに良い客に恵まれたのはいつ以来だったろうかと、そんなことを考えていると主人の妻が、これまたそこらによくいるような姿を宿の奥から見せて……主人そっくりのニヤニヤとした笑みで声をかけてくる。


「いやぁ、良いお客さん達だったねぇー、ああいう人達ばっかりだったらこの商売も楽なんだけど」


「ああ、本当になぁ……さすがはあのディアス様の戦友ってとこなんだろうなぁ」


 主人がそう返しながら革袋の中身を見せると、妻はにやけ半分驚き半分といった様子で言葉を返す。


「はぁー……あのディアス様の。

 ってことは何かい、ディアス様の下に向かう途中で、ここによってくださってって訳なのかい?」


「そういうことらしいな。

 あのリーダーのような……ジョーさんって言ったか、あの人がまずディアス様の下に行こうと旅立って、その道中で昔の仲間達に出会って、出会う度に俺も行く俺も行くって合流して、それであんな一団になったらしい」


「へぇー……なるほどねぇ。

 ……あれ? でも何日か前にもそんな一団が隣町の宿に泊まったとかいう話がなかったかい?」


「それはまた別の人が率いる別の一団だったみたいだなぁ。

 ディアス様が西端領地の開拓に成功して、エルダン様とも上手くやっていて何もかも順調って、そんな噂を聞いてどんどんとそんな人達が集まっているみてぇだな」


「はぁー……そういうことなのかい。

 ってことはこの街道もこれからますます賑やかになってくれそうだねぇ」


「あぁ、そうだなぁ。

 いやはやまったく、ディアス様エルダン様には足を向けて寝られねぇなぁ」


 なんて会話をし、夫婦揃って大きな声を上げて笑って……存分なまでに笑いあったなら主人達は、次の客を迎えるべく洗濯や掃除などの日常の仕事へと戻っていくのだった。



――――森の中の関所で クラウス



「おらぁ! さっさと開けんかぁ! この俺を通さねぇとはどういう了見だ!!」


 突然そんな声が門の向こうから響いてきて、更には関所の門を叩く音まで聞こえてきて、関所の主たるクラウスは大慌てで駆け出し……その声の主を確かめるべく物見櫓へと向かっていた。


 関所がある程度の形に出来上がり、何人かの客を通し、ここからが本番だという所で、まさか関所破りが来るとはと驚き、少しの困惑を抱きながら物見櫓へと到着したクラウスは、慣れた手付きで梯子を一気に登り、そうしてから門の向こうにいるその人物へと視線をやる。


 するとそこにはまさかのまさか、クラウスがよく知る人物が立っており……クラウスはその人物のことをみやったまま、硬直してしまう。


 戦争中に何度も見た帝国軍人が愛用している黒マントに、丸くて林檎のような煌めく禿頭、その片足は義足で……その後頭部に僅かに残った灰髪が、紐に縛り上げられた状態で激しく左右に揺れている。


「おらぁ、さっさと開けやがれぇ! 開けやがらねぇと火を放つぞこの野郎!!

 って、なんだぁ? 上から覗き見とは良い根性してやがるなぁ……ってお前クラウスか! クラウスかこの野郎! 

 俺だぁ! モントだ! 分かったらさっさとこの門を開けやがれぇ!!」


 クラウスが硬直していると、門を更に叩いたその男が、物見櫓のクラウスのことを見上げながらそんな声を上げてきて……その声を受けてふらふらと動き始めたクラウスは、痛む頭を揺らしながら梯子をゆっくりと降りていく。


 すると関所で働いていた出稼ぎ職人や犬人族や……クラウスの妻、カニスが心配そうな表情で待ち構えていて……その全員が一体門の向こうで騒いでいるのは何者なんだ? との視線をクラウスに送ってくる。


 その視線を受けて更に痛む頭を抱えたクラウスは……犬人族達に門を開けるようにと指示を出してから、モントと名乗った老齢の男が何者であるのかを語り始める。


「あの人はモント……戦争相手だった帝国の軍人で、結構な地位にあったらしい人なんだ。

 でまぁ、戦争の中期頃にディアス様と戦ったとかで、モントが率いる部隊をディアス様が蹴散らすことになって、最後にディアス様とモントが一騎打ちをする形になったらしいんだけど……その時にディアス様はモントの義足を見て思わず手加減をしてしまったらしいんだ。

 同情して手加減をして、それでもディアス様が勝って……モントはそれがたまらなく気に入らなかったらしい。

 それからモントは捕虜として……いや、全然捕虜らしくは無かったんだけど、とにかく名目上は捕虜として扱われることになって、捕虜のくせにディアス様に仕返しをするためだとかそんなことを言って、ディアス様に付き纏うようになったんだ。

 付き纏って志願兵の一団に同行して……タダ飯食らいはしたくないって皆の指導とかをするようになって……結局終戦まで付き纏っての指導役をし続けたんだよ。

 ……ディアス様を始めとした志願兵達が、正規兵顔負けというかそれ以上に規律ある軍隊として動けたのはあの人のおかげでもあった……という訳だね。

 終戦となって捕虜は全員帝国に引き渡されたはずなんだけど……一体全体どうしてこんな所にいるんだか……」


 と、クラウスがそう説明をする中、モントに叩かれていた木杭の門が、左右に割れて引き開かれて……そうして門の向こうから堂々とした態度のモントが、義足とはとても思えないしっかりとした足取りで門のこちら側へと踏み入ってくる。


「おうおう、クラウスぅ、元気そうじゃねぇか! お前もあの馬鹿の下に来てたとはなぁ……ああ、さてはこの関所、お前が拵えたもんなんだな?

 まぁー……悪くねぇっちゃ悪くねぇが、関所なんだからもっとこう、威厳っつかー圧迫感っつーか、関所らしさってもんがいるんじゃねぇか?」


 踏み入ってくるなりモントは破顔しながらそんなことを言ってきて……クラウスは痛む頭を左右に振ってから、大きなため息を吐き出すのだった。

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