第232話 好況と悪寒



 ――――マーハティ領、西部の街メラーンガルの領主屋敷で エルダン



 ディアス達が自領へと帰還した日から数日が経って……エルダンはいつもの執務室で、いつも以上に活力を漲らせながら、精力的に政務をこなしていた。


 ディアスという友人に会うことが出来た、自宅にてたっぷりと歓待することが出来た。

 更には妊娠中の妻へのこれ以上無い土産をもらうことも出来て……こんなにも心が満たされ浮き立つことなど今までにあっただろうかと思う程で、ペンを握る手が止まることなく動き続けてくれる。


 そうしたエルダン個人の感情だけでなく、領内の状況も今までに無い程に盛り上がっていて、好況となっていて……メラーンガルだけでなく領内全体が、隅々に渡るまでが活気に満ち溢れていた。


 それ程の好況となった理由としては、これまでのエルダンの頑張りが実ったというのがあり、免税のおかげで浮いた資金を使い、領内各地を積極的に開発出来ているというのがあり……それらに加えて隣領との、救国の英雄ディアスとの友好関係を今回の来訪で十分過ぎる程にアピール出来た、というのがあった。

 

 隣領との仲が良好だということは今までも十分にアピールしていたし、周知の事実ではあったのだが……半信半疑といった態度で受け止めている者達も少なくなく、そうした者達の目に直接、まるで兄弟かのように仲の良い様子を見せることが出来たというのは、これ以上ない成果を上げていたのだ。


 希少なドラゴン素材を何度も何度も手に入れて、そうやって得た資金を溜め込むことなく竈場の建設や関所の建設、軍馬の購入などで吐き出してくれる隣領の領主……救国の英雄ディアス。


 そんなディアスが治める隣領に働きに行った者達は誰も彼も、十分過ぎる報酬を得ていて、豪勢な食事などの高待遇を受けていて……そんなにも気前の良い領主との関係がそれ程までに良好となれば……巡り巡って大きなチャンスが転がってくるかもしれないと、払いの良い大口の顧客を得られるかもしれないと、そんな事を考えて商人達が活気づくのは当然のことと言えた。


 更には隣領の開拓は順調なのだそうで、驚く程の早さで家畜の数を増やしていて、家畜由来の名産品の生産量を安定させただけでなく、領地の拡大にも成功しているらしいとの噂も広がっていて……。


 誰もが失敗すると踏んでいた開拓の最前線、今までにない品を得られるかもしれないその未知の領域を、エルダンが管理する西方商圏に加えられるかもしれないとなって……そうなった時に備えて必要になりそうな店舗に投資したり、物資を今のうちから揃えたりしておこうという、開拓地特需とも言える現象が巻き起こりつつあったのだ。


 実際にはまだまだ経済に影響を与える程の生産量ではないし、商圏に加えるなんて話はあったとしても当分先のこと……数年、数十年先のことになるのだろうが、それでも商人達の欲望は際限なく広がり続けていて……そんな流れをエルダンが上手くいなし、領内の開発へと振り分けていたことも、好況の理由となっていた。


(ディアス殿であれば数年以内に商圏に加わる程に領内を発展させるかもしれず……全くの夢物語ではないというのが、嬉しくもあり恐ろしくもあり……といった所であるの)


 なんてことを考えながらエルダンが、座卓に山積みとなった書類を流れるように処理していると……部下からの定時連絡を受けるためにこの場を離れていたカマロッツが難しい顔をしながら戻ってくる。


「……どうかしたであるの?」


 そんなカマロッツに対しペンを止めたエルダンがそう声をかけるとカマロッツは……報告書を二度三度と確認しながらゆっくりと口を開く。


「それがその……いくつか気になる報告が届きまして……。

 まず……第一王女イザベル様と、第二王女ヘレナ様がディアス様の下へと派遣したと思われる使者がこちらに向かっているそうで……数日以内に我が領に到着するだろうとのことです。

 その具体的な目的などは分かっていないようで……以前のディアーネ様の件を思うと警戒が必要かと思われます」


「……それはまた……なんとも言えない話であるの。

 イザベル様もヘレナ様もディアーネ程愚かではないとの話だけども……。

 周囲にはそれなりに良識のある貴族達がいるそうだし……ふぅむ……とりあえずは様子見といった所であるの」


 そう言って自らの顎を一撫でしたエルダンは……少しの間考え込んでから、ハッとした表情となって口を開く。


「……僕達は様子見で良いとしてもディアス殿はそうも言っていられないであるの。

 迎賓館の必要性を説いてからまだ数日……あっという間に建てられる幕家があるとはいえ、準備らしい準備は出来ていないはずであるの。

 幕家を建ててそれらしい調度品を用意して……歓迎の食事などを用意するとなったら今から始めても間に合うかどうか……。

 カマロッツ、その報告が終わり次第に、その辺りの……必要になりそうな品を揃えてディアス殿の下に向かって欲しいであるの。

 良識のある貴族達がついているからこそ、そういったことで躓くと面倒なことになってしまいそうであるの」


 そんなエルダンの言葉を受けてしっかりと頷いたカマロッツは、そうする前に報告すべきことを報告しようと言葉を続ける。


「それと以前報告しました、ディアス様の縁者であるイーライ様、アイサ様が所属するギルドと呼ばれる団体の長、ゴルディア様がメラーンガルに到着し、エルダン様との面会を求めているそうです。

 どうやらギルドの活動拠点を王都からメラーンガルに移転させたいと考えているようでして、その許可を求めてのことと思われます」


「王都からうちに……であるの?

 ……ギルドの評判は僕も聞き及んでいるし、ディアス殿との関係を思えば大歓迎だけども……どうしてまた……?

 ふぅむ……面会でそこら辺のことを聞く必要がありそうであるの」


 そう言って考え込んだエルダンの様子を見て、一旦報告を中断したカマロッツは……残る数枚の報告書の内容を再確認していく。


 取るに足らない報告や、噂程度の不確かな情報についての報告などが書かれたそれらの報告書の最後には……あの男、マーハティ領内で色々とやらかしてくれた厄介な人物を見失ったとの文字があり……その文字を改めて確認したカマロッツは、エルダンに気付かれないようにため息を吐き出してから、嫌な予感がするなとその身を小さく震わせるのだった。



 ――――???? ????


 

 その男は復讐者だった。

 他者から見れば理不尽な、筋違いな怒りに突き動かされた男だった。

 

 そうやって復讐を成そうと動きはしたものの、何も成す事はできず、全てに失敗してしまい、頼りにしていた人物の失脚を促す形になってしまい……資金源を失ってうらぶれつつある、情けない男だった。


 復讐を諦めた訳ではないが打つ手がなく、日々の糧を得ることすら出来なくなりつつあり……何のために復讐していたのかも見失って、心が折れる寸前という所まで追い詰められていた。


 だがそれでも男は足を止めることなく歩き続け、目的も無いのに彷徨い続け……そして全くの偶然でその男は、ある場所へとたどり着くことになる。


 そこは――とも遺跡とも呼ばれる、不思議な場所だった。

 今となっては何の目的で、誰が作ったかも分からない、何千年とも何万年前とも言われる……記録も残っていない大昔に作られた場所。


 何をしても開けることのできない、壊す事もできない、大きな門があるだけのそこに、偶然たどり着いた男は、開くわけがないと知っていながらもついつい、その門へと手を伸ばしてしまう。


 すると静かに、音を立てることもなく門が動き始め、男を歓迎するかのように開き始めて……今までの人生でここまで開いたことはないというくらいに大きく目を見開いた男は……その先にどんな危険が待っているかなんてことを考えることもせずに、ふらふらと吸い込まれるようにその門の奥へと足を進めてしまうのだった。


 


 ・第八章リザルト


 

 領民【130人】 → 【158人】

 内訳、セキ、サク、アオイの三兄弟、コルムを含めたアイセター氏族25名。



・ディアスは家畜【馬】6頭を手に入れた、【軍馬】8頭を手に入れた。

・ディアスは家畜【白ギー】4頭を手に入れた。

・ディアスは家畜【ロバ】2頭を手に入れた。


・家畜【ガチョウ】は順調に数を増やし20羽となった。


・施設【厠】【井戸】の改良、立て直しが完了した。

・施設【関所】の改良は順調に進んでいる。


・ディアスは隣領にて武器【不思議な投げ斧】を手に入れた。


・【セナイとアイハン】が森人と名乗るようになり、堂々とその力を振るうようになった。

 ――――これにより領内の畑の状況が大きく変化しそうだ。


 ……春はまだまだこれからが本番である。

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