第241話 苦労話


 しばらくの間、イルク村に滞在することになったゴルディアが、迎賓館建築の指揮を取ってくれることになり……隣領で色々と準備してくれていたらしいアイサとイーライもこっちに来てくれてあれこれと手伝ってくれて……そうして迎賓館はあっという間に形になっていった。


 簡単に建てる事のできるユルトを使っているのだから、あっという間に出来て当たり前……のように思えるが、他所の貴族に見せても良いような内装を仕上げるとなると簡単に出来るものではなく、そこら辺をなんとか出来たのは事前に準備をしてくれていたゴルディア達のおかげ、ということになる。


 以前アイサとイーライがイルク村に来た際の情報から足りないものを推測して、可能な範囲で揃えられるものを揃えてくれて……更にアイサとイーライがすぐ側で働けるように手配もしてくれて。


 そうしたゴルディア達の動きがあって出来上がった迎賓館を……エルダン達が作ってくれた仮設の道の脇に建つことになった大きなユルトを腰に手をやりながら眺めていると……ユルトの中で作業をしていたゴルディアが姿を見せて、そうしてからこちらに声をかけてくる。


「やっぱ棚がいるな、棚が。

 立派なオーク材かクルミ材で作った、彫刻入りの棚がないとどうにもしっくりこねぇ。

 あのラデンとかゾウガンとかいう工芸品を飾るなら、やっぱ相応の棚じゃねぇと釣り合いがとれねぇよ。

 ドラゴンの素材やら魔石やらも飾る可能性も考えると、やっぱそれなりのもんを用意しねぇとなぁ。

 ……それとあのメーアの旗はどうするよ? 迎賓館の前に旗立を作って飾っても良いし、ユルトの壁に飾って椅子に座ったお前が旗を背負う形にしても良いし……ここらへんは好みになるから、お前が決めてくれ」


 道から厠や井戸が見えることのないように、大きなユルトで隠れるように上手く建てて、その左右に小さなユルトを建てて倉庫やら控室やらとして使えるようにして。


 更に宿泊用のユルトを二つ、厠や井戸の側に建てておいて……その一帯を木の柵で囲んで。


 ユルトの中にはアイサ達が運んできた立派なテーブルを置いて、メーア布で作ったテーブルクロスをかけて、更にいくつかの立派な椅子を置いて……花瓶などを飾る小さな台座を置いて。


 それだけでもう十分だと思うのだが、まだまだ足りないと思っているらしいゴルディアのそんな言葉に、私は頭をかきながら言葉を返す。


「好み、というならユルトの中に飾る方になるかな。

 その方が汚れたり傷んだりしないだろうし……外に飾る旗は風雨で駄目になる前提の小さいもので構わないだろう。

 そして棚に関しては……木材さえあればナルバント達に頼めば作ってもらえると思うが……」


「あー……いや、ナルバントさん達の腕を疑う訳じゃねぇが、王国風の彫刻を入れた方が良いだろうからな、こっちで用意した方が良いだろ。

 ウェイズのやつが中々良い腕の職人になったからあいつに連絡して作らせるか……。

 ディアス絡みの仕事だなんて話すと暴走しちまいそうなんだが……とはいえ、迎賓館に飾るレベルのもんとなると、誰のどんな家に飾るのか、家名と紋章は入れるのかって感じの細かい話をしない訳にもいかねぇかなぁ……」


 ウェイズ。昔世話をしていた子供の名前で……中々手先が器用な男の子だったことを覚えている。

 思わず懐かしい気分になってしまう名前のその子が立派な職人になってくれたことを喜んでの笑顔になっていると、ゴルディアは渋い顔をしてから言葉を続けてくる。


「……ディアス、俺達が世話をしていた子供達のこと、ちゃんと覚えているか?」


「ん? ああ、もちろん、全員の名前も顔もはっきりと思い出せるよ」


「そうかそうか。

 なら連中を抑え込んでやったことについても、しっかりと感謝して相応の礼をしてくれや。

 ……アイサとイーライもそうだったがあいつらと来たら全く、お前が戦地から帰ったと聞いた途端に全員が全員、仕事を投げ出してお前んとこに行こうとしやがったんだぜ?

 すっかりギルドも大きくなって、田舎のほうじゃぁギルド無しじゃ流通やら何やらで成り立たなくなってるってのにまったく……あっさりとその全てを投げ出そうとしやがって。

 せめてしっかりと後を任せられる連中を用意して引き継ぎしてからにしろって言ったら、その瞬間から連中、そのためだけに動き始める始末……。

 ウェイズ含め残りの連中も、追々ここに来ちまうんだろうなぁ」


「あー……なるほど。

 私がいない間、苦労をかけたみたいだな」


 そう私が返すとゴルディアはなんとも言えない顔をして、文句を言おうとしているのか笑おうとしているのか、その口をもごもごと動かしてわざとらしい大きなため息を吐き出してから……言葉を返してくる。


「まー……戦地で苦労したお前よりは楽をさせてもらったさ。

 戦地に行こうとする子供達を止めて、そうしながらお前の部隊を支援するために商隊を派遣してやって、お前の評判を高めるためにお前を主人公にした演劇をやらせたり、吟遊詩人を何十人単位で雇ったりもして……そこら辺のことをしながらギルドを大きくしていって、本当に大変だったが、まぁ……一段落ついてみれば中々楽しかったって思えているしなぁ。

 それに戦争に負けてりゃぁ、それだけ頑張って大きくしたギルドもようやく建てることの出来た念願の酒場もどうなってたか分からねぇしな……文句はねぇよ」


 そんなゴルディアの言葉に、私が思わず、


「そんなことまでしていたのか!?」


 と、驚愕の声を上げると、ゴルディアは笑いながら「おう、してたんだよ」と返してくる。


 思い返してみると戦争中、ジュウハが商人達のことをやたらと褒めていたというか……気が利くとかよく気を回してくれるとか、足元を見ないでくれるとかあれこれと言っていたが、どうやらそこら辺もゴルディア達の働きあってのことだったようだ。


「……それならそうと連絡でもしてくれたら良かったのになぁ……。

 連絡してくれていたら、色々と話が出来たというか、手紙のやり取りなんかも出来ただろうに……」


 その時のことを思い返しながら私がそう言うと、ゴルディアは「はっ」とそう声を上げて笑顔を作って……首を左右に振りながら言葉を返してくる。


「お前に教えちまったら最後、俺達のことが敵にも味方にも、周囲の連中全部にバレちまって面倒なことになりかねなかったんでな、戦争が終わるまで秘密にさせてもらったんだよ。

 今じゃぁそれなりの大きさの組織となって、王族との繋がりも得られるようになったが、最初から何もかも上手くいってた訳じゃねぇしな。

 ……お前程じゃないにしろ、こっちはこっちで色々と苦労したんだぜ?」


 そんなことを言って得意げな……子供の頃によく見た笑顔を見せてきたゴルディアに対し、私が笑い返すと、私も恐らく子供の頃にしていたような笑顔だったのだろう、ゴルディアがなんとも良い顔になってから、あれこれとギルドを大きくしようとしていた時の苦労話をし始める。


 苦労話をしながらも足を動かし、手を動かし、迎賓館を形にしようと働き続けてくれて……私はそんなゴルディアの話に耳を貸しながら、その作業を手伝っていくのだった。

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